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「立つ」の現象学の話。

運動発達に遅れがあると言われているダウン症のお子さん。

2歳になったばかりで、家の中をハイハイして、立つときは誰かに支えてもらっていました。

ある日。リビングで親御さんと話している時、お子さんがベランダの方へハイハイし、窓を両手でポンポンと叩く。しばらく窓を見てから、左手で窓に体重の一部を預け、両膝を床から離したところで、すぐ左手よりも高い位置に右手を窓に置いて立ち上がります。しかも上手に。スッと。

ただ、立ち上がるといっても窓に体重の一部を預けている状態です。窓に寄り掛かっているので、立位よりも斜めになって立っている。そうして立ち上がった後で、これまた器用に窓に手を当てた状態で身体を捻って部屋の方を見ます。立ち上がった位置から見えてくる景色が新鮮なのでしょう。窓に当てていた右手を左手にと交互に変えながら、見えてくる景色を変えています。そして、カニ歩きみたいに窓沿いにトコトコと慎重に歩いて、また部屋の方を見ます。

そして時々、直立してみようと立位の状態にします。しかしうまくできず、重心が後ろに移ってしまって尻もちします。その瞬間、「あーあ」とがっかりしたような、ふくれたような表情で口を開けてしばらく座っています。

この時、ああ、お子さんは、もっと色々な景色を見たいのだな、そのために色々なところに立ってみようと工夫もしながら進めたいのだな、と思ったわけです。単に立つのではない。景色を見たい。だから立つのだ。自ら「立つ」ことに意味を見出しているのですから、すごいことです。

そうしてお子さんの行動を丁寧に観察した上で、親御さんに、お子さんが握れる太さの突っ張り棒を買って、お子さんの肩と膝の中間的な位置の高さで部屋にセッティングしてみませんかと提案しました。早速親御さんは、面白そう!とホームセンターで買ってセッティングしてくれました。

1か月後。お子さんは突っ張り棒を両手でうまくつかんで笑っていました。窓に寄り掛かっていた時とは違って、きれいに立位の状態で立っています。しかもちょうど部屋の真ん中にセッティングしてくれたので、立っているお子さんと正面から顔を合わせる形で親御さんがいることができる。突っ張り棒に沿って一緒に移動したり、何かを見ては笑い合ったり。

数か月後には、色々な立ち方や色々な歩き方を試すようになりました。片手だけで立ってみたり、突っ張り棒に背中を預けながら歩いてみたり、ぶらさがってみたり。

立つ。歩く。見る。

何気ない動作に、お子さんの志向性を見出す。

このことは非常に大事なことです。