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外猫、荒野を目指す

その猫は野良の子だった
時々見かけるので私は少し気にしていた
母猫のお腹に潜り込むシャイな子だった

その母猫がいなくなって1週間
私とツレは、
帰り道で野良の子に出会う度
コンビニで買った子猫フードと水を
紙皿に入れてあげていた

どうにも母猫は帰って来そうになかった
家族に何度も飼いたいと相談したが
猫アレルギーの両親は無理だと言った
ツレの家はいいと言った様だが
乗り気ではなさそうで
「うちではこの子幸せを感じられないよ」とツレは寂しそうに言った

そんなこんなで私達は毎日
野良の子の世話をするのが日課になった

TNRって知ってる?
保護して♂なら去勢、♀なら避妊手術して
野に返す
そうすることで野良の子が増えないで
相応に生きていく様促す訳だ


ところで
猫っていつからこの国にいるのかな
結構昔からいるのは最近テレビで知った
愛玩用だったけど
逃げたり、
飼えなくなったりで一人暮らす中で
子孫繁栄の記憶が蘇り
仲間を増やしているんだろう

暮らすという事は人と同じなのに
こんなに可愛いのに
立場は酷くカーストに嵌め込まれてる
嵌め込まれてるだけなので
個々には仲が良い家猫と外猫もいるし

ずっと一緒なのに
動物という同じ括りなのに
人ばっかり偉いみたいにしてる

野良の子にご飯をあげながら
ツレとあーでもこーでもと毎日話した


そうして6ヶ月が過ぎた頃
ジェイクと名付けていた野良の子は
すっかり体格も良くなり強くなった
私達が学校で授業を受けている間に
ジェイクは片っ端から雄猫に勝負を仕掛けていた(様だ)
いつもの場所に行く度に
ジェイクには傷が増えていた
でも心なしか誇らしげにふふんとして
いつもの様にご飯と水に口をつけた
少しは自分でも漁っている様で
がっつく所は減ってきていた

ジェイク、大人になってきたねぇ
車も多いのに事故にも遭わず
(怪我はあるけど)立派に育ったねぇ
私とツレも何だか誇らしかった


ある夜の事

聞き慣れた猫の声がした気がして
眠い目を擦りながら体を起こした
コン、と窓ガラスが鳴った
ん?何?とカーテンを開けると
ほわほわだけど筋肉拳の猫がいた

ジェイク?
どうしたの、こんな事初めてじゃん?
私は窓を開けた

ジェイクは、お座りをして、にゃん
…ではなく
「寝てるのにごめんな」と言ったのだ
そうだよ…

へっ?
何?
何でニャウリンガルもないのに
ジェイクの言葉が人間訳されてるの?
と、驚いた私を可愛い顔で見つめて
ジェイクはまた言った
「だからごめんって」

心臓がバクついていた私も
(落ち着こう…落ち着け…大丈夫だ…)
そう心の中で言って座り直した

「ジェイク、どうしたん?」
私はツレに話す様に聞いた
ジェイクは手…
じゃない前右脚で鼻を擦って言った
「お別れの挨拶に来た」

「オレさ、いろんな奴と闘って
  仲間になってさ
  自分達で生きる術もいっぱい知った
  ちゃんと叱ってくれる長老や先輩も
  いっぱいいるよ
  でさ、集会(猫が夜やるアレ)でさ、
  いっぱい話したんだ」

ジェイク、体の割にはまだまだ子供だって
「でさ」とか「いっぱい」とかを
いっぱい連呼してるよ…あ、私もか

「でさ、みんなでもっと強くなりに行こうって決めたんだ」

ん?
強くなりに行く?
どうして、どうして?
でも聞いてみた
「強くなるために…何処いくん?」

「荒野」

へ?
荒野だって?
お爺ちゃんが
「昔『東京砂漠』って歌があったけど、
  本物の砂漠の歌じゃないのさ
  人の心が渇いてる場所さ」って、
思い出して笑ってたなぁ
あ、砂漠と違うわ、荒野だ、で?
荒れ野?
ここ結構整備されてて綺麗だし…何処?
「ジェイク、どどど何処なのよ?」

ジェイクは答えた
「長老がさ、昔かなだって所に住んでて、
  犬達が羊を追ったり、
  馬がたくさんいる所にいたんだって
  人間や馬が嫌がるネズミを狩って
  人間からも愛されて、
  野の中でも走り回って
  “生きてる!”って思ってたんだって

