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バイオリン奏者の神経障害

はじめに

本記事はバイオリンの熟練者による奏法やパフォーマンス向上を目的とした記事ではなく、あくまで身体構造から診たバイオリニストに生じやすいトラブルについて解説する記事です。
痛みやトラブルを改善するためには理論上必要なものかと思いますが、演奏家にとって慣れたフォームを変えることはパフォーマンスの変化に直結します。
ここでの記事の内容を参考にする場合は、指導者へ相談していただくなど慎重に取り入れるようお願い申し上げます。

バイオリンの特徴

バイオリン奏者は非常に特徴的な演奏姿勢をとります。
普段使わない筋肉を多く使うことで肩が凝ったり、手首や肘に痛みが出る方も多いのではないでしょうか?

今回はさまざまな遺体の中でも特に演奏方法に影響を受ける「尺骨神経障害」について書いていこうと思います。

左:UP BOW                                                        右:DOWN BOW
図1

右手:BOWING(ボーイング)

上の図1はBOWINGと呼ばれる奏法ですが、右手を身体に近づけたり遠ざけたりします。
見るだけでも右肘の可動範囲がとても大きいことがわかります。
このBOWINGですが、弦と弓を常に90°を保ったまま動かす必要があるため、見た目以上に肩関節、肘関節、手関節が複雑な動きをする必要があります。

図2

低音の音を奏でる際、図2のように脇を開いて肘が肩のラインと同じくらいになることがあります。(肩関節外転・内旋、肘関節屈曲・内旋)
この腕の肢位は尺骨神経に負担がかかりやすくなるため繰り返しストレスがかかることで尺骨神経障害となることがあります。

左手:ハイ・ポジション

弦を抑える左手の位置を移動することをポジション移動と呼びます。
左手をより体に近づける位置を「ハイ・ポジション」、体から遠い位置で抑えることを「ロー・ポジション」と呼びます。

このハイ・ポジションも肘の屈曲動作を多用するため肘部管のストレスが大きくなります。

肘部管症候群

症状

肘の屈伸運動に伴い、肘の内側部分に痛みを生じます。
痛みが強いと十分に肘を屈曲する(曲げる)ことが困難となる場合があります。

感覚障害として尺骨神経領域に障害が出ることで、手の小指側の痺れ、感覚鈍麻が生じます。
運動障害としては尺骨神経の支配領域である手内在筋、深指屈筋と呼ばれる指を曲げる筋の尺側の2本が主に動きづらくなります。それによって細かい動きが行いづらくなります。運動麻痺が進行すると鷲手(図3)と呼ばれる特徴的な手の形になります。

図3 鷲手

原因

尺骨神経が通っている、肘部管に何らかのストレスがかかることで発症します。
尺骨神経は肘部管を通りその上を筋と筋膜が覆います。
本来、肘の屈伸運動ではそこまでストレスはかからないようになっていますが、外傷、必要以上の屈曲ストレス、骨や筋膜の変性などが原因でストレスが集中することで発症します。

治療

保存療法
基本的に組織変性等が明らかでなく、繰り返し動作による慢性ストレスが原因であった場合は、肘部管にかかるストレスを減らすことで症状の軽快が見込めるため動作改善、負荷量の軽減目的のリハビリ(保存療法)が選択されます。
基本的に肘の屈伸をやめ、安静にすることが有効ですが、練習を休みたくない場合は身体の機能を見る専門家と相談の上、現在の演奏フォームを修正する必要があるかもしれません。

前述した肘部管にストレスのかかりやすいBOWINGのやり方次第では演奏を続けている限り症状の再発を繰り返す可能性があります。
長い音楽家人生を考えれば、演奏フォームを変更することも選択肢の1つとして持っておくと良いでしょう。

手術療法
神経症状が長く続き障害の程度が重くなると「筋肉の萎縮」が生じます。
この筋萎縮が生じた場合は早急な手術が必要となる場合があります。
筋肉が萎縮してくるということは、脳から筋へ伝える神経回路が機能していないということになります。この筋萎縮を長い間放置しておくと、いざ手術をしても神経の伝達が改善しない場合があるからです。
そうなってしまっては繊細な巧緻動作が必要なバイオリン演奏は難しくなるでしょう。

まずは、手の動かしづらさや感覚異常等の症状が出た時点で、専門医の診察や、精密検査を受けて適切な対応をとると良いでしょう。

根本的な原因の治療

今回は肘部管症候群について限定的に書きましたが、このような疾患はある一部分だけが傷害されて症状が出ているとは限りません。

特にバイオリン奏者は肘の使い方が直腸的であることに加え、常に頸部を傾けて演奏姿勢をとるため、首周りや肩周りの障害も起こりやすいと言えます。
肘部管のストレスを減らしたのに症状が改善しない場合は、もしかすると別の部分に原因の大元がある場合があります。

Double Crush Syndrome

尺骨神経は頚椎の神経から分岐して指先まで支配します。
神経全般に言えることですが、神経の特徴として二重圧壊現象/重複神経障害(Double Crush Syndrome/Double Lesion)などと呼ばれるものがあります。
これは神経は2箇所以上で障害されると通常よりもその症状が強く出る、というものです。

肘部管のストレスを減らしても症状がなかなか軽減しないという方の場合、そもそも頚椎レベルで神経の絞扼(圧迫)が生じている可能性があるということを知っていることも、治療の突破口となるかもしれません。

まとめ

今回はバイオリニストの尺骨神経障害について書きました。

バイオリンに限ったことではありませんが、楽器奏者は普段の生活では使いづらい部分の身体の機能を酷使することが多くあります。
また非常に練習時間を確保するため、本来であれば小さいストレスも障害を引き起こすストレスへと変貌してしまう場合があります。

しかしほとんどの場合、身体の使い方や動作修正でストレスの原因を取り除くことができるため早い段階で専門家へ相談されることをお勧めします。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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