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昔の上司と

連休、東御市 浅間山
 
「こだわりがなかったかなあ」
「でも、50歳ぐらいから組織でなくフリーの立場で働きたかったと」
フリーかあ、、、
 
久しぶりに大先輩で
20代の自分に一番影響受けた、当時の上司に会った
彼が50歳ぐらいまでは一緒に仕事をしていたが、
その後、違う会社生活送った
 聞きたかったのは、私が関わらなかった50歳以降の
 会社の関わりと定年後の10年だった
 
午後2時に東御市近くの芸術村のカフェで待ち合わせ、
浅間山を見ながら、2時間も話し込んだ

改めて知らなかった、先輩の思い、生き方

あの時組織にこだわったり、
役職にこだわったら、きっと役員になれたかなと

何がその行動の動機だったんですか、との問いに、
50歳から5年ごとに仕事を変え、長野県の経営者協会や
信州大学の産学連携などに関わり、
退職後は、地元の医薬品メーカーの顧問を務め
この3月に完全退職、今は町長から依頼され、スマートシティの仕事を手伝っていると
 
20代の頃、憧れていた仕事への取り組む姿勢をずっと彼は貫いていた
そのことが驚きで、そのことに全く気付かなかった自分の怠慢が恥ずかしい
 
彼は言う、
仕事は向き合いかた

こだわるのも良し、新しい世界へ飛び込むのも良し、
どこで偉くなっても、なっていなくても、
取り組む姿勢が気持ちを奮い立たせる
50歳過ぎたら、その辺りが見えてくると
 
こんな話しができるのも不思議な気持ちだと
お互い尊敬しているから付き合えるのだと
 
20代の頃、
彼と向き合っていた毎日を思い出しながら、
浅間山の夕暮れを横切り、 松本へ

また、何か新しい始まりを考えている

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