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ラーメン

まだ今月はラーメンを食べていないな。

ふと思い立った休日の夕さがり、私は重たい腰を上げて外へ出た。
昼間は曇っていたが、今は青空がのぞいていた。
太陽はすでに傾いて、アパートの壁にオレンジ色に差していた。
駅を越えて裏道に一本入る。
ラーメン専用写真投稿アプリで調べたところ、この通りにあるラーメン屋が市内で2番目に人気らしい。
急な坂道をくだり、少々帰り道の心配をしながら曲がりくねった道を進む。

「ついた」
想像よりずっと洒落た外観の店に到着した。
店内はコの字型のカウンターの真ん中に調理スペースがあり、大きな寸胴鍋が置いてある。典型的なラーメン屋の間取りだ。
迷わず特製塩鶏白湯ラーメンを注文する。初見のラーメン屋では、メニューの1番上を注文するのが私の流儀だ。味玉トッピングも忘れずに。

食券を渡した瞬間から勝負が始まる。
ラーメンとは戦いだ。
まずは店内を見渡して貼り紙やメニューをぼんやりと見る。店の特徴や店主のこだわり、月替わりの限定メニューなんかの情報を頭に入れる。
焦がし醤油ネギチャーハンだと?
今度は大食らいの同僚を連れてきてひと口もらおう。

そして頃合いを見て髪を結び、紙ナプキンも装備する。ラーメン専用写真投稿アプリに投稿するために写真を撮らねばならない。あらかじめ写真アプリを開いておく。
ラーメンが目の前に現れたら時間との勝負になる。
事前にできる準備は全て済ませておきたい。

満を辞して、湯気を立てたラーメンが目の前のカウンターに置かれる。戦いの火蓋は切っておとされた。
まずは準備しておいたスマホで写真を一発で撮る。失敗は許されない。この間にも刻一刻とラーメンは変化していく。

「いただきます」
まずはスープをひと口。
鶏白湯の旨味にシンプルな塩の味付け。
ふぅと息を吹きかけて、麺をすする。
濃厚でとろみのあるスープは、細くも太くもないストレート麺にほどよく絡む。
よく噛むと小麦の風味がすっと口内を突き抜けた。「うま!おいし!」
思わずひとりごとが漏れる。

続いて海苔。海苔は下半分をスープでふにゃふにゃにして、パリパリ食感と半々で楽しむのが好きだ。
味玉はまず半分に割って黄身の具合を観察する。
生じゃないけど固くもない、ほどよくトロッと流れ出るその様に唾を飲む。
まずはそのままひと口。次にスープに浸けてもうひと口。おいしい。

トッピングをそれぞれ単品で味わったら、最後は全部麺に絡めて一気に口に運ぶ。
メンマの独特な食感と、青菜の臭さと、味玉のぷりぷりな白身と、少し柔らかく伸びてきた麺を全部まとめて咀嚼する。
そして最後にスープをひと口、ふた口。

「ごちそうさまでした」
手を合わせた後も、水で口の中をリセットして、さん口よん口。
スープを飲み干すのは身体に悪いと知りつつついつい飲んでしまう。水でリセットすれば無限ループだ。
どんぶりの底を拝んだら、試合は終了だ。

満腹のお腹をさする。
長居は無用だ。広くはない店内、お腹が落ち着くまでのんびりはしていられない。

最近は日が長くなった。
涼しい夜の気配を感じながら、ゆっくりと歩いて帰ろう。
マスクを外して、大きく息を吸い込むと夏のしめったにおいがした。
私は、重たくなった胃をさすりなだめながら、坂道を登った。

おわり

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