[2024/04/23] 続・インドネシア政経ウォッチ再掲(第61~65回)(松井和久)

~『よりどりインドネシア』第164号(2024年4月23日発行)所収~

筆者(松井和久)は、2021年6月より、NNA ASIAのインドネシア版に月2回(第1・3火曜日)に『続・インドネシア政経ウォッチ』を連載中です。800字程度の短い読み物として執筆しています。NNAとの契約では、掲載後1ヵ月以降に転載可能となっています。すでに読まれた方もいらっしゃるかと思いますが、過去記事のインデックスとしても使えると思いますので、ご活用ください。

今回は、大統領選挙の投票日(2024年2月14日)より前の記事5本を掲載しました。2024年4月22日、憲法裁は、アニス=ムハイミン組とガンジャル=マフド組から出された選挙結果への異議申立を却下する判断を示したことで、プラボウォ次期大統領、ギブラン次期副大統領が決定しました。本コラムにて、そこへ至る動きを改めて振り返ってみていただければ幸いです。


第61回(2023年12月5日) 変化と継続と加速と

11 月28 日、正副大統領選挙の3候補ペアによる選挙運動が開始された。3候補ペアの主な公約は、立候補表明時に掲げた各組のビジョン・ミッションに記載されている。そこでのキーワードを端的に言えば、アニス=ムハイミン組は「変化」、プラボウォ=ギブラン組は「継続」、ガンジャル=マフド組は「加速」と捉えられる。

アニス=ムハイミン組の「変化」とは現行政策の否定ではなく、その促進や訂正を指す。格差是正と経済の平等化を重視し、5.5~6.5%の安定成長を目指すとした。まずは全国民に教育と保健の機会を提供し、生活費が安価で必需品が十分に用意されることが肝心であると主張する。

プラボウォ=ギブラン組は、基本的にジョコ・ウィドド政権の政策を「継続」し、6~7%成長で2045 年黄金のインドネシアを目指すとする。目玉政策は全学校の子供向け給食の無償提供、高齢者やスタートアップ向けなどへの補助金の拡充である。

ガンジャル=マフド組は、7%成長を目指して現政権の政策を「加速」させつつ、海洋開発などこれまでの不足分野を重視する姿勢を示す。また弱者カード拡充ではなく、弱者向け全施策の住民基本番号(NIK)への紐づけを提唱し、一村一学士、一村一保健所などのプログラムも提示する。

新首都移転については、プラボウォ=ギブラン組とガンジャル=マフド組は続行を明言する一方、アニス=ムハイミン組は、福祉正義党が反対するなど全般に批判的だが、民族覚醒党は法案に賛成した過去がある。下流産業振興は工業化と同じ文脈で3組とも触れるが、ガンジャル=マフド組は軌道修正をにおわせる。グリーンエコノミー、ブルーエコノミーは3組とも言及する。

現在の5%成長からすると7%成長は非現実的である一方、2045 年の先進国入りにはさらなる高成長が必須となる。インドネシア大学社会経済研究所発表の『白書』は、インドネシアが中進国の罠に陥る潜在性は高く、長期発展の原動力となる中間層を厚くする政策が重要と訴える。バラ色の夢も必要だが、地に足の着いた政策論争を何とか期待したいところである。

第62回(2023年12月19日) プラボウォ=ギブラン組がまずリード

インドネシア正副大統領選挙序盤戦は、プラボウォ=ギブラン組がリードする展開となった。『コンパス』紙が11月29 日~12 月4日に行った世論調査によると、大統領候補では、プラボウォ候補の支持率が39.7%で、前回8月調査時の31.3%から大きく伸びた。対照的に、ガンジャル候補は前回首位の34.1%だったのが今回は18.0%へ急減し、アニス候補の支持率17.4%に近づいた。

プラボウォ候補の上昇、ガンジャル候補の低落を招いた要因は、ジョコ・ウィドド大統領の長男ギブラン氏がプラボウォ候補の副大統領候補となったことである。副大統領候補の支持率ではギブラン候補が37.3%で、ガンジャル候補と組むマフド候補の21.6%、アニス候補と組むムハイミン候補の12.7%を大きく上回る。明言はしないものの、ジョコ大統領が後継候補を当初のガンジャル氏からプラボウォ氏へ乗り換えたことで、ジョコ大統領の支持者も大きく動いたのである。

