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ろう幼児の語りに見る「手指休止」

1.自己編集を示唆する停滞現象としての有声休止

 人間は、いろいろな出来事や情報を一つの物語としてまとめて一方的に語るとき、あらかじめ何をどのように話すかを考えようとします。こうした思考活動は、心理言語学では「自己編集」とよばれています。
 これは発達心理学者の岡本夏木(1985)のいう「二次的ことば」の特徴の1つであり、言語によって分析したりまとめたりするといった思考活動を示しています。ようするに、考えながら話す、または話しながら考えるということです。
 ただ、自己編集は頭の中で行われるので、外から観察することはできません。そこで、心理言語学では、自己編集が行われていることを示唆する停滞現象に注目しています。例えば、日本語を用いる聴児・者が話す場合は、「えーと」、「あのね」、「んとー」とつぶやく様子が見られるでしょう。これを「有声休止」といいます(田中敏, 1981)。有声休止は、大人の場合、最初に文を話し始めたところ(主部)、あるいは次の文を話す直前で多発する傾向があります。つまり、このような多発傾向は、これから何を話すかをあらかじめ考えている自己編集の存在を示唆していると考えられているのですね。また、子どもの場合、5,6歳頃から、有声休止の生じる場所が、発話の途中や発話直前よりも発話産出より少し前に先行して現れる割合が高くなります(藤崎春代, 1982)。面白いことに、後者の有声休止は「あのね,うんとね…」と所要時間が長くなるのです。所要時間が長くなるということは、これからどのような内容を文にして話したらいいんだろうって自己編集に四苦八苦しているということではないかと考えられているんですね。また、社会的相互交渉の文脈でいえば、”いま考え中だから待ってね。割り込まないでね”というふうな機能を持っているともいえます。3,4歳児では発話の途中や発話直前で現れることが多い、つまり主に語や句の区切りで自己編集していると考えられるのに対して、5,6歳児はもっと先に見通しを持って内容を編集していくようになっていくということです。自己編集がより高いレベルで行うことができるように成長・変化しているわけですね。このように有声休止からは、自己編集の働きや発達的特徴の内容を垣間見ることができるのではないかというふうに考えられています。

2.自己編集を示唆する”手指休止”

 それでは手話には有声休止に相当するものがあるのでしょうか。そこで国内外の先行研究を調べてみると、相当すると考えられるものがあるとのことでした。成人のろう者同士で議論をしたりろう者が講演しているときの手話を注意深くみれば気づくと思いますが,時々,話し手の胸前でゆるんだ手型の利き手または両手を胸と同じ高さに上げ,各指を軽く運動させる手指動作が観察されるはずでしょう。次の図は、アメリカで手話言語学的研究をしているEmmoreyさんの本から引用したものです。(引用元 Emmorey, K. 2002 Language, Cognition, and the Brain: Insights from sign language research. Mahwah, NJ: London, pp149-153.  Fig.4.10 Illustration of UM produced by three signers (from examples A, B, and C in the text) The drawings were done by Jonas Schurz-Torboli, a Deaf artist. )

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 この手指動作は、特定の名前を想起したり動作の方向を説明する時に生起することが確認されていると述べています。ただ、冒頭で述べたように自己編集のように認知面活動との関連でどのような意味があるのかまでは研究されていなかったのです。
 当時、博士課程に進学した私は、乳幼児期に手話を用いるろう児の言語・コミュニケーションの発達に関心を持ち、ろう学校幼稚部(ろう者教員が配置されているところ)に2年以上、月1回通ってデータを取っていました。自分が経験したことを子どもたちに語る場面、給食でのおしゃべり場面など映像収録していたのですが、収録した映像を何度も何度も繰り返し見ているうちに、子どもたちの手話発話に、手話単語のように言語としての意味を持つ単語や文法ではない、ある手指の動きがあることに気づきました。それが以下の図です。これは、私が、中学校・高校美術教員免許状取得で学んだデッサン技法を活用して一時停止した映像を見て描きました。Emmoreyの本にある成人ろう者の図と比べると、手の形も動きも似ています。他の国々でも類似してみられるかどうかは今後の研究課題です。

