松岡マサヒロ

色々なモノゴトを「管理」しながら暮らしています。 田舎なオッサンの暮らしを作り直す「人…

松岡マサヒロ

色々なモノゴトを「管理」しながら暮らしています。 田舎なオッサンの暮らしを作り直す「人生の暮れ活」に着目、試行錯乱しながら愉しんでいます。 どうぞよろしくお願い申し上げます。

最近の記事

おっさん暮らしにおける「余白」の意義

おっさん暮らし、つまり人生後半から終盤にかけての暮らしを少しでも意義あるものにするためには、何をどうすれば良いのだろう?色々あるだろう答えのヒントをひとつでも多く残してみたい。 これがnoteにおける私のテーマである。 ヒトがおっさんになることについて語るとき、自分自身がおっさんに至るまでのことしか語ることが出来ない。しかもそれは、記憶の再構成にすぎないため、厳密な事実とは相当離れている可能性が高い。記憶のエエとこ取りと言い換えても良いだろう。なので、おっさん暮らしのこれか

    • 管理人として眺める「賃上げ」

      今年2本目のnoteは、コワーキングスペース「カフーツ」で2023年12月2日に行われている「ブログJerry Vol.136」で書いてみることにします。 https://cahootz.jp/?p=2475 ここのところア◎の一つ覚えで政経の方々がおっしゃる「賃上げ」。 物価高で庶民の暮らしが大変だ。 物価高に見合う「賃上げ」をするのが解決へ向けた手段なのです。 だから社長のみなさんヨロシクね。 みたいな語調ですかね。ざっくり捉えると。 言う方は簡単。言うだけ。 社長

      • 商店街活性化について2023年当初に思うこと

        先日、2015年から私が所属している、神戸市の商店街支援施策「商店街・市場応援隊派遣事業」の「応援隊」。コロナ禍で長らく行われていなかった応援隊の意見交換会が開かれたので出席してきました。 意見交換の場で皆さんの色々な経験に基づくお話を伺いながら、ぼや~っと思い浮かんだことがあったので、思うままに綴っておこうと思います。 商店街・小売市場衰退の問題の肝は? 神戸市で8年ほど「商店街・市場応援隊派遣事業」に関わっているが、活性化に対する取り組みを継続出来ている現場には特徴

        • 暮れ活における「整理整頓」

          世の中の大きな変化は膠着状態になったようにも見え、知らないところで蠢動(しゅんどう)しているようにも思われ、しょうもないオッサン「松岡マサヒロ」の人生における「暮れ活」は、かつてない程の混乱に陥り、参議院選挙の選挙公報や政見放送を見ては、更に「途方に暮れた感」に包まれております。 前回の記事では 「まずは、身の周りを整理整頓するところから始めてみます。」 と書き終えました。 今日はその続きを書いてみます。 オッサン暮らしの「整理整頓」の話です。 きっかけは次男の独立

        おっさん暮らしにおける「余白」の意義

          人生の暮れ活に戸惑う

          やはり自分にとって、ある国が隣の国へ武力を持って侵攻していった事実と、色んな国や人々の「事実らしい出来事」に対するアジャストに、「戸惑う」日々が続いています。 ヒトは100年前と変わっていないのか? いや、100年前に戻っていったのか? 変わっていないなら、オレ錯覚してたわ~と思い直せば良いだけなんです。だけど、戻っていったなら、ヒトの本質はそっちの方だと確定します。そうしたら・・・っと思索しだすと今まで生きてきた道程がアホみたいに思えてきて無力感が心を覆って嘔吐しそうに

          人生の暮れ活に戸惑う

          ドラゴン桜に「人生の暮れ活」の核を見出した話

          先日、ツイッターを開いてみたら、どなたかが昨年TBSテレビで放映していたドラマ「ドラゴン桜」(第2シリーズ)の映像の一部を切り取って字幕付きで投稿しているのが目に入りました。 私も当時このドラマをリアルタイムで観ていて、とても印象に残った場面だったので、投稿された動画を思わず見入ってしまいました。 東大進学のために出来た「東大専科」に入って勉強を始めたばかりの落ちこぼれの生徒たちと、元々成績が良くて東大目指しているけど性格がメチャ悪い「藤井くん」が、同じ東大入学試験問題を解

          ドラゴン桜に「人生の暮れ活」の核を見出した話

          怒鳴る人

          ある日「怒鳴るひと」を3人も見た。 1人目は仕事の昼休みにライフ中崎町店へ買い物に行ったとき。 店内に入った瞬間、レジあたりからジイさんの怒鳴り声が聞こえた。 どないしたんや、と見に行ったらジイさんは叫び終えて清算済みの商品が山積みされたカゴをカートに載せてそのまま出て行こうとしていたところだった。 怒りの余韻もなく、やったったという得意げさもない、横顔の無表情感が印象的だった。 一方、怒鳴られた店員に別のジイさんが声をかけていた。 「大丈夫か?あいつ、いっつもあんなんやねん

          書くことについて語るときに私の語ること

          暮らしの中で文章を書くことが増えました。 以前の仕事柄(ウェスタンショップのWebサイトやネットショップの管理)、普通の人より文章は書いていた方かも知れませんが、昨年から更に増えてきました。今も増える一方です。 Webデザインの勉強にのめり込んでいったときがきっかけでした。 デザインも大事やけど、そもそも画像や文章の魅力があってこそのものではないか、と。 Webデザインもエエけど、それより文章が大事やわ。 という脳内活動の流れで、自分の書く文章は一体どないやねん?と、今ま