ジョコ大統領への人気は依然高く、安易な大統領批判は支持率の低下に直結する。支持率を気にするガンジャル=マフド組もアニス=ムハイミン組も、大々的に現政権批判を行える状況にない。内部に政権与党を含む両陣営には、仮に選挙に負けても完全に野党化する覚悟は見えず、いずれは与党へ擦り寄るとジョコ大統領から見なされているはずだ。このため、政治王朝化への批判が出ても、ジョコ大統領は強気のままでいられる。

とはいえ、プラボウォ=ギブラン組の支持率が4割程度では、大統領選挙は決選投票へもつれ込むと見る識者が多い。決選投票になった場合、ガンジャル陣営とアニス陣営が手を組めば、プラボウォ=ギブラン組の当選は危ういとの見方もある。大統領候補の投票先未定者は前回8月の15.4%から24.9%へ急増したが、この層がどう動くかで結果が左右されるだろう。

12 月12 日には第1回大統領候補討論会が開かれ、すぐ感情的になるプラボウォ候補と冷静沈着な2候補との対比が印象的だった。そのため、討論会の手法も変更されるかもしれない。プラボウォ=ギブラン組勝利への工作はまだ万全とは言えない。

第63回(2024年1月9日) 「プラボウォ党」のプラボウォ党首

2024 年に入り、正副大統領選挙投票日まで約1カ月半となった。さまざまな世論調査では、プラボウォ=ギブラン組が他の2組を引き離し始めたものの、支持率はまだ50%を超えていない。このままの状況が続いて他の2組のいずれかとの決選投票となるのか、残る1カ月半で支持率を上げて目標とする1回目で勝利が叶うのか。いずれにせよ、地方行政を通じた緩やかな強制、治安当局による他の2組への「脅迫」疑い行為もあり、プラボウォ=ギブラン組勝利の可能性が高まっている。

ところで、過去の大統領選挙をみると、多くの場合、政党色の薄い候補が勝利してきた。たとえば、2004 年大統領選挙では、創立したばかりの民主党という無名新党でユドヨノ氏が勝利し、2期を務めた。2014 年大統領選挙では、闘争民主党の一般党員に過ぎないジョコ・ウィドド氏が勝利した。彼は党幹部経験も閣僚経験もなく、地方首長出身、という初めてづくしの大統領だった。今回は、ジョコ大統領の信任投票的な色彩が強く、前回のような民族主義対イスラームといった明確な対立軸も厳しい政策論争もなく、政党イメージやイデオロギーがさらに見えにくい展開になっている。

インドネシアの政党は、ゴルカル党などを除き、以前から党トップの個人商店の色彩が濃い。闘争民主党は「メガワティ党」で、グリンドラ党は「プラボウォ党」である。党内での協議メカニズムはあるものの、実質的にトップの一存で決まる組織である。メガワティ党首のトップダウンがあってジョコ氏が大統領になったともいえるが、反面、大統領が「党の下僕」と見なされる状況が生まれ、ジョコ大統領とメガワティ党首との距離は広まった。

「プラボウォ党」のプラボウォ党首は自ら、大統領選挙への立候補を決定した。過去にジョコ氏を痛烈に批判してイスラーム勢力と組んだ彼は、今や180 度転換し、ジョコ大統領の真の後継だと連呼する。周囲をイエスマンで固め、軍でも党でもトップダウン運営しか経験のない彼が、自身への人権侵害批判などに対するこれまでの積年の恨みを晴らせるまで、あと一息となった。

第64回(2024年1月23日) 選挙運動資金の不正調達疑惑

正副大統領選挙・議会議員選挙の投票日まで1カ月を切り、どの陣営も選挙運動に力を入れているが、その陰で選挙資金に関する不正調達疑惑が取り沙汰されている。事の発端は、選挙運動準備が進んでいるにもかかわらず、選挙運動資金特別口座(RKDK)での資金の動きがほとんどないことだった。法的には、政党や候補者は選挙運動をRKDKによる資金取引で行い、取引報告書を中央選挙管理委員会(KPU)へ提出することが定められている。

