見出し画像

『ネオヤツシロヘヴン』【アーリー篇 1】

登場人物のひとり、アーリー↓

自分が28歳の時の話だ。自分の2つ歳上にアーリーというダンスと歌をやっている見た目がギャル風の肌の露出が多い服をいつも着ているモデル体型の女性がいた。昔からネオヤツシロの音楽イベントでは時折踊っているのを見かけていたので存在と名前は知ってはいたが話をしたのはある日友人の家でバーベキューをやった時が初めてだった。
先輩、タメ歳、後輩、初めて会う誰かの知り合いたち…とそこには色んな人がいて、各々がテキトーに世間話やら近況を駄弁り合いつつ肉や野菜をつついていた。

バーベキューが終わり皆で片付けや洗い物、残飯の処理などをしているとアーリーが自分に話しかけてきた。
「あたしバンビのことをずっと怖い人だと思っていたけど違った」
「え?俺がですか?自分そんな風に見られたことないですよ」と自分は笑った。
「でも今日喋ったら怖い人じゃないって分かって良かった」とアーリーも笑った。
「俺はもう最近はヘタレてメンクリばっか通ってますよ」
「え?そうなの?あたしもけっこう長いこと通ったよ」
「マジっすか?鬱かなんかでですか?」
「それもあるけど薬物依存が大きかったかなぁ…元カレがポン中であたしもやるようになって…」
「へぇー、それは大変でしたね。でも今は大丈夫なんでしょう?」
「うん平気。めっちゃつらかったけど自力で薬(※処方薬のほう)も全部やめることができたよ。毎日すごい量飲んでた。バンビもきっと良くなるよ。絶対良くなる。あ、よかったら今度うちに遊びにおいでよ。うちの旦那もバンビの名前とか知ってるからさ。最近家をリフォームして照明とかすごくいい感じだからホント来てよ。」
「分かりました。そのうち伺いますね」

アーリーと電話番号を交換した。

アーリーは自分より少し背が高くスレンダーで…いや、ほんとは不健康な痩せ方をしていた。なのに胸とケツは大きかったのでおそらくイジって(整形して)たんだなと思う。髪は編み込まれている部分があったり明るいピンク色や黄色で染めてある部分があったりとなんだかチグハグな独特なヘアスタイルだった。
顔は自分の好みではなかったが一度堕ちたことのある人間が持つ特有の雰囲気は嫌いじゃなかった。

それから2週間ほど経ったある日、自分は職場の同僚数名と呑みに出ていてとある焼き鳥屋にいた。夜11時頃に宴が終わり帰宅しようとチャリにまたがり漕ごうとしたらアーリーから着信があった。
「あ、バンビ?今夜旦那が用事でいなくてさぁ、ずっとお酒飲んでたらなんか寂しくなってきて電話してみた。バンビは今なにしてんの?」少しイヤな予感もしたのだが自分もいい感じに酒が回っていたので明るい声で今の状態を話した。
「その焼き鳥屋からチャリでうちに来るなら5分もあれば着くよ」などと言ったあとアーリーは道順を言った。
「じゃあコンビニでタバコ買ってから寄ってみますね」と自分。
「OK。外で待ってるね」とアーリー。

アーリーは彼女の両親、そしてアーリーの旦那の4人暮らしで、家から少し離れた場所に月極め駐車場を借りていてそこにある自販機郡の前に立っていた。
「待たせてすみません」
「飲み直そう」とアーリーは言って自分の手を握り家のほうへ引っ張っていった。

アーリーの家の外観は地球の中小企業の中年サラリーマンが建てたような平凡な二階建ての家といった感じだった。夜なので外は暗かったが外壁が薄汚れているのは分かった。
案内され家の中に入ると確かにリフォームされていて物が少ない新築の家のようになっていた。照明や家具はレトロな物で統一されていてクールだった。
2階のアーリーの部屋に着くとそこもまた面白かった。8畳ほどの部屋は電球色の間接照明だけでほのかに照らされていて色彩豊かなネオンたちがテーブルなどのいたるところに置かれていた。ハリウッド映画に出てくる良き時代のバーみたいだった。ダンスをやってるからであろう、ドア以外の壁は鏡になっていた。草間彌生の空間アートみたいだなと思った。
ソファに座るよう言われたあと、「あ、ごめん、ワインしかないけど飲める?」と訊かれたので「すみません、自分ワインダメなんですよ。それ以外なら何でも大丈夫です。アルコールじゃなくても大丈夫ですよ」と返した。
アーリーはベッドの下から小さなクッキー菓子の缶を取り出し自分に渡して言った。
「じゃあバンビにはコーヒー淹れてくるね。ちょっと待ってて。あ、それでも吸って待ってて。じゃ、下行って淹れてくるね」
渡された缶を開けるとなかなか大きなパケにパンパンに入った乾燥大麻と小さな青色のガラスパイプ、そしてグラインダーが入っていた。テキトーな量をパケから指先でつまんで取り出し道具で砕き、適量の葉をパイプに詰めてポケットから取り出した100円ライターで火を着けて煙を大きく何度か吸いこんだ。いい香りだ。何度か咳き込んだ。