  でもある日、
  かなだの爺ちゃんの息子が
  仕事で日本に帰ることになって、
  一番懐いてた長老もこっちに来たって
  それから暫くはマンションって所で
  一緒に暮らしたけど、
  爺ちゃんはいないし
  窮屈でかなしくて
  ドアが開いた時に出て行ったんだって

  長老は、もう一回かなだの爺ちゃんの
  所で思いっきり走りたいって
  だから、仲間を募って行く事にした」


突拍子のない話だよ!
かなだってカナダ?
飛行機だって乗れないよ!
どうすんの…ここで暮らそうよ…
私は頭の中では話してるのに
声が出なかった

でもジェイクはまた答えた

「俺たちもどう行けばいいのか
  わかんない
  でもさ、此処で知った事、大事
  長老に恩返しもしたい
  もっと強くなりたい
  だから行くんだ

  ずっとお世話になってたから
  挨拶したかった
  だから来た」

漸く声を出せそうになった私は言った
「えー、此処だっていい所だよ
  羊や馬や犬や
  何よりお爺ちゃんが居ないけど、
  みんな猫に優しくなってきたよ」

「うん、わかってきた
  でもさ、みんなで決めたんだ
  それにみんないなくなる訳じゃないさ
  母ちゃん猫や子猫達、弱った婆ちゃん
  居るから、時々見てやって欲しい」
ジェイクは大人だった
感動した

そうか、
ジェイク達が決めたんなら応援する!
「わかった、
  ジェイクやみんなの気持ち
  きっと着けると願ってるわ」
私は力拳を作って言った


ジェイクはほっとした様にニャっとして
「さっすが、わかってくれてありがとう
  それから、今までずっとありがとう
  あいつ(ツレ)の所にも挨拶したから
  そろそろ行く
  きっと、きっと、
  長老達とかなだの荒野に行ってみせる
  本当に今までありがとう」
ジェイクは私の鼻にツンっとしてくれた
いい子だよ、お前は…泣けてきた
けど、我慢した


「ジェイク、気をつけるんだよ
  行く先々、いいところばかりじゃない
  悪い奴もいるし、
  寒かったり暑かったり雨降ったり、
  辛い事沢山ある
  ジェイクはみんなと守り守られ
  堂々と行くんだよ!」
私はまた力拳を作って言った

「うん!じゃ、行くね!元気でな!」

ジェイクは最後に「にゃあ」と言って
まっすぐ駆けて行った


暫くの間
私は泣いたり笑ったりぼんやりしたりと
目まぐるしくしていた
その間にもツレに連絡して
スマホでいっぱい喋った
少なくとも私達二人はずっと応援しよう
そう誓ってたら空が白んできた
ちょっとだけど寝よっかとなって
会話をやめた

本当、ちょっとだけど眠った


朝の支度して家を出てツレと出会して
いつもの場所に行ってみた
ジェイクは出てこなかった
「うん、行ったね、やったね」
二人で声掛けた
そして学校に入った


その日は授業に集中できなかった
(…いつもの事だけど)
ジェイク達、何処まで行けたかなぁ、
いきなり他の猫と喧嘩してないかなぁ、
ご飯見つけたかなぁ
いろんな事を考えて早い一日になった

帰りもいつもの場所に行ったけど
やっぱりジェイクはいなかった
ご近所のおばさん達が
猫、何か減ったかねぇと話していた
そりやそうよ、
カナダの荒野を目指してるんだから!
ツレと二人顔を見合わせて笑った


厳しい旅だと思う
旅路の中でどんどん賢くなって、
ジェイク達は何かを選ぶんだろう

諦めるのか
達成させるのか

何にしてもツレと私は応援してる
いつか大人になって
ツレと貯金が貯まったら
カナダの荒野を探し回る旅に出たい
羊や犬や馬達と広大な土地を走り回る猫
カッコよくない?

目標ができたツレと私も
英語は最低話せる様にと勉強し始めた
ジェイク、私たちも追いつくからね
そして残った子達の心配はしないで
この街の人たちは理解ができてる
共存できる街だから
そして新しくきた子がいても
外れにしないでみんな一緒に面倒みるよ


ジェイク、頑張れ
みんな、頑張れ
ついでに私達も、頑張ろう


現実って悪くない
そう思える様
前を向いていこう
ジェイク達がそうした様に
私達も生きるんだ!


ツレと私はいつもの場所に向かった

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