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青春は車窓を流れる景色のように【台湾②-猫村-】

昼食で心行くまで堪能した餃子と麻婆豆腐とビールの存在感とそれに伴う満足感をお腹の中に携えながら、私は台北駅発のローカル線の電車に揺られていた。目的地である猫村へは電車で約一時間、うたた寝でもしていればすぐにつくだろうと座席にもたれて目を瞑る。電車が動き出してから数駅過ぎたあたりだろうか、向かいの座席からにぎやかな声が聞こえてきて、ゆっくりと目を開けると現地の高校生らしき男女数人が楽しそうにおしゃべりをしていた。もちろん話している内容はわからなかったが、お互いにケータイの画面を見せ合ったり、おもむろにバックからお菓子を取り出してはみんなで分け合い、何がそんなに面白いのか、今が人生最高の瞬間かのように青春を謳歌していた。思い返してみれば、私の高校時代は彼らのキラキラ、ぴちぴちの青春と比較したら、灰色の高校生活であった。勉強についていけず、部活に打ち込むも大会直前に怪我をし不完全燃焼のまま引退し、暗黒の浪人生活へと突入したのである。台北の高校生たちよ、今この一瞬の君たちの青春を存分に楽しみたまえ。青春のど真ん中にいるときには自分たちがいかに輝きを放っているのか実感が持てないものである。きっと数年後に、君たちは振り返ることで気が付くのであろう。昔話に花を咲かせる際、いかに当時の自分たちは無敵の輝きを放っていたのかを。時間が経ち、仲間達とそれを振り返る時に一層輝きが増して一生の宝物となることを。どうか彼らが離れ離れになっても、数年に一回くらいは地元に集まり青春を振り返り、この車内のようにくだらないことでいつまでも笑いあえますように、などと考えていたら電車は台北市内を外れ山間部へと進んでいった。立ち並んでいた高層ビル群は車窓から姿を消し、代わりに山の緑が太陽の光を反射しぴかぴかと光を放って流れてゆく。目の前を怒涛のスピードで過ぎ去ってゆくぴかぴかの青春と車窓を流れる鮮やかな緑が重ね合わさり、直視し続けるには眩しすぎるので私は再び目を瞑り目的地への到着を待つのであった。

以前は炭鉱業で栄えていたとされる「猴硐」。現在は炭鉱業は衰退し、当時ネズミ対策として飼われていた猫が観光資源となり猫村として台湾を代表する観光スポットとなっている。駅に降り立つとそこには台北ような喧騒はなく、田舎特有ののんびりとした時間の流れと共に、祖母の家に遊びに行ったときの解放感と夏休みが始まるときのわくわく感が広がっていた。遠くの山々や川の様子を見渡すことができるほどに、駅前の広場はだいぶ開けていた。目的としている猫たちがいる場所は山の斜面にぽつぽつと点在している民家の周辺にあるようで、猫たちを探しながらくねくねと入り組んだ狭い坂道を登ってゆく。猫村と言われているだけあって、いたるところに猫たちが自由気ままに観光客に媚びる様子もなく生活していた。首輪をしている猫が多く見られたので、おそらく現地の方々に大切に世話をしてもらっているのだろう。



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のびのびと暮らしている猫たちの姿に癒された私は猫村を後にし、次の目的地である「九份」を目指した。いわずと知れた「千と千尋の神隠し」のモデルとなった町である。

③へ続く

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