いよいよ来たんだ、このときが(大学デビュー天下獲り物語⑤)

第5話です!前回の④の続きです。

元ネタ動画

とうとう満を辞して、金髪坊主に挑みます。

これにて一応完結です。

一応完結ですが後日談はまだあるので、のちに書こうと思います。

サポートもしてくれた方、ありがとうございました!

そして読んでくれた皆様、褒めてくれた皆様、ありがとうございました!

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大学四年生。
僕は相変わらず、ボクシングを続けていた。

ゼミも忙しくなり、ジムに行く回数は減ったが、自信を取り戻した僕は再び金髪坊主へのリベンジのために、ボクシングに燃えていた。

谷岡さんとのスパーリングでは、相変わらずボコボコにされていたが、以前の僕とは違った。

前までは正直、少しでも怪我をしないようにとガードを固め、攻撃をまともに喰らわないように気を使って戦っていた。
でもあのコンビニ前での、鳥の巣頭ヤンキーとの一件以来、僕はどこか吹っ切れて、怪我しても知らないくらいの勢いで向かっていってた。

そうすると今までは全く当たらなかった僕のパンチも谷岡さんに少しずつ当たるようになったのだ。
一度僕の右フックが当たったとき、谷岡さんがグラついた。
そして、終わった後に初めて褒めてくれたのだ。

「お前、なかなかパワーついたな。試合のときも、それを出せよ。」と。

筋トレも続けていて、自分でも多少パワーはついてきたんじゃないかと思ってたので、これは嬉しかった。

ただ、怪我しても知らないくらいの勢いで毎回向かうものだから、鼻が少し曲がったり、顎はズレたりした。
でもビビって逃げるよりもずいぶん戦い終わった後の気持ちは楽だった。

毎回それくらい捨て身の気持ちでスパーリングをしていると、自然と試合でも緊張はしなくなっていくもので、二回目の試合。僕は勝つことができた。

よく考えれば、あの竹下君より強い谷岡さんといつもスパーリングしてるのだ。
そして試合といっても、アマチュアの試合はヘッドギアもついてるため、環境的にはスパーリングとほとんど変わらない。
気持ちさえしっかり持てば、大抵の相手にはビビらずに臨めるのだ。


他のジムとの対外試合では負けたりもしたが、一回目の試合のようにただガードを固めて逃げ回るだけみたいな負け方はしなくなった。
どんな相手でも、とりあえず勇気を持って手を出すことはできるようになった。

こうして自信を少しずつ取り戻しながら、ボクシングを始めて2年。
入会希望で来るイカついヤンキーにも、ジャブだけでスパーリングの相手をしてあげれるくらいに余裕ができた頃、僕は機が熟したと感じた。

いよいよこの時がきた。
リベンジのときだ、と。

正直、これだけボクシングを現役でやってて、もう随分前から素人には負ける気はしなかったが、自分の弱さに向き合ったり、万が一もの可能性を考えての2年だった。
やるからには完膚なきまでに倒さなきゃいけない。

そして、問題は金髪坊主の仲間だ。
あの暴走族の仲間をたくさん連れてきた場合、さすがに多人数に勝てる気はしない。
絶対タイマンに持ち込まないといけない。

それにヤツを倒したとして、怖いのはその後の仕返しだ。
暴走族に狙われることになる。
そのときは悔しいけど、谷岡さんに頼むか。
谷岡さんはもう47歳だが、精神年齢は中学2年生で止まってる。
いまだに街中で調子乗ったヤツをシバいた話しをしてるし、常に喧嘩相手を探してる。
頭を下げれば協力はしてくれるはずだ。

まあ、今後のことはいい。
とりあえず僕は金髪坊主を倒す。
そして本物になる。
話しはそこからだ。


次、大学で会ったら喧嘩を売ろう。
そう決めて、僕はそのときから大学に行くときは必要以上に工学部の棟の周りをうろついた。
しかしもう4年生はゼミ以外ほとんど大学に行くこともないため、なかなか顔を合わすことができない。

誰かに聞いて連絡先を調べるか、そんなことを考えてるときだった。
喫煙所から聞き覚えのある声が聞こえたのは。


いつも工学部のヤツらが溜まっていた学食前の喫煙所。
そこにいたのだ。
金髪坊主が。

もう髪は黒くなっていたが、間違いなくヤツだった。
4、5人の仲間たちと喫煙所のベンチに座り、煙草を吸っている。

心臓がドクンと波打つ。

昔のトラウマから、一瞬逃げ出しそうになったがなんとか踏み止まった。

そうしていると、金髪坊主の仲間のうちの1人と目があった。
髪の長いチャラチャラしたチビだ。
あの喧嘩のときはいなかったが、よく金髪坊主の後ろをスネ夫のように歩いているヤツだ。

