Matilde

英語のようにメジャーではないため需要は少ないけれど、一応某言語の翻訳家志望。日本語の表…

Matilde

英語のようにメジャーではないため需要は少ないけれど、一応某言語の翻訳家志望。日本語の表現力に磨きをかけたくて創作にも挑戦中。 ショートショート、読書メモを中心に、時々エンタメの感想なども載せていく予定です。

最近の記事

【読書メモ】『テヘランでロリータを読む』アーザル・ナフィーシー

 ヴェールの着用を拒否して大学教授の職を追われた女性が、自宅で女子学生たちと密かに行った文学研究会の回想録であり、イラン革命とその後のイラン・イラク戦争によって存在そのものが翻弄されてゆく女性たちの物語でもある。  人にはなぜ文学が必要なのか、そのひとつの答えがあるように思う。彼の国で息の詰まる思いをしている女性たちの現実逃避と、現実に立ち向かう勇気を得るための束の間の休息。  女性の連帯の物語は好きだ、元気が出る。

    • 【ショートショート】お菓子作りの効能とポルボロンの思い出

       たまたま立ち寄った食材屋にアーモンドプードルが置いてあった。それも珍しくマルコナ種の。  そうだ、今日はポルボロンを作ろう。  最近ずっとお菓子ばかり作っている。チーズケーキ、スコーン、ブルベリーマフィン、紅茶のパウンドケーキ……。時には食事の支度を後回しにしてまでお菓子作りに熱中している。料理に関してはわりと惰性で適当に作る方だが、お菓子作りの方は訳が違う。レシピ通り分量と温度と時間をちゃんと守ればお菓子作りで大きな失敗はしない、という料理の得意なおばの言葉を思い出し

      • 【超ショートショート】私の竹取物語

         夕方、祖父が裏山に筍を取りに行くというので、私と弟も小さなシャベルを持ってついて行った。私たちが土からのぞく筍を探して、ある程度まで掘り進めると、祖父が大きなスコップを突き刺してガサっと取り出す。その時の音で、途中で折れてしまったか根元から丸ごと取り出せたかがわかった。 「あー、失敗」 「今度は成功」  わいわい言いながら私たちは筍を次々とかごに入れていった。  そろそろ引き上げようかという頃、弟は竹藪の中でキョロキョロし始めた。 「どうしたの?」と私が尋ねると、 「うー

        • 【超ショートショート】雨と傘、と狸

           雨の日は憂鬱だ。 「そういえばさ、朝から雨が降っている日に、街ですれ違った結婚披露宴に出席するらしい女の子のさしているのがビニール傘だったりすると、心底がっかりしない?」 会社の飲み会で、突然同僚の大井さんがそんな話を始めた。 「あー、それ、なんとなくわかります。そういう子ってなんか部屋も散らかってそうっすよね」  後輩の松田くんも彼女に同調した。  なにそれ、全然わからないよ。どういうこと? 私は笑いながら聞いた。 「そりゃあ、披露宴に向かう途中で雨が降ってき

        【読書メモ】『テヘランでロリータを読む』アーザル・ナフィーシー

          【エッセイ】『深夜特急』に思う

           最近、ラジオ「朗読・斎藤工 深夜特急 オン・ザ・ロード」が楽しみで仕方がない。寝支度をしながらラジオをつけ、行ったことのない香港・マカオ・タイを想像する。時に斎藤工さんの声を聴きながら寝落ちする。なんという至福の時間!  学生時代、沢木耕太郎さんの『深夜特急』をバイブル的に愛読している男子は珍しくなかった。これを読んで実際バックパックの旅行に出かけ、いかに大変な旅だったかを楽しそうに報告してくれる友人もたくさんいた。  貧乏旅行は若者の特権だった。ご多分にもれず私も

          【エッセイ】『深夜特急』に思う

          【ショートショート】恋愛相談

          「おつかれ、ライブどうだった?」 先日、かなこから「推しのライブで東京行くから泊めて」と連絡があり、一年ぶりにうちにやってきた。数年前に夫の仕事の都合で地方に引越して以来、用事があって上京する際はよくうちに泊まっていく。 「今回めっちゃ席運良くてさ、サイコーだったよ」まだ興奮冷めやらぬ様子で私の部屋に入ってきた。 「いま簡単なおつまみくらい用意するよ。冷蔵庫の中にビールもあるし、食器棚の上にウイスキーもあるから適当に飲んで待ってて」 かなこは冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出して

          【ショートショート】恋愛相談

          【超ショートショート】本が読みたい

           家で本を読めない日がある。  ソファに腰を下ろして本を開いた途端、あのヨーグルトの消費期限いつだったっけ? 気になって立ち上がり冷蔵庫を開ける。風の音が強くなる。洗濯物は早く取り込んだほうがいいかしら、と窓の外をうかがう。ふと床に目を落とすとホコリが。この前掃除したのは……指折り数える。  ひとり暮らしで誰の邪魔も入らないのに、よりにもよって自分の思考が邪魔をするなんて。自宅は意外と気の散る要素が多い。最後の約70ページ、できれば今日中に読み切りたい。そんな日は本と財布

          【超ショートショート】本が読みたい

          【エッセイ】降るならガッツリ降ってくれ

           笹井宏之さんの詠む歌が好きだ。雪の日にいつも思い出す彼の歌がある。 ゆきげしき みたい にんげんよにんくらいころしてしまいそうな ゆきげしき 笹井宏之 『えーえんとくちから』より  雪国の方には申し訳ないけれど、日頃雪と無縁の私は、どうせ降るならこのくらい狂気に満ちて降ってほしいと願ってしまう。私を狂わせてほしい、この世界に私をとどめている最後のピンを抜いてほしいと、どこかで願っているからかもしれない。  しかし今日の雪も狂うほどではなかった。  だから私は、

