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#主戦場 感想記 June 2019


1:人探し

以前、取材は人探しで9割決まるという話を聞いたことがある。
参考:https://webtan.impress.co.jp/e/2017/05/15/25503このリンクの記事は事前準備の重要性についての内容だが、『主戦場』もそのことを理解することが大事なのだと思った。

本作『主戦場』は、『人探し』の成果、人の繋がりを辿ってきた結果見えてきたものをひとつの形として映像化したものだといえる。
いち『ユーチューバー』であるデサキ・ミキが日本(大日本帝国)の第二次大戦時の戦争犯罪である『従軍慰安婦』問題に関心を持ち、日本国内外の『慰安婦』問題の研究者やジャーナリスト、ソーシャルメディアにおけるインフルエンサー(影響力がある人物)達などを探し出し、直接インタビューし、『点と線』を繋いでいった結果が本作である。

2:テーマ

本作のテーマは『従軍慰安婦』問題である。
2019年現在、数多の証言が残されているが、文書としての証拠は大日本帝国の敗戦に際し散逸したり隠滅されたりしている以上、当事者の証言というものが重要になってくる。
元『慰安婦』の方々の証言を時々拝読させていただくことがあるが、あまりにも苛酷で、残虐で、生き延びることができたのは奇跡だったんじゃないかと思わずにいられない。
たとえ世界大戦という一種の異常な環境下であったといっても人間(とりわけ私達日本人)の敵は詰まる所人間だということ、戦争というものが人間の中にあるけだものの性質を剥き出しにし、他者を徹底的に痛めつけ、最終的に殺すという醜悪なけだものと化した人間の性質を嫌でも思い知らされるのである。

私達の負の歴史(というにはあまりにも醜い)のひとつである『慰安婦』問題を『なかったこと』にすれば日本の威信を取り戻せる・大日本帝国の栄光が蘇ると思っている勢力が1990年代以降影響力を持ち続けている。
そして、『最終解決』案が政治情勢の絡みがあるにせよ、当事者の出る幕がないままに固められていった。
本作の冒頭に『慰安婦』だった方が韓国の外交部の人に詰め寄るシーンや、終幕で故人となった元『慰安婦』の方の証言と、本編の大半を占めるインタビューを見比べてみると、いかに『主戦場』が当事者を置き去りにし、蔑ろにしたイデオロギー闘争・政治闘争の場になっているか、を感じることができるのではなかろうか。
ここで非難されるべきは、『慰安婦』をなかったことにしようとする勢力であるのはいうまでもない。

3:ストーリー構成

本作は、前半は『慰安婦』の問題、特に『強制連行』に関して否定的主張を展開する人々へのインタビュー、そしてそのインタビューの内容を慰安婦問題の研究者へのインタビューなどを通じて一つ一つ検証していく展開である。
そこに登場する面々にピンとくる人は、それだけでも一般の人々に比べると『コアな』『意識が高い』括りに入るであろう。
『否定』派の人々の主張は、異口同音に何処かで聞いたり見たりしたことがある人がいるはずである。
ソーシャルメディア、特にツイッターやユーチューブの日本語圏ユーザーで彼等の主張を見聞きしたことがある人は相当なソーシャルメディアのヘビーユーザーであるという前提で話を理解する必要がある。
異口同音の主張を繰り返し刷り込もうとする『否定』派の主張と研究者の見解を『点と線』で繋ぎ、ひとつの映画として形作っている。

本作において、後半に登場する日砂恵ケネディ氏へのインタビューが個人的には強い印象を受けた。
ケネディ氏は一時期『慰安婦』問題に関し『強制連行』否定派寄りのグループに近い活動をしていたが、『あるジャーナリスト』に取材費6万ドルを支払った(おそらく金蔓にされていたのだろう)ことや『否定派』のパフォーマンスに疑問を抱いたこと、ある資料を読み『否定派』の主張に疑問を抱いたことなどで『否定派』から距離を置いた、という趣旨の証言をしている。
詳細は映像をご覧いただきたい。
ケネディ氏の証言は、オルタナ右翼(日本では『ネトウヨ』とも呼称される)の『転向』のことを考えるにあたりひとつの参考になるのではないかと思った。

4:鑑賞にあたって

本作に関心を持つ、そして実際に観に行くという人は、それだけでも一般の人々と比べると『コアな』部類に入るのではないかと思う。

戦争犯罪や戦争が人々にもたらすもの、私達人類の文明社会の欠陥について、数多の映画や小説やテレビドラマなどを通じて私達は考え、感じ、血肉化し己の言葉にして伝えていこうとする。

多くの人々は映画なり本なりテレビ番組なり観たり読んだりするときは単に面白そうとか感動しそうとかいう感覚で入ることが多いように思えるし、人々を惹きつけるのは勧善懲悪的ストーリーや登場人物、出演者や演出などの要素が大きいのではないかと思っている。

『主戦場』を観る人よりも『アベンジャーズ』シリーズやスタジオジブリの作品群を観る人の方がおそらく多いであろう。後者の人々に本作のテーマとなっている戦争犯罪に限らず、重いテーマを如何にして多くの人々に伝えていくか、が大きな課題であろう。
『慰安婦』問題はあまりにも苛烈で扱いが難しい問題だと思うが。

個々人や制作・配給会社の個別の取り組みだけでは限界があるだろう。
それを考えると、エンタメ大国である米国の資金力・コンテンツ制作能力・関係者の『層』の厚さというものがひとつのヒントになり得る。

『主戦場』のようなセンシティブでヘビーな問題であっても忌憚なく種々の媒体で語れる環境、それを語る人々を物的・心理的・社会的・経済的に支えていける社会の構造、発信する能力・技能、そして多くの無名の人々が応援すること。
そういう環境を長い時間をかけてでも創っていくことが100年後、200年後に活きてくるのではなかろうか。

仲間内だけで盛り上がればいいという意識に囚われ、より多く仲間を集めることを疎かにすれば、『慰安婦』問題の解決(あまりにも長く厳しい道のりだろうが)の日はさらに遠のくであろう。

余談であるが、過去の映画監督(例えば黒澤明や宮崎駿やスティーブン・スピルバーグなど)のような如何にも映画畑とかアニメ畑の人という人物とは毛色が違うデザキ・ミキが出てきたことは今後の映画界に新しい風を吹き込むことになるであろう。
それは以前公開された『サーチ』の監督アニーシュ・チャガンティの登場にも言えることかもしれない。

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