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自分の願いを自ら体現する:DHBR Fireside Chat #8井上英之さん・有紀さんとの対話

DHBR Fireside Chatが始まった頃から、ずっとゲストとしてお呼びしたいと思っていたのが井上英之さん(いのさん)・有紀さんご夫妻です。Stanford Social Innovation Review(SSIR)というスタンフォード大学が出版しているソーシャルイノベーションについての論文・知見のメディアの日本版SSIR-Jを共同発起人として立ち上げ、2022年1月に創刊号を出版されています。

日本の社会起業家・ソーシャルイノベーションの世界の先駆者のいのさん。2000年代初期からお名前は一方的に存じ上げていましたが、しっかりと接点ができたのは2018年。いのさんにハーバードビジネスレビュー日本版であるDHBRに「コレクティブ・インパクト実践論」の論文を寄稿してもらうことになりました。その制作プロセスに深々と伴走させていただく中で、いのさんのソーシャルイノベーションについての叡智・ご経験を自分も追体験する、という機会をいただきました。今もその時の叡智は自分の中に生き続け
ています。

いのさんこと井上英之さん

ゆきさんは、社会変容を促す運動体ともいうべき「コクリ!プロジェクト」で出会いました。ソーシャルイノベーションのリサーチを続けながら、米国で変容を身体性を通じて理解するSocial Presencing Theaterという手法をマスターされたというゆきさん。少人数のグループで数時間ご一緒したぐらいだったのですが、彼女の存在のあたたかさ、やわらかさ、そして内面のしなやかな強さに、すっかり魅了されたのをよく覚えています。

井上有紀さん

私たち家族が軽井沢に移住する際に、最強の大家さんをご紹介くださり、そのご縁で、井上夫妻が以前住んでいた家の隣に住むことになりました。その後も、近所のカフェや道端でばったり出会ったり、車ですれ違ったり、村のイベントでご一緒したり、と、常に存在は近くに感じていながら、SSIR-Jのチームの立ち上げ・出版に向けてあまりにもお忙しそうで、なかなかゆっくりお話しする機会をもてずにいました。SSIR-Jの創刊号が出た今ならいけるのでは、と思い、DHBR Fireside Chatのゲストとしてお声がけさせていただき、お二人との対談が実現しました。

収録(オンライン)は3月。軽井沢はまだ寒く、井上家ではFireside Chatのテーマに合わせて、本当に家の薪の暖炉をつけて収録に臨んでくださいました。

「変える」から「変わる」

2011年春に東京から軽井沢に移住されたお二人。働きすぎの生活が続いており、余白を作りたい、自然に近いところで生活したいという思いから移住され、夜は真っ暗、太陽が昇ると明るくなり、そこらじゅうキジが我が物顔で歩き回る軽井沢に住んでいるうちに、自然の中の日々のちょっとした変化に気づくようになってきたとか。また、田んぼや畑を手伝うようになり、循環しながら巡りながら進んでいくという直線的ではない時間感覚やも持つようになっていきます。

そうして「身の回りの画素数が上がっていく」うちに、お二人のライフテーマとも言うべきソーシャルイノベーションの捉え方もちょっとずつ変わっていったそう。

それまでは自分が変える、変えてやる、というのがあって、ソーシャルイノベーションも人間がどこまで変えられるかだと思っていました。でも軽井沢、その後のアメリカでの生活を経て、「変える」ではなく「変わる」という感覚になってきたんです。人間がコントロールできないものを含めて全体が変わる。個人、組織、社会が全部つながって変わっていく。

ゆきさん

自分の意図と自分の行為の関係に意識的になりました。自分がどういう状態を作りたいのか、というのは、身の回りのあらゆるところ、一つひとつの中にある

いのさん

私は軽井沢に住み始めてまだ2年ですが、いのさんとゆきさんのこの感覚はわかる気がします。道端の木の芽が少しずつ大きくなり色が濃くなっていくという、移り変わりの変化に気づくと同時に、一年経つとまた芽が出る、という循環も感じる。太陽のリズムと呼応して(街灯がないので呼応せざるを得ない)日々を生きる。そのうち、自分は何か大きなもののほんの一部でしかないという感覚を持つようになるのと同時に、自分や自分の身の回りの小さな変化がより大きな変化とつながっているという感覚も出てきています。

