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他者の「まなざし」との対話。

「まなざし」とは、見る側が見られる側にある評価や価値を押し付けたり支配したりする作用のことです。

自己やアイデンティティに関する心理学の話では、他者のまなざしは2つあり、1つ目は、社会が持つ役割や一般的価値意識(期待)を反映したもの。2つ目は、重要な他者(significant other)。

例えば、親、教員、上司、親友など自分の評価や価値に大きく影響を与えるような存在。しかもこれらのまなざしは自己に内面化していく。また、「他者」には、現実の他者だけでなく、もう一人の自分である「内なる他者」も含まれると考えられています。

見られる側においては、他者の「まなざし」とどのように対話するのかが、自己やアイデンティティに関わるテーマになります。

聴覚障害領域で考えてみると、聴覚障害当事者に向けられた他者や社会(制度、体制、サービス、建物なども含みます)の「まなざし」には、次のようなものが考えられそうです。もちろん他にも各種の「まなざし」があると思います。

Ⅰ.ポジティブな「まなざし」
1.対等性のまなざし:
  お互いできることをやろう/困った時はお互い様だね
2.多様性のまなざし:
  何かカテゴリに括って見ない方がいいよね/あなたはあなた
3.個別性のまなざし:
  障害に関する知識ではなくあなた自身の物語を知りたい
4.必要性のまなざし:
  何か困った時はあなたに相談(依頼)していい?  
5.尊厳性のまなざし:
  あなたはどのように考えたい?どうやって生きる?
6.可能性のまなざし:
  あなたができることと、そのために私たちができることは何かしら?

Ⅱ.ネガティブな「まなざし」
1.憐憫性のまなざし:
  大変だね/かわいそうだね/不幸だね
2.超越性のまなざし:
  人一倍がんばりなさい/そうすれば皆から認められるよ
3.正常性のまなざし:
  きこえることが普通(正常)だよ/きこえないことはよくないよ
4.代表性のまなざし:
  あなたはきこえない人の代表としてがんばらないとね
5.不可能性のまなざし:
  きこえないからこれはできないよね
6.不要性のまなざし:
  あなたは役に立たないからいらないよ

当事者は、他者や社会からむけられる各種の「まなざし」を内面化し、内なる他者と語ることで自己物語を作ります。

例えば、ネガティブな「まなざし」に抑圧されて自己を否定する/追い込む物語を作ることになるのか、ポジティブな「まなざし」を通して自己を肯定する/癒やす物語に更新していくか。あるいは同一の他者から両方の「まなざし」を向けられることで、「ダブル・バインド」のような状態になり、物語の更新も揺らいでしまうこともあるかもしれない。

このように物語化の色々なベクトルが考えられるでしょう。そこでテーマになるのは、その「まなざし」に対する現実の他者との「対話」と「自己内対話」の実践のありようだと思います。

例えば、「超越性のまなざし」を当然視する現実の他者が自分の周囲にいる場合は、自己内対話も「頑張れない私」を「内なる他者としての私」が否定的に捉えるような状況になりうると思います。

これらの対話を通して、自分や他者に対してポジティブな「まなざし」を向けられる人間として成長するために、どういった事柄が大切になってくるのか考える必要がありそうです。

同時に私自身も、現実の他者や内なる他者に対してどのような「まなざし」を向けているのかに敏感でなければならないと思います。