巫女と龍神と鬼と百年の恋 ⑧

 気が付くと私は眠りについていたようだ。天候などの影響を受けない場所なのでどのくらい寝ていたのか分からない。床にそのまま眠っていたが体が痛くなっていることは無く、ゆっくりと起き上がる。
 妖達が側にいてくれるようになってから私は「孤独」を感じないようにしていた。人とは違う彼らでも側にいてくれれば己の心は守られる。
 偽りの関係だったとしても私は彼女達が大好きだったことは変わらない。
「起きた・・・か」
 入り口に樰翡が腕を組んで立っている。瞳には戸惑いのような、何かを探るような色をしている。私を夕雪と呼んで戸惑い消えたのに、樰翡の方から現れるとは思っていなかった。
「何か御用がありましたか」
 私は瞬時に身支度を整える。彼に寄り添ていたのは夕雪で私ではない。彼がもし私に同じことを求めてきたとしても何もできるはずがない。白巳は私に期待しているようだがあくまで生まれ変わりであり、本人ではない。
「戻って、きてくれた・・・?」
 子どもが言葉を覚えたての時のようにたどたどしく話す樰翡の姿が何故か幼子のように思えてしまう。伝える言葉を知らなくて、でも何か伝えたいから知っている言葉を駆使して話しかけている、そんな様子。
「私自身は初めましてです、樰翡様」
 私は改めてお辞儀をした。白巳は神の逆鱗を知らぬのであれば余計なことをするなと言っていたが、彼が好んで人を傷つけるような真似をしないと思う。好戦的な妖達は本心を隠していたとしてもどこか雰囲気に出ているが、樰翡の場合は感情の起伏が無い気がする。生まれたての真っ白い人、そんなイメージ。
「魂を、知っている」
 樰翡が私の元へと足を進める。ひんやりとする掌で私の頬や髪を触り、確かめるように瞳も覗き込む。
 覗き込んでも私は夕雪じゃないよ、と言えればいいのに。
 魂の色で人を見分けているのであれば私は「似て非なる者」。本人ではないが限りなく近しい者。どうして私は前世の記憶を持って生まれてこなかったのかな。桜花達にも樰翡にも寂しい思いをさせてしまっている。覚えていれば彼らの心が求める感情(もの)を与えてあげられるのに。人とは違う生き物で人よりも感情に敏感な彼ら。
 嘘偽りは通じない。騙すのであれば命がけでする必要がある。
「約束」
 確認するように触れていた手を止めて樰翡は呟く。
「必ず、戻る」
 妖達にも私は同じ約束をしていた。人柱になるからそばに居られなくなる。慕ってくれていたのが、本心からだとは言い切れない。人でないモノが私を守るのはきっと魂を喰らうため。能力の高い術者の魂を妖は喰らうと聞いたことがある。家に集まる全員が私の魂を喰らうのであれば壮絶な戦闘が繰り広げられそうだけど。
 必ず戻って来られる保証も無いのに、前世の私は無謀な約束をしていたみたいだ。同じ村にまた生まれる可能性だって低いのに。何より樰翡の気を引く他の者が現れれば私は用済みだ。
 樰翡は私を待っていてくれた。
 妖達も同様に。
「樰翡様はどうして雨を降らせてくれないのですか」
「降らせていない」
 キョトンと瞬きをする樰翡。白巳が言った通り彼は人に崇められたくてココに居る訳ではないのだ。ただいついたところに人が集まっただけ。
 龍神は雨を司る。本人の気分次第で雨を降らすことは造作もないこと。定期的に雨が降れば作物をそだてやすい。人々が神の恩恵にあずかりたくていついただけ。
 本来なら村を加護している訳でないのなら、実りが少なくなった土地を手放すべきなのかもしれない。真実を村の人達に伝えられない。
「雨は、降らせていたが・・・」
 少雨であれば降っていたがここ数年は連続して雨が降る時期は無くなっていたと記録もあった。
 人と人ならざるモノの時間の流れは異なる。樰翡としては頻繁に降らせていたとしても人々が十分に生活していく上では足りない雨。
 白巳が気を利かせて降らせていたのが少雨であれば、樰翡は夕雪がいなくなってからずっと止まっていたのかもしれない。
 村で人柱が捧げられたのは500年前。こちらの世界ではそれ程時間が経っていないのかもしれない。
「歌を歌ってくれ」
 樰翡が音を立てずにその場に座り込む。
「歌ですか」
 私が知っている歌は多くない。大半が巫女の祈りに関連するものばかり。母さんが優しく子守唄を歌ってくれた思い出もない。
 あるとすれば桜花が口ずさんでいたものくらいだ。
 私が戸惑っているのをお構いなしに樰翡はジッと私を見るばかり。恐らく私が歌わなければ樰翡は動かずにここに居続けるだろう。
 元々樰翡が作り出した空間。神の仕事とやらも分からない。
 ここでは巫女としての責務も何も存在しない。人柱として捧げられて偶然にも生きたまま神の領域に流れ着いた。
 幸運なのか、運命のいたずらで生きながらえているのか分からない。
 時間は十分ある。
 私は知る限りの歌を口ずさみ始めた。
 