手指休止

 日本では、こうした手指の動きを指す用語や研究が見当たらなかったので、これは有声休止に相応するかもしれないと仮定し、その手指動作を「手指休止」と名づけ,どのように現れてくるものなのか、博士課程の研究で明らかにしようと試みました。ちなみに、調査当時の子どもたち(7名)の年齢は5-6歳です。できれば入園当初(年少児クラス)から継続して観察したかったのですが、実際は年中児クラスの途中から観察開始になりました。年中、年長と続いてろう者教員が担任をしていました。当時の幼稚部にはろう者教員が一人だけ配置されていました。
 5-6歳ということで、手指休止が有声休止と同様に自己編集を示唆する現象であるなら、聴こえる子どもが5,6歳頃から発話の途中よりも発話の前に有声休止を示す割合が高くなることを踏まえれば、手指休止も同様の傾向がみられるかもしれないと仮説を立ててみました。以下、調べた結果の概要を説明します。
(1)場面によって手指休止が現れる割合は違う?
 給食で手話でおしゃべりする場面と、過去経験を子どもたちに語る場面とを比べると、前者よりも後者の方が多く現れていました。おしゃべりだとお互いにカバーして会話を進められますが、語るとなると子どもたちは話を聞くだけになるので語る子どもは自分で何をどう話そうか考えないといけなくなるからなんですね。そのため手指休止の多発につながっていると思います。この結果は、聴こえる子どもを対象にした先行研究で、子どもが他者に一方向的に内容を考えながら話すことが求められる場面であるほど有声休止が多発する傾向があることと共通しています。
(2)過去経験を語る時、手指休止はどこで現れていた?
 過去経験を語る場面に絞って、子どもたちが話した発話の直前あるいは途中で手指休止がどれほど現れているのかを調べてみると,発話の直前では全体の71.4% (50回) であり,発話途中では28.6% (20回)でした。また、直前に現れた手指休止の出現時間は平均2.6秒であり、最長で6秒でした。しっかり目を凝らしていないと見落としてしまうほど瞬間的な動きであったり、うーんと視線を上に固定して手指を動かし続けていたりしていました。また、発話途中の手指休止の発現地点を調べると、発話の開始部分、特に主部に相当するところで多発してました。発話直後や発話が終わる部分よりも、発話直前、発話途中でも開始部分のところで多発する傾向があるわけです。つまり、子どもたちは、単語ごとに、あるいは一句ごとにではなく、もっと長い内容、つまり発話全体を自己編集してから話すという認知活動ができているといえそうです。
 年中児クラスの途中から調査したこと、人数も7名と少ないことなどから、今回得られた知見は今後もさらに詳しく調べていく必要があります。ただ、今回得られた知見からは、ここで紹介した二つの図の手指動作は、特定の名前を想起したり動作の方向を説明する時に現れるだけでなく、長い内容を語る場面で自己編集を示唆する現象としても現れると考えていいのではないかと思います。それで、この手指動作を「手指休止」として捉えることを提案したいと思います。

3.手指休止はろう文化の行動様式の1つ?

 もう1つ興味深いことがあります。手指休止は、親の聴覚障害の有無を問わず、子どもたち7名全員に観察されました。両親がろう者である子どもは1名だけです。
 小池敏英・伊藤友彦(1989)によれば、休止とは、他者から教えられて発生するものではなく、自然な相互交渉の中で身につくものと考えられています。聴者両親を持つ子どもは、ろう学校幼稚部でろう者両親を持つろう児やろう者教師と「何をどのように語ったらいいのか、どうしたらみんなにわかってもらえるのか」といった社会的相互交渉の課題を共有し、「このようにまとめたらいいんだ」「このように話し続けたらいいんだ」と一緒に課題解決を目指していたと思います。そのなかで、手指休止の存在や機能(手指休止を遣えば考え中なんだなと皆待ってくれること)に気づき、自らもそれを使って実践するなかで身につけていったのでしょう。ろう文化に、手話による相互交渉を円滑に維持するための行動様式が含まれるとすれば、手指休止はまさにその行動様式の一種であるといえるかもしれません。ろう学校幼稚部で見られた手指休止の継承・共有は、ろう文化の継承・共有が行われている具体的な事実としてみなせると思います。

 言語とは、単に自分とは何かを表すための道具ではなく、ある社会文化的な文脈における対人的相互交渉を通して自己を創造し、変容させる手段です(Miller, P.J., Fung, H., & Mintz, J., 1996)。手指休止もそうです。手指休止を自分も使うことで手話を用いた対人的相互交渉を調整できる。
 子どもたちは、単に言語技能を身につけるだけでなく、社会文化的な文脈で他者とともに生きる自己を形成していくことも重要なテーマになっていると思います。そう考えると、今後とも子どもたちがどのように調整し、どのように工夫しているのか、そのような姿を他者との相互交渉の文脈の中で丁寧に捉えていきたい、今回の研究を通してそんな思いを強くしました。

文献
岡本夏木(1985) ことばと発達 岩波新書
田中敏 (1981) 日本語発話における言いよどみ現象の分類と特徴づけ. 心理学研究, 52, 213-218.
藤崎春代 (1982) 幼児の報告場面における計画的構成の発達的研究. 教育心理学研究, 30, 54-63.
Emmorey, K. (2002) Language, Cognition, and the Brain: Insights from sign language research. Mahwah, NJ: London.
小池敏英・伊藤友彦 (1989) ろう児の発話における自己修正の特徴. 特殊教育学研究, 27, 11-18.
Miller, P.J., Fung, H., & Mintz, J.(1996) Self-construction through narrative practices: A Chinese and American comparison of early socialization. Ethos, 24, 237-280.