大統領直轄の独立機関である金融取引分析報告所(PPATK)は、もともとマネーロンダリング(資金洗浄)の監視を目的の一つとし、今回もそれと選挙運動資金との関係を調査している。2023年12 月14 日、PPTAKは、違法採掘や違法伐採で得た1兆ルピア(約94 億円)の不正資金が選挙運動に使われた疑いを指摘した。また、1月14 日、2022~23 年に海外からの資金1,950 億ルピアが計9,164 回の取引を通じて21 政党の本部・支部へ流れたと発表した。送金元の70%が個人、30%が法人だが、法人はほとんどがタックスヘブンに立地するペーパーカンパニーだった。2008 年の政党法は、あらゆる形での海外資金の受け取りを禁止している。

おそらく、これら海外からの資金とは、中国やアメリカなどからではなく、PPTAKが疑うように、インドネシア国内からの不正資金が洗浄・還流されたものだろう。PPTAKはKPUや総選挙監視庁(Bawaslu)へ報告済みだが、選挙運動真っただ中のためか、摘発へ向けての動きは進んでいない。消息筋は、大口の受け手がグリンドラ党、ゴルカル党、闘争民主党、連帯党であることを明らかにしたが、これら政党は疑惑を否定し、逆にPPTAKへ詳細なデータ開示を求めている。

これら以外にもPPTAKは、国家戦略プロジェクト予算の36.67%が官僚や政治家に還流したと発表した。還流資金は個人の資産購入や投資に使用されたとみられる。これまでに190 件、投資額1,515 兆ルピアの国家戦略プロジェクトが完了しており、単純計算で官僚や政治家への還流額は510 兆ルピアに上る。ただし、PPTAKは捜査権限を持たない。検察や警察、汚職撲滅委員会、選挙関連ではBawaslu などが動かなければ摘発には至らない。

第65回(2024年2月6日) 決選投票となるかは微妙

プラボウォ=ギブラン組が優勢のまま、大統領選挙は終盤に入った。年明けの各種世論調査によると、プラボウォ=ギブラン組の支持率は、50%を超えたとする結果もあるが、多くは50%までわずかに届かないとしている。なかには、12 月末よりも数%低下したとの結果もある。このため、現時点では、大統領選挙は1回目の投票で決まらず、上位2組による決選投票へ持ち込まれるとの見方が強い。

ジョコ・ウィドド大統領はついに「大統領も特定候補への支援や選挙運動ができる」と述べ、プラボウォ=ギブラン組支持の態度をより明確化した。そこには、直近のプラボウォ=ギブラン組の支持率の伸び悩みへのいら立ちと焦りがある。今でも80%近い人気度を示すジョコ大統領だが、彼はその数字をうのみにしていない。プラボウォ=ギブラン組が確実に勝つ方策を模索している。

ジョコ大統領は1回目の投票での勝利を目指しつつも、決選投票の可能性を考慮した手をすでに打っている。たとえば、低所得者層向け社会的支援(Bansos)の予算を急きょ増額し、新たに決選投票が行われる6月まで現金直接支援を実施することとした。政権内部では社会的支援の恣意(しい)的運用に対する不満が高まっていて、スリ・ムルヤニ財務相ら複数の閣僚が辞任するとの噂も出ている。また、プラボウォ=ギブラン組のテコ入れが必要な選挙区を意識した、大統領の職務としての現場訪問を増やし、住民に対して支援金や物品を配るなどの行為を公然と行っている。投票日前に設けられる選挙運動後の冷却期間中も、大統領の職務としてならばそれは可能である。

投票日は2月14 日、投票終了後、住民も監視するなか、各投票所で開票が行われる。その集計が終わるまでに約1カ月を要するが、世論調査会社のクイックカウントが同日中に出されて大勢は判明する。ただし、クイックカウントの誤差の範囲で、プラボウォ=ギブラン組が50%を超えたか超えなかったか両方あり得る結果が出て、プラボウォ=ギブラン組が一方的に勝利宣言する可能性もある。決選投票となるかどうかはまだ微妙である。

(松井和久)

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