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人類補完計画の海から帰還する為のモネ特化型恋愛兵器スガナミ『おかえりモネ』第19週

昔、お笑い芸人をやっていたので分かるのですが、目の前の数人を笑わせることと、イベント会場の客席を笑いの渦に巻き込むことは、似て非なるものです。人間が溶け合って、“観客”という巨大な別の生き物になって、笑いのツボが不思議と変わってしまうのです。基本、ベタが好きになります。“鉄板の営業ネタ”ってやつです。

昔、実演販売の仕事をやっていたので分かるのですが、目の前の一人に買ってもらうことと、ワゴンの前にできた人だかりにたくさん買ってもらうことも、似て非なるものです。人間が溶け合って、“群衆”という巨大な別の生き物が誕生した瞬間を見計らって、ユーロビートを再生するのがコツでした。

人間と人間の境界線って、意外と簡単に溶けてしまうものです。ただし、その溶けやすさは、人によってまったく違います。どっちが良いとか悪いとかではなく、いろんなタイプがいるから人類全体として発展してきました。溶けやすいタイプは、スピリチュアル業界で言うところの“波動”ってやつを敏感にキャッチしてしまうのです。鳴り響く音楽に背中を押されて突き進むことで、一人では成し遂げられない巨大事業を達成してきました。一方で、溶けにくいタイプは、そんな“波動”に飲み込まれても、自分の境界線を保っていられます。飲み込まれてしまった方が楽なこともたくさんあるけれど、そこで踏みとどまれる異分子がいることで、人類は絶滅を免れてきました。

菅波先生は、自分の境界線を失うことはありません。
サメは、群れません。

モネは、明らかに溶けにくいタイプなのですが、震災の時に刻み込まれた強烈な疎外感という傷を癒すためには、みんなが溶け合って一つになる人類補完計画の海に一度身を委ねる必要があるのです。

竜巻被害が大きかったのに家族が自分には隠そうとしていたことで、モネの“疎外感”という古傷はかさぶたが剥がれてしまいます。モネの痛みを分かりたいと思っている菅波先生ですが、自分でも言っているように分からないものは分からないわけで、“役に立てなかった”という傷なのだと勘違いして、モネが気仙沼に帰る背中を「今なら役に立てるでしょ」と押します。

モネが帰り着いて見た光景は、自分が居なくてもたくましく立ち直ろうとする、“地域共同体”という人と人との境界が溶け合ったアメーバでした。モネ自身も自分の傷を“役に立てなかった”だと思い込もうとしていた部分もあり、そうであれば、その光景を見て“お呼びでない”と引き返せば良かったのですが、しばらく立ちすくんで自分の傷の正体が“疎外感”だと気付いてしまいます。そして、自分とアメーバとの境界線を越えて、アメーバの一部になることを決意する一歩を踏み出すしかなかったのでした。

ここからモネの人類補完&帰還計画が始まります。“地域共同体”という母なる海に、アメーバに、一度完全に溶け込んでしまった後に、再び自分の境界線を取り戻すという困難な計画です。意識を保ちつつ夢を見て、最後はきちんと目覚めるのです。

みーちゃんから「お姉ちゃんなんか変だよ」と言われて「自覚してる」と返しつつ、まずはみーちゃんに仕掛けます。

アメーバの中に取り込まれることを自ら選ぶというか、それぞれの世代から一人はアメーバに捧げられるのが常なので、その役割を担ってきたみーちゃんに、お互いの古傷をほじくりあう自爆テロを仕掛けて、まずは姉妹が一緒に爆発して溶け合うところからモネの計画は始まりました。正直、みーちゃんにとってはいい迷惑だと思います。闇堕ちして菅モネの恋路を邪魔しようとした過去もあるので、因果応報なのかもしれませんが。

そして、プレゼンの中で「病的なほど」と“意識を保ちつつ夢を見ている”ことを正直にぶっちゃけつつ、“おしうりモネ”計画を会社に売り込みます。実は、稼働していない気象予報士の有資格者は凄まじい数にのぼっているので、吉本興業の“住みます芸人”的な発想のモネの気象予報士需要創出プロジェクトは、それなりに合理性があります。この市場が開拓できるとデカイです。

そして、モネの人類補完&帰還計画成功の鍵となるのが、モネ特化型恋愛兵器スガナミです。どこまでも境界線を失わず、灯台のようにモネを待っていてくれます。菅波先生も、気仙沼から帰ってきたモネが起きたまま夢を見ているような顔をしているのを見て、すべてを悟ります。これから菅波先生は、人類補完計画の海に潜っていくモネに繋がっている、自我を保つための唯一の絆として機能していくのだと思います。

ホルンの調べに背中を押されて、モネは自覚的に文字通り“無我夢中”モードにモードチェンジして旅立ちました。

地域共同体は本当に美しいものですが、そこに影もあることを、みんなとっくに知っています。どんなものにだって、光と影があるのです。

地域共同体というアメーバと同化することで傷を癒したモネが、その引き換えに意識を手放そうとした、その瞬間に、モネ特化型恋愛兵器スガナミが必死で手を伸ばして引っ張り上げ、抱きしめて耳元でささやくのだと思います。

おかえり モネ

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