 
 
 
 歌を口ずさみ始めてから樰翡は私の元に訪れる回数が段々と増えていった。知っている歌が多くない私は連日歌っているとレパートリーが直ぐに無くなってしまう。私はふと巫女としての「祝詞」をアレンジして歌い始めた。
「その歌、好きだ」
 元々が村の守り神である龍神に捧げられるものであった。私を形づくっていたのは巫女としての矜持だけ。一人誰にも必要とされず村で生きていたらきっと私は生きて居られなかったと思う。
 妖を見る力がもし、ただの村人だった私が持っていたとすれば居づらかった。桜花達の優しさに甘えていたけど、側にいてくれて良かった。
 半面「力」が無ければ母さんともっと仲良く過ごせていたのかと考えるようになってしまった。緩やかな時間が流れている。飢えも何も心配しなくていい。
 ただ、樰翡が村を守ろうとしてくれていなくとも、定期的に村に雨を降らせて欲しいという希望があるだけ。
「細波様は歌が上手なのだな」
 いつの間にか樰翡の影に隠れるように座っていた白巳がどこか嬉しそうに笑っていた。樰翡はせがむ子どものように私に瞳を向けている。
「白巳様、樰翡様がまだ歌を待っています」
「存分に歌ってからでいい。一つ提案がある」
 樰翡が満足するのにさらに10曲ほど歌った。樰翡はひらりと着物を翻したかと思えばそのまま姿を消す。
 白巳は私の前へ一歩近づき、獲物を狙う動物のように目を細める。
「歌も上手いが、細波様は村で巫女としての役割をこなしていたんだろう」
「はい」
 誰にも認められない巫女。人柱が中々決められないときに初めて巫女扱いをされた。奈々はきっと私が何をしていたのかまだ分かっていなかっただろう。もう少し大きくなればどうして私が避けられているか気が付いて、後ろを付いてきて来てはくれなかったかもしれない。
「いや、細波様が来てから樰翡様が嬉しそうでな。歌の中に時折神に捧げるためのものが混じっているように思えてな」
 確かにただの子守歌を歌っていた時よりも祝詞をアレンジした歌の方が樰翡が嬉しそうに目をつむっていたような気がする。
「龍神様に代々捧げていた祝詞を少し変えて歌っていました」
「そうか。それなら細波様、質問の仕方を変えよう。舞(まい)も踊れるのではないか」
 誰も居ない月夜の晩に踊っていたことがある。村に雨が降ることを願って。1年間村に幸福が訪れるように。年の瀬に。誰に見られるもなく、何度も何度も踊っていた。
「その表情、踊れるのだな。樰翡様の目の前で舞を舞ってはくれぬか」
「なぜですか」
 ただ居着いた場所に人間がいついただけで。優しいお付きの白巳が雨を降らせてくれているのが現状。どうにか雨を定期的に降らせてもらえれば助かるとは考えていた。
 伝えたい想いを乗せて踊ると、神様に想いが伝わるわよ。
 母さんに言われた通りに願いを込めて踊っていたが、心を閉ざした樰翡には届いていなかった。
「祝詞を変えた歌を樰翡様が気に入っている。ならば巫女の舞を見ればもしかすると樰翡様が神としての力を村のために振るう自覚になるやもしれぬと思ってな」
「神様を目の前にして踊ることをお許しいただけるのですか」
 本人を目の前にしてすべきことなのか悩んでいた。しかし己の特技と言えるものは何もない。
「許すも何も、お主は樰翡様のための巫女なのだろう。本人を目の前にしては恥ずかしいかもしれないが」
「やらせてください」
「ならば次樰翡様が来た時に」
 巫女の一族は私一人になっていたため、楽器を演奏してくれる人は居なかった。そのため手足に鈴をつけてそれを伴奏としていた。人柱となるために来たため衣装も何もそろっていない。さすがに普通の着物のままで舞うのは少し恥ずかしい。
「心配は要らぬ。異界は至る場所に繋がっている。細波様では通り抜けできないが我が必要なものをそろえてこよう」
 人でないモノが無償で願いを叶えてくれるのか。白巳は妖ではなく神に仕える。
「何を心配しているのか手に取る様に分かるぞ。舞う時に我にも見せてくれればそれでよい」

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