こちらをヘラヘラして見ている。

「うわ、あいつだよ。昔お前にボコされたヤツ。」

そんなことを言ってるのだろうか。
金髪坊主に何か言って、笑っている。

僕は深呼吸をすると、そいつらから目を背けず、ゆっくりと近づいた。

心臓が高なる。
歩みを進める足が震える。
あの日のトラウマからか、また負けたらどうしようと考える。
いや、大丈夫だ。2年間必死に鍛えて、オレは身も心も強くなった。
あの日のオレじゃないんだ。
そう、自分に言い聞かせる。

記憶が走馬灯のように蘇ってくる。

初恋の子にあげたはずのペンを持っていたヤンキー。
「クローズZERO」を見たときの雷のような衝撃。
あの日、金髪坊主の顔に情けなくペチンと当たった僕の拳。
その後、馬乗りで死を覚悟するほど殴られて、「助けて。」とお願いしたこと。
隆志に言われた「ダサい。」という心を切り裂く言葉。

その全てが、今の僕に力をくれる。

今震えてるのは決してビビってるからだけじゃない。
初めてのボクシングの試合とは違う。

今度こそ、武者震いだ。

金髪坊主達の元へ近づくと、まずは先ほどバカにしたようにこちらを見てたチビに話しかけた。

「なにヘラヘラしながら見てんだ、お前。」

自分でも落ち着いた感じの声が出せた。
大丈夫だ、冷静だ。
僕はやれる。

「ぶっ飛ばしてやろうか、お前?」

チビは目を丸くしてこちらを見てるだけで、黙っている。
ビビったのだろう。
続いて僕は金髪坊主の方を向いた。

「なあ。昔、オレをボコボコにしてくれたよな?もう一回、リベンジさせろよ。」

言った。
とうとう言ったぞ。
ついにこのときが来たんだ。

金髪坊主はしばらくこちらを見つめると、一言だけこう答えた。









「いや、就活だから。」

世界が止まった。
今、金髪坊主はハッキリと断った。
僕の喧嘩の誘いを。

え?なんて?
コイツ今なんて言った?
就活中?え?…シュウカツ?

僕が困惑して立ち尽くしてると、そのチビがポカンとした顔のまま、言ってきた。

「いや別にオレ見てないんだけど…今みんなで就活の話ししてたし。」

見てない?
え?勘違い?

金髪坊主達は煙草を消すと、そのまま「ヤバいヤツに絡まれた」みたいな感じで立ち去っていった。

僕はただ呆然と、その背中を見送る。



金髪坊主。

あいつは、前に進んでいた。
僕を置いて、前へ進んでいたんだ。


そして今、ハッキリと思い出した。
僕らはもう4年生だ。
国立大学の4年生。
みんな髪を黒にして、社会人になるために歩き出している。
僕だけがリベンジのことを考えて、鼻を曲げながら必死にボクシングをしていた。
就活という2文字なんて考えることもなく、ただ。強くなるためだけに。


立ち去った金髪坊主達の背中は、もう見えなくなっていた。
1人喫煙所に取り残された僕の前で、消えきっていない煙草の煙が、虚しくゆらゆらと揺れていた。

次の日、速攻でボクシングを辞めた。

というより、もうトんだ。

ちょうど今月分の月謝を払った直後だったので、もうそこから一生行かなかった。

会長には「すいません。就活するので、辞めます。」とだけ一方的にメールを入れた。

谷岡さんから嵐のように電話がかかってきたが、一回も出ずに着信拒否した。

金髪坊主へのリベンジという最大の目標がなくなった今、僕にボクシングに行く理由も気力もなかった。

ボクシングの楽しさみたいなのは勿論、感じてきてたがそれだけで続ける理由にはならなかった。

そして冷静になって周りを見渡すと、当たり前のようにみんな就活をしていた。

僕の友達もみんな「あの会社の説明会に行った」だの、「あの会社の一次を通った」だのそんな会話ばかりだった。
今までもそういう話しをしていたのだろう。
でも僕は気づかなかった。
いや、気づかないフリをしていた。
金髪坊主のリベンジのため強くなる。
その一心で生きてきたからだ。