          【エッセイ】降るならガッツリ降ってくれ

          【ショートショート】サーディンスプーン

           蚤の市で不思議なカトラリーを見つけた。  木製の柄がついていて、形はフォークのようだけれど先っぽが一文字にくっついていて突き刺せないのでフォークとしての用はなさない。かといって溝があるのでスプーンとしても役に立たない。お店のお兄さんに尋ねると、オイルサーディン用のスプーンだと教えてくれた。オイルサーディンの油を落としながら身を崩さずに掬うためのものとのこと。  へぇ、おもしろい。  デンマーク製のヴィンテージなんです。オイルサーディンがメジャーな国ならではの代物です

          【ショートショート】サーディンスプーン

          【ショートショート】詩人の彼

           ラブレターをもらった。今時ずいぶんレトロな告白方法だ。でもそれだけじゃない。詩のラブレターだった。詩だよ、詩。ポエムの詩。驚愕を通り越して唖然としてしまった。どうしたらいいんだ、アタシ……。  白い封筒の中には便せんが二枚、一枚目がそのポエムだった。詳細は忘れた、というよりこっぱずかしくて覚えられなかった。だからここにも書かない、いや、書けない。    彼は身長190㎝近くもあり、シュッとしたルックスでかっこいいのに、どこか自信なさげなところが母性本能をくすぐるのか、よくモ

          【ショートショート】詩人の彼

          【超ショートショート】とても静かな

           私が眠っている間に、彼は私の寝顔をスケッチしていた。  彼の父親は図鑑の挿絵画家だったらしい、しかも魚類専門の。そんな職業があるなんて知らなかった。父親の影響もあるのだろう、気がつくと彼はよく絵を描いていた。主に半径一メートルくらいの空間にあるものを。台所に転がっているアボカド、組んだ自分の足、眠っている私の顔。気が向くとそっと鉛筆を手に取って描き始める。とても静かに。  私は自分を描いてもらうのが好きだ。それはどこか、旅先で私へのおみやげを選んでくれるのをうれしく思う

          【超ショートショート】とても静かな

          【エッセイ】「エルピス」#06

           ドラマ「エルピス」を毎週楽しみにしている。 骨太だけどまじめすぎない。 冤罪事件を追うことを縦軸に、ボンボン育ちのAD、スキャンダルで落ちぶれた女子アナ、報道から飛ばされたプロデューサー、彼らを取り巻く環境と心情の描き方が絶妙で面白い。  今回、長澤まさみ演じる恵那の、斉藤(鈴木亮平)との終わりを予感させるこの独白がすごくよかった。 --- この人は、大事なことを絶対に口にしない ただサインだけを送ってくる サインは、それを読み取るものに呪いをかける 問い返しを封じ

          【エッセイ】「エルピス」#06

          【ショートショート】夕陽は朝日で、地の果ては海の始まり

           崖っぷちだった。比喩ではなく、文字通りの崖っぷち。一応柵はあるけれど落ちたら絶対助からないであろう断崖絶壁。それでも観光客の多くは柵を乗り越えた先で写真を撮っている。私も柵を越えて突端まで近づいてみるけれど怖くなってすぐにひき返し、安全圏から景色を眺める。もうすぐ日が沈む。その瞬間を他の観光客と共に待つことにした。  崖っぷちだったのは人生も同じ。仕事を失い恋も失い、ついでにビザも切れそうになっていた。「ついで」という割にこれが一番の大問題だったんだけど。でも心情的には

          【ショートショート】夕陽は朝日で、地の果ては海の始まり

          【ショートショート】レベッカのカモミールティー

           午前零時すぎにアパートに戻ると半開きの居間のドアから灯りがもれていた。かすかにテレビの音が聞こえる。ドアの隙間からのぞくとルームメイトのレベッカがソファに寝転がってテレビをみていた。 「まだ起きてたの? みんなは?」 「おかえり。ラケルはもう寝た。アナは彼氏ん家」彼女は起き上がってソファに座り直した。 「デートはどうだった?」 どう答えていいものか一瞬迷って、居間のドアにもたれかかりながらため息交じりに返事をした。 「うん……別れることになった」 「そっか……」 「うん

          【ショートショート】レベッカのカモミールティー

          【超ショートショート】もう電話もかけない

           出会ったのは18の頃。  こんなに長く付き合いのあった他人の男は他にいない。私のよき理解者でありいつもアドバイスは的確。時には私のワガママな要求にも応えてくれた。  心地よい関係性は、それぞれの人生を歩むうちに変化していくもの。何かが、若しくは誰かが悪いわけではなく、ただ気持ちの上でも物理的にもすれ違うようになってしまった。  ずいぶん前からわかっていたのに、なかなかさよならをする勇気が出なかった。でも多分、今がお別れの時なのだろう。  もう電話もかけない、きっと。

          【超ショートショート】もう電話もかけない

          【ショートショート】閲覧室の猫

          「もう、勉強できないじゃん」困惑しながらもどこかうれしそうな声が閲覧室に響き渡りみんな一斉に顔を上げた。またいつもの三毛猫が入り込んでいたようだ。首輪はつけていないけれど毛並みは悪くないので、近所で飼われている猫なんじゃないかというのが生徒間でのもっぱらのうわさ。けれど本当のところは誰も知らない。  闖入者は、声を上げた一年生のノートの上にのぺーっと寝そべっている。今日は彼女のノートがお気に召したらしい。無理矢理ノートを引っ張り出すと、何するんだ、それを机に置け、とばかりに前

          【ショートショート】閲覧室の猫