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ノベライズ版『メタルギアソリッド ガンズオブザパトリオット』研究のための手引き /伊藤計劃読解

 オリジナル長編虐殺器官』『ハーモニー:』と比較し、ノベライズ長編『メタルギアソリッド ガンズオブザパトリオット』(以下、N版『MGS』表記)の研究は現状ほぼ成されていない。時期上は『虐殺器官』と『ハーモニー』の合間に位置し、一時中断していた『ハーモニー』の完成にも寄与した可能性が高いのだが。

 残念ながら、N版『MGS』の謎は『ハーモニー』の謎よりなお知られていない。私事でしばらく忙しくなる事情もあり、以下、読解としての基礎事項を示しておく。興味ある方は自力で挑んでみて頂きたい。今なら世界初の発見者を名乗れる(かも知れない)。

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 伊藤計劃のオリジナル長編二作には「語り手の視点を用いた仕掛け」があり、おおむね以下のような構造を持つ。

 ・語り手と事実に齟齬があり、注意深く読むと齟齬が垣間見える。
 ・明確な齟齬はキャラクター同士のすれ違いとして描かれる
 ・齟齬の存在について語り手が種明かしすることはない

 語り手の歪みについて、作中で真相が明かされることもなければ、作者自身が真相を明かすこともない。作者はもはや不在であり、存在するのはただテキストだけだ。
 ゆえに、真相は読者自身でたどり着くしかない。少なくともオリジナル長編はそうだ。

 一方で、オリジナルでない作品ではやや事情が異なる。
 N版『MGS』では珍しく、冒頭から「宣言」されているからだ。

 彼はその日、トラックの荷台に詰めこまれ、傍らにAKを立てかけながら、煙草をくゆらせていた――たぶんそうに違いない。いつどんなときでも、決して煙草を手放さない男だったから。

   N版『MGS』「ACT1 Liquid Sun」、文庫p7

 他作品の――作り込みと表裏一体の――不親切さを踏まえたなら、このくだりは極めて丁寧だ。ともあれ、すれ違いの存在は明瞭なのだから。

 語り手たるオタコンの間接的な認識と、スネークの直接的な体験との相違。まともにN版『MGS』を読み解くならば、まずはこの整理からになるだろう。 (ひとまず、了)

付記:
テキストそのものと向き合うのは大前提として、N版『MGS』は唯一、作者自身による踏み込んだ解説がなされた長編でもある。刊行から十数年経つ今では難しいが、可能な人は小島秀夫監督が配信していたネットラジオを参照して頂きたい。具体的には、

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