ボクシングも辞めて、就活もしていない今の僕には何も残されてなかった。

村崎は芸人になると言っていた。
あいつは高校生のときからのお調子者で人気者だ。
さぞかし、向いてるだろう。
面白いし。

僕はそれからどうしたかというと、とにかく遊んだ。
吹っ切れて開き直った。
今更、就活をする気もさらさらなかった。
ヤケクソだった。

なんとなくテレビの放送作家とかそういうのを養成する学校に入れないかと考えた。
もう昔持っていた「人とは違う面白い発想を持っているオレ」という根拠のない自信にしがみつくしかなかった。

そんなある日だった。

隆志と学食でバッタリ会った。
僕は隆志の「お前なんかダサかったな。」発言から少し距離を置いていたので、気まずかったがそれとなく世間話しをしていた。
そんなとき隆志が思いもよらないことを言ってきた。

「お前ら、コンビ名とか決めとるの?」

「え?なんの?」

「村崎とのコンビ。NSC(吉本の養成所)入るっちゃろ?だからお前も就活しとらんのやろ?」

呆然とした。僕が就活してなかったのは、強くなりたかったからだけだ。

「いや、オレはそんなん考えてないけど…」

「え?そうなん?お前らなんか漫才みたいなのしてたやん。」

確かに一度、遊びの延長で村崎と小さなお祭りみたいなところで漫才はしたことがあった。

「いや、あれは…。オシッコ出るくらいスベったけど。」

「ふぅーん。」

隆志はご飯を食べ、席を立った。

「お前らなら、売れると思うっちゃけどな。」

「え?なんで?」

普通にその言葉が出た。
隆志からしたら、オレはゆってぃのモノマネしながら、無理して大学デビューかましてた。それだけのヤツのはずだ。

「ほら。お前らが、入学してすぐやってたヤンキーの変なカードゲームみたいなヤツ?あれ、めっちゃ面白かったやん。意味わからんかったけど。」

「えっ…。」

「あとお前も、無理してるときはおもんないけど、普段の会話とかはめっちゃおもろいし…。」

隆志はそう言うと学食を出ていった。

僕は、なんかよく、わかんない気持ちだった。
隆志への憧れ、嫉妬…そしてそんな隆志がこんな僕を別のところで評価してくれていたなんて。

こんなことなら初めから変に強がらず、素の自分でいればよかった。
その素の自分を面白がってくれる人がいれば、無理なんてしなくても友達なんてできるのだから。

そしてその友達と楽しく過ごしてさえいれば、勝手にそれが一軍になるのだろう。

でも強がりかもしれないが、不思議と後悔はなかった。

全て失ったが「クローズZERO」に憧れてヤンキーになろうとした僕も、素の自分ではあると思うから。

そして僕はそのとき、隆志のあの一言で、何も残されてなかった自分に少しだけ光が差した気がした。


その夜、僕は村崎を誘ってキャバクラに行った。
たまに行っていた宮崎の小さなキャバクラ。

そこで僕は自分の全てを出し切った。
フルテンションで村崎と一緒にキャバクラ嬢の笑いを取りにいった。
営業として笑ってくれてただけかもしれないが、とにかく僕らはウケた。
隣の席のおじさん達を巻き込んでウケた。

ほぼ自虐と下ネタだったが、ゆってぃや流行りの芸人の真似はせずに、しっかりと自分の力で笑いを取れた。

帰り道、僕と村崎はベロベロに泥酔して肩を組みながら帰った。
僕は大声で「天下獲ろうぜ。」と叫んだ。
村崎も「ああ!今日のオレらなら行ける!」と叫んだ。

そして、僕らはNSCへ願書を出した。

中学のときから嫉妬していたヤンキー。
クローズZEROを見て猛烈に憧れたヤンキー。
僕は結局、ヤンキーになることができなかった。
大学での天下獲りも夢半ばで終わった。

でもそれ以外の新しい目標ができた。
種類は違うが目指すべき新しいテッペンが見つかった。
それが嬉しかった。

あのときに振るわれなかった、くすぶった拳をポケットにしまって、僕は東京へ来た。


ただ、このとき無理矢理しまった拳。

2年間金髪坊主を思って、サンドバッグを殴り続けた拳。

その拳が思いもよらない形で振るわれる出来事が3年後にやってくるとは、そのときの僕は知らなかった。

サポートしてくれたら泣いて喜びます!! ありがとうございます!