          書くことについて語るときに私の語ること

          肩書が「降りてきた」話

          もう6年以上考え続けていたことがありましてね。 何かというと、自分の「肩書」。しかも明快なヤツ。 きっかけは、ある年の「神戸市 商店街・市場 応援隊派遣事業」における「応援隊隊員」登録へ向けた面接の場面で、 「商店街や市場の人に、松岡さんを一言で紹介するとき、どう言えばよいですか?」 という質問を受けたときから疑問が始まりました。 内心「一言? それならアホのオッサンです。で済むやんけ。では、答えにならへんやんな~。」 オフィスビルの管理、ネットショップ、商店街活性

          肩書が「降りてきた」話

          父親の葬式で自身のウェスタン魂に気付いた話

          なりゆき離別してから30年くらい経ってる父親が死んだという電話を受けました。 2011年5月のことです。 私が住んでいるのは、兵庫県の神戸市で父親が結婚して暮らしていた場所。 父親が死んだのは、鹿児島県の徳之島で父親の生まれ育った場所。 連絡してきたのは、ギャーギャー泣いている姿しか覚えていないイトコの名前を名乗る男性からでした。 最初の電話があったのは、その年の3月ころ。 父親が肝臓の具合が悪くなって検査入院をしたところ、ボケの兆候が見られたという。なので、お前(私のこと

          父親の葬式で自身のウェスタン魂に気付いた話

          死者のギター

          歳をとると持ち物が増えます。 私は増えています。 引っ越しのたびに「断捨離」の号令をかけて処分したつもりです。 それでも増えているんです。 たいがいは歳とってボケてしまい、捨てるのを忘れて溢れかえったモノです。 なぜだろう?と考えてみて気付いたことがありました。 捨てているのに増えていた持ち物には共通点があったのです。 それは自分の歩んできた人生において「つかずはなれず」な距離感を保ち続けている点です。 『疎遠なフェイスブックの「友達」』みたいに、切っちゃうと何かと具合悪い

          死者のギター

          脳内に「自分の小売市場」を描く

          私は、神戸市が実施している商店街・小売市場の振興施策のひとつ「商店街・市場応援隊派遣事業」において「応援隊員」をやっています。 神戸市のホームページ内「商店街・市場応援隊派遣事業とは」 https://www.city.kobe.lg.jp/a92777/business/sangyoshinko/shokogyo/shop/index.htm 現場で、どのような活動をしているかは守秘義務があるので一切書くことが出来ません。 オブラードに包んだ書き方をしても、読む人が読ん

          脳内に「自分の小売市場」を描く

          人生の暮れ活と減量との親和性は如何に

          人生はワンツーパンチ 3歩進んで2歩下がる 昭和の時代にそんな歌ありました。 しかし、50を過ぎれば、2歩下がった後に5歩くらい後退する出来事に見舞われることが、しばしばあります。 今日は、そんな出来事と向き合い、やり過ごすなり、取り組むなりする「人生の暮れ活」において切っても切れない「老い」に直面して、心に湧き上がったことを書いてみます。 先月受けた健康診断の結果が、封筒に入って帰ってきました。 年に1度のアレです。 今年は更に分厚く、重たくなっています。 開けてみた

          人生の暮れ活と減量との親和性は如何に

          メリパナイトランという文化圏

          人生の暮れ時をより愉しむにはどうしたら良いのだろう?を考え、実践してみる「人生の暮れ活」。 先日は、人との関わり方やつながり方について、人生に残された時間が少なくなっている我々は、少し考えなおしたら良いのでは? という記事を書きました。 この記事で私は、人生の暮れ時において「自分と同じ文化圏」を持つ人とつながっていくことが大切ではないか?という意見を述べました。 今回は、自分が管理人をしているランニングコミュニティを例に挙げて、この意見について少し具体的に掘り下げて述べて

          メリパナイトランという文化圏

          人生の暮れ活で大切な『ダンバー数と自分という「文化圏」』

          人生の暮れ時を積極的に愉しむにはどうしたら良いのだろう?に焦点をあてた「人生の暮れ活」。 気をつけなきゃならない重要なポイントに「人との関わり方」や「人とのつながり方」があると思います。 50を過ぎたただのオッサンがコミュニティの中に飛び込んで、いきなり「友達たくさん作りたいです~♡」みたいなことやったら、周りに、ただただ気持ち悪さを振りまくだけですし、人生に残された時間を考えれば効率的ではありません。 じゃあ、どうすりゃ効率的になるのか?効果的になるのか? 今日は自分な

          人生の暮れ活で大切な『ダンバー数と自分という「文化圏」』

          「人生の暮れ活」を愉しまなければと決めたのは、ランニングを始めて起こった7つの変化だった。

          noteでは「人生の暮れ活」をテーマにした記事を書いています。 「人生の暮れ活」とは、「人生における黄昏どきの生き方や暮らし方を切り拓く活動」。人生の平均的時間(70~80年くらい)を時系列で3分割した最後の3番目のフェイズの暮らしを切り拓き、より愉しいものすることを目指す活動です。 愉しい「人生の暮れ活」を構成する要素は三つあります。 「お金」「身体」「精神」です。 なかでも「身体」という要素は、50を超えると状態は基本的に下降線をたどります。それを維持・増進していくこと

          「人生の暮れ活」を愉しまなければと決めたのは、ランニングを始めて起こった7つの変化だった。