見出し画像

自分で 「終わらせる」感覚をいけばなで培う:早稲田大学ビジネススクール入山章栄教授との対談

いけばなとビジネス・経営学のつながりについて探究するプロジェクト。最初の対談のお相手は早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄先生です。800ページを超える大書「世界標準の経営理論」の著者で、あらゆる経営理論についておそらく世界で今最も体系的俯瞰的に把握されている方です。
軽井沢で野草をいけていただき、花をいける・いかすという感覚を持って対談をさせていただきました。(対談は2022年3月26日)

入山先生の作品

入山:いけばな、久々でしたが、いいですね、お世辞じゃなくて。
 
まゆか:どんなところが「いい」ですか?
 
入山:言語化は難しいですね…やっている時は楽しいのが6割、苦しいのが4割。何が正解かはわからないけれど、自分が納得するものができるとうれしいのと愛おしくなるのと。

まゆか:いけばなに来てくださっている方からよく聞くのは、どこで終わらせればいいのかわからない、ということです。でも、入山先生はこれで、ここで終わり、がはっきりしていましたね。
 
入山:あれは体感です。僕の中での納得。もちろん不完全な部分はあるけれど、僕がいいと思うからいいんです。

いけばなは終わりなき旅

入山:どこで終わりにするか、という話ですが、僕は沢木耕太郎の旅のエッセー「深夜特急」がすごく好きで、大学生の時に熱を浮かされたように読みました。香港から始まってユーラシア大陸で乗合バスだけで横断、最後ロンドンまで行く。会社とか全部やめてあてもなく旅に出る。

お金がなくなったらその都度現地でちょっとバイトすれば小銭は稼げる。貧乏だけど生きていける。そうすると旅が終わらせられないんですよね。
 
我々の旅って、出張とか旅行とか、終わりが最初から決められている。ところが沢木耕太郎がやっている旅は、終わりを自分が決めていい。自分が決めていいから、自分でもいつ終わりにしていいかわからない。ずっとヨーロッパでぼーっとしたりして。終われないんです。

ある時にユーラシア大陸の西端にあるポルトガルのサグレスという街に迷い込んで。ぼろぼろになってようやくみつけた海沿いの宿に泊まることができて、そこが安いけれど結構いい宿で、朝起きて、日が昇る大西洋を見て、ああ、ここでやめよう、と思った、という話があります。僕はこのシーンがすごく好きで。
 
決められた終わりがない時って、どっかで「ああ、納得した」と自分で終わらせないといけないんですよね。たぶんいけばなもそう。
 
まゆか:「ここで終わり」という感覚は確かに毎回ありますね。
 
入山:20分ぐらいだけど、いけばなは終わりなき旅なんですよ。沢木耕太郎は2年ぐらいかかったけど。
 
まゆか:実際には45分ぐらいいけてましたよ(笑)。普段のIKERUではみなさま1.5時間ぐらいいけていらっしゃいます。
 
入山:え、そんなに時間経ってたの?15-20分ぐらいかと思ってた(笑)。

野草をいける入山先生

会社も終わっていい

入山:「終わらせる」というのはすごく大切。「世界標準の経営理論」でも書きましたが、終わらせるということがいかに大事なことか、ということを人類はもっと考えた方がいいんです。

世界標準で書いたのは、株式会社制度が今の企業の問題だ、ということです。人がそれぞれの自由意志で働くようになると、すべてプロジェクトベースになる。プロジェクトは終わるし終わっていい。ところが株式会社はゴーイングコンサーン、一度会社を作ったら株主にリターンを返すために半永久的に続かなければいけない、終われないというルールがあります。
 
資本主義が機能し始めたのは産業革命からで、産業革命と株式会社はセットなんですね。産業革命は、イギリス、アメリカ、そして日本に来ましたが、これは株式会社の制度が整った順番です。鉄鋼や鉄道産業みたいに巨額のお金を集めて大きく投資をかける、リスクをとってビッグリターンを返す、というのが望まれている時代に株式会社制度は合っていました。
 
でも今は事業に巨額のお金がいるわけでもない。みんなプロジェクトで働くようになっているのに、会社はゴーイングコンサーン、終わっちゃいけないんです。会社を作った時の本来の役目を果たしたのに、会社は終われないから、とにかくいろいろやってつないでいる。

終わればいいんです、会社も。ああ、この会社がんばった、よくできた、そこそこ世の中幸せにしたし、お疲れ!次の会社行こう!って(笑)。会社を終わらせる仕組みというのを作ってあげる必要がありますね。

だから、自分で「終わらせる」いけばなって、いい経験ですよね。
 
まゆか:しかも終わったらいけばなは多くの場合解体しますから。残せないんです。その時そこにしかないんです。その場所にそのまま置ける場合でもそれほど長い時間は持たないし、動かせないし、人にもあげられないし。非効率の極み、究極の遊び。
 
終わらせるというのは、制度に加えて、それぞれの人が「ここで終わっていいな」と感じられるようになるのも大切な気がしますね。
 
入山:すごく大事だと思います。多くのものが終わり方がルールで決まっています。定年制が典型ですね。強制的に終わりが決められている。だから65になって急に会社辞めてがくっとなっちゃって、一日中テレビ見ているとか。でも本当はそうじゃなくて、定年制なんていらないから、自分でもう仕事はいい、と思ったら終わらせればいい。
 
まゆか:でも、定年制を前提にただひたすら会社の中で仕事をしてきた人は、これでもう仕事は終わりでいい、という感覚を持てるのかしら。

入山:持てないでしょうね。会社が勝手に決めて終わらせてくれるので。
 
まゆか:本来は、それぞれの人の中に、これでいい、これで終わり、と感じる力は絶対ありますよね。
 
入山:絶対ある。
 

いけばなは人が生きるに一番近い

入山:終わりの感覚を培える、経験できるところこそいけばなの強さだな、と話していて言語化できました。しかもいけばなは残らないですからね。お茶は儀式だから終わりがある。書道も書いたら終わりで、かつ書いたものは残ります。いけばなは自分で終わりを決めなくてはいけないくせに、終わったらすぐになくなる。
 
沢木耕太郎式の旅と一緒ですよね。自分で終わらせらなければいけないけれど、終わったら終わりで何も残らない。でも人間の人生ってそういうものだから。人間だけじゃなくて生き物全部そうですが。いけばなは人が生きるというのに一番近いのかもしれないですね。

まゆか:名言出ましたね(笑)「いけばなは人が生きるに一番近い」

入山:いけばなを通じて、自分で終わらせる経験を繰り返す、って大きいんじゃないですかね。

今この瞬間の自分が限られた時間でこの花と出会う。その中で「あ、これで終わり」ということができる。いけばなは究極の仕掛けですよね。

まゆか:今日の先生との対談は、いけばなのこういうところがこういう経営理論に似ている、みたいな話になるのかな、と想像していました。でもいきなりど真ん中、本質に飛び込むような時間になり、いけばなの叡智の探究プロジェクトにとっても最高の門出となりました。

入山章栄 Akie Iriyama
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授

1998年慶応義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所を経て2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院で博士号(Ph.D.)を取得。同年から米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサー(助教授)。2013年に早稲田大学ビジネススクール准教授、2019年4月から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。
近著に『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社) 



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?