「ブラックで大丈夫だよね」と言いながら赤いマグカップを持ったアーリーが帰ってきた。
「なかなかいいネタですね。あ、コーヒーいただきます」
「そのネタすごくよくてめっちゃトビが長く続くの。地球のハイブリッドを何回も交配させてつくったって聞いてる」
「へぇー、どっから引いたんですか?」
「バンビは知らないほうがいいと思う。40グラムぐらいあるから5グラムぐらいなら持って帰っていいよ」
「ありがとうございます。今度なにかお礼しますね」
「お礼はいいから今からセックスしない?」
「それは…ムリですよ。彼女いますし… アーリーさんも旦那さんいるじゃないですか… あ、でもアーリーさんのことは魅力ある女性だと思ってますよ」
自分が真顔でそう答えると「バンビって真面目なんだねー、ちょっと遊ぼうと思っただけだよ。バンビは性的にはあたしのタイプじゃないし」とアーリーは笑いながらメンソールのタバコをくわえ火を着けた。
自分はとりあえずセクシャルな話から離れようと思い、「ネオヤツシロ(※地球に似た球体のひとつ)が特別自治球になり大麻合法化してもう何年ぐらい経ちましたかね?」と言った。
「地球時間でいうと150年ぐらいは経つんじゃないかなぁ…バツや紙が140年ぐらい前だったと思う。分かんないや。あ、それとバンビ、アタシにはタメ語でいいんだよ」とアーリーは答えながら今度はガラスパイプを咥えて葉をライターで燃やした。そして地球製のアイポッドで音楽をスピーカーで流し始めた。
お互い好きな音楽のジャンルは似てはいたのだがアーリーはメインストリームを好み自分はアングラを好むという点は違った。
「アーリーさんの好きな曲のプレイリストでいいですよ」と自分は言った。
アーリーが何度か麻の煙を吸って…溜めて…吐いて…を繰り返したら次は自分がそれを行う。それを2時間ほど繰り返していた。3分の曲は2時間に感じ、全ての音の粒や欠片にエフェクトがかかっていた。部屋のネオン達の輝きにもディレイとリバーブがかかった。特に壁の鏡たちがトビを増幅させるのを手伝ってくれた。
「鏡と鏡を合わせるだけで瞬時にそこには無限と永遠が存在して… で、意識や精神というものは1人に対して1つあるというものではなく… だからミラーニューロンとかがなぜ存在するのかも分かるんです… フロイトにせよユングにせよハイデガーにせよ仏教にせよ使う言葉やフォームは違えども見ているものは同じものであって… つ、つまり…えーっと…例えばですね…どんだけぶットんでもギターを弾けない人が急にギターを弾けるようにはならないんです…今日の昼間に私は犬を見ました。そのあとに空を見上げました。となるとですね、犬が空を飛んだりするわけです。あ、あれ… 何の話でしたっけ?…まあいいか… あ、旦那さん今日どこに行かれてるんですか?挨拶したかったです」
「実は旦那はいま夜勤なのよ。看護師やっててさ。あ、バンビのライブ何回か観たことあるって言ってたよ。面白かったって言ってた。アタシも何回か観たことあってさ、で、バンビっていつもライブのとき変なことするじゃん。で、アタシそれ見て危ないヤツだと思ってたの。」
「あれはバカなフリしてるだけですよ。あ、ちょっと煙すごいですね、窓開けて換気しません?」
「あ、ごめん、忘れてた」
アーリーは部屋のドアと小さな窓ふたつを全開にした。
2178年11月24日午前2時、地球の冬の風に似た冷たい風たちが何度もアーリーの部屋を駆け抜けて部屋の白煙をかっさらっていった。

「寒いね、そろそろ閉めよう」とアーリーは言って窓を閉めた。

ふたりとも眠くなったせいだろうか、すでに会話は無かった。音楽はちょうどいい音量でひとつの部屋とふたつの肉体を満たし続けた。

その後どうなったか、どうやって家に帰ったかは覚えていない。
午前4時か5時にアーリーに連れられて『ハンパネール』みたいな名前の店で酒を何杯か飲んだような気もする。
だめだ…思い出せない。

それからちょうど3年後の2181年の11月24日の正午、地球のフィリピンのとある川のほとりでアーリーは水死体で発見された。直接的な死因は何者かによって背後から後頭部を銃で撃たれたらしい。
遺体はアーリーの旦那が引き取り、葬儀はネオヤツシロで身内だけで行われた。アーリーの旦那とまともに会うのはそのときが初めてだった。アーリーの見た目と正反対のどこにでもいる普通のお兄さんといった感じだった。
いや、ほんとは違った。
声も見た目も自分にそっくりだったのだ。

葬儀が終わり濡れた顔の旦那が自分に話しかけてきた。
「今日はありがとね。アーリーはバンビのことすごく気に入ってたよ。俺も含めて三人でキメて3Pしたいって言ってたんだ。笑えるでしょ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?