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すばらしきかな、介護職の視点


 「介護の仕事ってすげーなー。」グループホームを運営する理事長との短いディスカッション。彼女の発言に、私はただただ脱帽していた。

それはある勉強会での出来事。私が企画を持ちかけたものだ。地域の介護職と連携できる薬局を作りたい。その想いで私は1年ほど前から地域の介護事業所へ、薬と介護に関する勉強会を呼び掛けている。冒頭のグループホームは、その呼びかけに応えてくれた施設のひとつだ。

当日、私は「食支援と薬」をテーマに取り上げた。食事を摂るために必要な身体機能へ薬がどのような影響を与えるのか、また介護職の方にはどのような点を観察してほしいのか、薬剤師の視点から1時間ほどのレクチャ―を行う。私のレクチャーを終えたのち、先の理事長と短い質疑応答の時間があった。その質疑応答に関連して、彼女は普段食事介助を行う時に意識をしているポイントを話してくれたのだ。その内容は目から鱗がボロボロと削げ落ちるものであった。

介護士たちの食支援

 彼女は言う。食事介助は食べる前から始まってるのだと。介護の現場では、食事前に口腔体操を行うのが一般的だ。その体操は食べる口の準備だけでなく、心の準備をするためのものだ…彼女はそう語る。これから楽しく食事を摂るため、心の準備を整える。それが安全に食事を摂ることにもつながるのだ、と。私はその言葉に強い関心を抱いた。そんなことは1秒たりとも考えなかった…訳ではない。私の作ったスライドにもしっかり書いてある。「口から食事を摂るために必要な機能」のひとつに「食べる意欲」と。しかし私には具体的な考えがなかった。いつ、どうやって食べる意欲を引き出すのか…という問題について。
 どんな体操を行っているのか、一度見てみたいと思う。でも食事の時間は忙しいよなあ…と考えると、なかなか「見せて」とも言いにくい。体操の現場は私目線、未だベールに包まれているのが現状である。

 そしてもうひとつ、私が興味を抱いたのがスプーンの運び方についての話。彼女は言う。食事の「楽しい」or「楽しくない」、「安全」or「危険」はスプーンの出し方ひとつで大きく変わってしまうのだと。これは正直、1秒たりとも考えなかった視点だ。
 まず第一に口の奥までスプーンを入れるのはNG。これは話を聞くと「どそうだろうな」と合点がいく。舌先にスプーンを置き、その背で軽く舌を押してあげると自然と食べてくれるそうだ。これは自分でやってみると、なんとなくではあるが納得できる。ふむふむ。それからスプーンが正面から口に向かってくると利用者は怖いと感じるようだ。他人の手で、スプーンが正面から顔の方へ向かってくる場面を想像してみる。確かにちょっと怖いかも。それが毎日続いてたら食事は楽しくないだろうな。なるほど。彼女は更に続ける。高い位置からスプーンが口に入ると顎が上がる。そうすると誤嚥に繋がりやすく危険なのだと。だからスプーンは利用者の口元の少し下から持ってくるのが良いらしい。なんて繊細な仕事をしているのだろう。私は軽い感動を覚えていた。

 「介護のプロってすごいですね」そんな感想を伝えた私に彼女はさらりと一言、「仕事だからこのくらいは当たり前ですよ」。その姿勢がまたカッコイイ!!その瞬間、現場の職員たちが少し苦笑いをしていたのが目に留まった…ように感じたが、それは私の気のせいだったことにしている。

 帰り際、些細な違和感がふと頭をよぎった。「あれ?俺、今日講師役でここに来たんだよな…」。いつの間にか、私が彼女に教えを乞うような気持ちにさせられていたのだ。まあ、そんなことはどうでも良い。薬局に帰った私は昼食時、スプーンを顔のあちこちに向けて彼女の言葉を反芻していた。
「自分の力で食事が摂れない人は、どんな介助をしてもらったら気持ちよく食事が摂れるんだろう」そう考えながら。
それは今まで仕事をしていた中で、ほとんど考えてこなかった視点だった。


後日、私はこの勉強会で使った資料の手直しを行った。次の開催に備えて。盛り込んだのはケーススタディの項目だ。
「薬の副作用で○○の兆候がある利用者さん。どんな介助をすれば美味しく楽しく食事が摂れるのか、考えてみよう」
もちろん、正解はない。私自身のずっと自問している。それまで考えてこなかった問いに向き合って。

介護職とのやり取りをきっかけに、私の仕事には新しい視点が生まれている。



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