見出し画像

文学賞のこれからについて

お疲れ様です。運営のまつです。

文学賞のX(旧・Twitter)ではアナウンスをさせていただいておりましたが、第5回の読者による文学賞は実施を見送る、という決定をしました。

ご期待いただいた方、ご協力を申し出てくださった方には本当に申し訳ありません。

今回、このような判断にいたるまで色々なことを考え、見つめなおしました。

中止に関する直接の原因は応募結果でしたが、その真因にはもっと沢山のものがあり、文学賞自体が抱える様々な課題を突きつけられたからです。

その課題を放置したままでは、次回以降も同じようなことが発生します。

何が原因で、どうやって対策していくのか。

そのためには文学賞の何を変えなければいけないのか。

このnoteでそのことについて書いていきたいと思います。

文学賞のルールを変更する

理由を述べていくと長くなってしまうので、先に結論だけ。

文学賞の作品対象ルールを変更します。

本当に、本当に悩みましたが、「すべての推薦作品を読む」ということを諦めなければいけません。

上限を設けることにします。その数、100作品。

言い訳をさせていただくと、これまでの推薦作品数の最大数が90冊前後なので、過去から少なくなる訳ではありません。それでも掲げていたことを下げなければいけないのは、非常に残念です。

そして重要なことが「どうやって100冊に絞るの?」ということです。

ここについては少し変則的に推薦数で決めることを検討しています。

変則的というのも、沢山の推薦数があったものを優先するのではなく、逆に

「推薦数上位の作品から順に対象から外していく」ことにしようと思っているからです。

つまり101作品が推薦されたら、推薦数トップの作品が対象から外れていくことになります。

もちろん推薦結果はオープンにするので、推薦トップのものはまた別の「読者の支持」として公開する予定です。

これについてはものすごく悩み、現在も悩んでいます。もっと良い方法が見つかるかもしれません。でも現時点での選考ルールは上記を予定しています。

この文学賞の始まりは「埋もれてしまう名作をなくそう」という考えからでした。

既に沢山の人の手に触れられ、多くの人が広げている作品と
まだたった一人だけかもしれないけど確かに読者の心を震わせた作品。

文学賞として、どうしてもどちらかを諦めなければいけないとき、どちらを選ぶのか、と考えて出た答えは前者でした。

多分、批判はあると思います。

自分自身、これで良いのか迷っている部分もあります。

なぜなら本心では「作品外の情報を対象基準にできる限り持ち込みたくない」という想いがあるからです。推薦数の多寡が対象の決定に影響する構造というのは苦渋の決断でした。

でも、どうやっても取捨選択が避けられないなら、どの作品を諦めるのか。

どうしても決めなければならない、となった時「たった一人の読者の感動でも広がっていける文学賞にしたい」という原点に立ち返ってこのルールにしました。

そもそも、なぜ上限を設けるのか

ここからは理由になります。

直接的なものだけを端的に述べると、現在の文学賞の課題が「認知度」だからです。

認知度と対象作品を絞ることに関連があるのか、と問われそうですが、おおいにあるのです。

というのも「すべて読む」という制度設計上、そして運営の体制上、認知度拡大に制限があるからです。

認知度が増えると、推薦作品数も増えます。
推薦作品数も増えると、必要な選考委員も増えます。
そうすると選考委員を集めるために認知度を上げなければいけません。
そして最初に戻ります。

無限ルーブなのです。

今回、応募の苦境にありながらも、無制限に拡散をお願いしたり、X以外の媒体で人を募ったりできなかった理由もここにあります。予測のできない形で認知を広げ、結果的に予定していた人数が集まったとしても、推薦作品数が許容範囲を超えたら選考そのものが崩壊してしまします。

杞憂。という指摘もあると思いますが、運営としては「出たとこ勝負」はあまりにも無責任だと思いました。

過去では選考委員と推薦図書のバランスが、ある程度予測ができました。

これは旧Twitter時代だと、範囲予測できていたためです。IMP→PV→CVの歩留まりの実績があり、IMPがどれくらいまでなら許容範囲かが予測できました。外れても崩壊しないラインがあり、応用して選考委員の募集もできていました。

ただXへの変化で何か変わったのかわかりませんが、この歩留まり数値が全く当てにならなくなりました。

その結果が今回の中止です。時間をおけば対応はできるかもしれません。でも対症療法です。

またいつか同じことが起きます。

さらに選考委員が増えたとしても、あまりにも沢山の人数に対しては運営が対応できない、という情けない事情もあります。

当初は文学賞が大きくなったら運営を組織化して選考管理を対応できる人を増やして……と予定していましたが、力不足でその姿は見えていません。

なので順番を変えます。

まず運営が対応できる選考委員の人数を考える。
その選考委員が対応できる作品数を対象に絞る。

それなら認知度はどれだけ増えても問題ない。Xに限定されずに広報も可能になります。

運営の基盤が強くなってきてから、対象を100冊から広げる。

理念を100%追いかけられるなら「すべて読む」ということを守りたかったのですが、今回の中止を受けて、掲げる看板がどんなに綺麗でも、掲げること自体ができなければ無力だということを痛感しました。

このことがどのように影響するかは、まだわかりません。

ご期待いただいていた方の中には、離れていく人も出るかもしれません。

それでも、読者の側から素晴らしい作品を見つけ出すために、文学賞なりに可能な方法を模索していけたらと思っています。

今回は非常に残念な形となってしまいましたが、これを成長の契機にできるよう、また歩きはじめていけたらと思っています。

もし変わらず応援いただけるようでしたら、引き続き何卒よろしくお願いします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?