ずっと同じ服装の人は成長しない?

世の中にはずーっと同じ服装の人がいる。

僕なんかこの典型で、子供の時から今まで、服装がほとんど変わっていない。昔も今もTシャツにジーパンでタンスが埋まっている。おまけに私服で働ける仕事なので、特に服装を変える理由さえないのだ。あと20年しても、多分同じ服装で過ごしているだろう。

僕らが子供の時の大人たちはこうではなかった。幼児の頃は半ズボンで、中学生ぐらいになるとジーパンに変わり、就職するとそれがスラックスに変わった。大人たちは週末にでさえ割とちゃんとしたスラックスやチノパンを履いており、ジーパンを履いている人などいなかったのだ。また、どの大人も上は必ず襟のついたきちんとしたシャツを着ていて、ズボン下にステテコを履いていた。とにかくTシャツとジーパンを着ている大人などおらず、それが大人というものだったのだ。

ところがこの大人ファッションは、いつの間にか当たり前の大人の服装ではなくなった。今や日中をシャツとスラックスで過ごし、帰宅後はステテコ姿で巨人阪神観てビール飲んでるオヤジなんていやしない。そういう大人たちはもうすっかり老人になったか、すでに他界してしまったのだ。

今の大人たちは何歳になってもTシャツとジーパンを履き続けている。僕ほど年中ではなくても、週末になればジーパン姿という人は多いだろう。今の中高年がかつての中高年よりもずっと若々しく見えるのは、青年の頃からずっと同じ服装で過ごしているからかもしれない。つまり、この服装の変化のなさは、社会を若く保つ上で大きな役割を果たしているのかもしれないというわけだ。

服装を変えるインパクト
幼児の頃、男の子たちは大抵半ズボンを履いていた。まるで、これこそがあるべき幼児の姿であるかのようだ。今でこそジーパンを履かせてもらっている小さな子も多いが、それでも短パンの子は多い。特に幼稚園の制服はどこも半ズボンだ。

しかしこの半ズボン姿も、中学校までにはすっかり駆逐される。僕もこのころに親にせがんでジーパンを買ってもらった記憶がある。何やら半ズボンでいることが急に子供っぽく感じられるのだ。きっと、それが成長というものなんだろう。友達の中にも半ズボンを履いている奴はいなくなった。やがて半ズボンは。海に遊びに行ったりするときや、夏に家でくつろぐ時の特別なウェアという位置付けになった。

就職が決まる頃、この様相はもう一度一変する。僕らは背広を誂え、ジーパンを脱ぎ捨ててスラックスを履くようになるのだ。僕も最初の就職先は一般的な日本企業だったから、月から金まではスラックスを履いて過ごす生活が当たり前になった。やがて30歳を迎える頃から少しずつお腹が出てきて、ジーパンがきつく感じられるようになり、オフの日もスラックスやチノパンを履くようになっていった。

そう、こうして僕は青年から中年へと脱皮するはずだったのだ。

いつまでも続く青春
しかし、服装が自由な外資系勤務に変わったこともあり、僕の服装は30代前半で再び学生時代のそれへと引き戻された。当時流行り始めていた低炭水化物ダイエットで大幅な減量に成功した僕は、再びTシャツとジーパンに舞い戻ったのだ。周りを見渡しても、かつてのようにお腹が飛び出した中年は少ない。どのひとも颯爽とTシャツとジーパンを身にまとっている。程度の差こそはあれ、僕らは中年らしい服装をしなくなったのだ。

36歳でアメリカに移ってみると、シリコンバレーで働くおっさんたちはみんな青年のようだった。大学生のように年がら年中をTシャツにジーパンで過ごし、週末はハイキングやセイリングや、はたまたロボット製作とか車いじりとかに精を出している。欲しいおもちゃがあればおもむろに「大人買い」する。「大人=金」があるで、他は学生時代と何も変わらないのだ。

僕も御多分に洩れず車いじりやDIYやハイキングに精を出したが、青春がどこまでも果てしなく続いていくかのようで、大人になったという自覚は希薄だった。そして気がつくともう50歳を過ぎている。それでもまだ自覚はなく、長く続く青春がいまだに続いているような感じなのだ。

年齢と共に服を変えてもよかったのかもしれない
しかし、春は永遠には続かない。仕方のないことだが、最近になってめっきりと老いを感じるようになってきた。老眼で自覚を迫られ、怪我や病気が治りにくくなり、記憶力の減退が現実の問題となって突如目の前に立ちはだかったのだ。まるで、長すぎた昼寝から目を覚ましたかのような気分だ。現実を飲み込めず、何やらうろたえてしまう。

もしかすると僕らは、30歳あたりでジーパンを脱ぎ捨てるべきだったかもしれない。そうやって大人になったことを受け入れ、仕事や子育てに取り組む。おもちゃの大人買いなどしてはいけないのだ。なぜなら、おもちゃは子供たちのものなのだから。ひょっとすると、大人への階段は、ジーパンを脱ぎ捨てるところから始まっていたのかもしれないのだ。

それでも僕は「今」をもう少し引っ張ろうと思う。今日もTシャツをジーパンを過ごしていてるし、アメリカに帰ったらVRゴーグルを買うつもりだ。でも、もうそろそろ、大人であることも受け入れていこうと思う。地域社会への貢献。若手の育成。きっとやるべきことは色々とあるのだ。

皆さんはどんな服装で大人になることを受け入れていますか?

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松井博

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