ミクロな変化への気づきの解像度が上がると、ミクロのなかにマクロがある、自分の日々と社会や大きな流れがつながっていることにも気づき始める、といった感じかなあ、と思っています。

今までの延長線上に未来はない

軽井沢に拠点を移し、これまでよりは余白ができ、呼吸もできていたけれど、忙しさは続いており「これはもうやり方を変えないと自分ももたないし結果も出せない」(いのさん)という思いから渡米されたお二人。

そこで目にしたのが、スタンフォード大学のマインドフルネスの授業に、スタンフォードのMBA、医学部、ロースクールの学生が殺到している、という光景でした。世界中から集まったまさにぴっかぴかの彼らも、いのさんと同様、これまでの社会のあり方や物事の進め方、ビジネスの前提、人の生き方に疑問や行き詰まりを感じていました。集まった学生たちに教授はこう言ったそうです。

「君たちはこれまでずっと"Not enough"と思って生きてきたでしょう。一回自分を横において、今ここに何があるかに注意を払ってみる。それに気づくことで選択肢ができます。

いのさんはこの授業をきっかけにマインドフルネスの分野への造詣を深めると同時に、自らも実践されるようになります。

ゆきさんは、それまでソーシャルイノベーションのリサーチやコンサルティングをやってきて、分野としてはやりがいを感じながら、やり方がしっくりこないという感覚を持っていたそうです。思考だけ使って体の感覚が置き去りにされている。思考する時も自分は外側において考える。「なんか気持ち悪い」と。

そこで、ゆきさんは、アメリカ在住の2年間は、人に説明できなくてもいいからとにかく自分が直感でやりたいと思ったことだけをやろう、と決めて過ごしました。そこで出合ったものの一つが、舞踊家で教育者のアラワナ・ハヤシ氏が開発したSocial Presencing Theater(SPT)という現状と出現しうる未来を身体表現を使って理解する手法。ハヤシ氏に師事し正式なインストラクターの資格も取得されます。

Active Hopeを体現する

Stanford Social Innovation Review(SSIR)は研究、そして実践の知恵をソーシャルイノベーションの分野に広げ共有し深めることをミッションに2003年に創刊されたメディアです。SSIRの日本版を作ろう、という話は2000年代後半あたりからずっとあり、いのさんもその都度相談に乗り、でもなかなか実現しない、という状態が続いていました。

2020年、個人的にも世の中的なタイミングとしても今なら立ち上げられると感じたお二人は、SSIR日本版SSIR-Jの共同発起人になることを決意されます。(ビジネスとソーシャルイノベーション投資両方の豊富な経験を持つ鈴木栄さんも共同発起人として参画。)

そして、SSIRの本誌・オンラインコンテンツを日本語で出すメディアということだけでなく、SSIRのコンテンツをきっかけに動き出してくれる人たち、すでに何らかの分野で動いていて日々様々な課題やチャレンジに直面している人たちなどの「Active Hopeを持つ人たち」のコミュニティをつくりたい、とお二人は考えます。

Active Hopeとは高名な仏教研究者・活動家のジョアンナ・メイシー氏が説く言葉です。こんな未来になったらいいな、とただ思うだけの受動的な希望・願いとは異なり、自分がつくりたい・見たい未来のために自分が動くのがActive Hope

SSIR-Jのチームもゼロから築き上げ、チーム内で丁寧にコミュニケーションをして、問題が起こればそこには大切なメッセージがあると捉えて真摯に向き合いました。そこには、自分たち自身がまず「これからのソーシャルイノベーションを体現したい」という願いがあったといのさんは言っています。

いっぱい転びながらいっぱい立ち上がって。そして気づいたら、自分がこうなったらいいと願っていたことの発展版が実現していた感じです。自分が全部やるより、チームでやることでもっとたくさんの深みと発見がある。

いのさん

SSIR-JによってActive Hopeを持ちそれに基づいて動く人が増えることを願うと同時に、それを運営しているチーム、自分たち自身がActive Hopeを体現する。


いのさん、ゆきさんのSSIR-Jの現在進行形の旅を聞いて、ああ、素晴らしいなあ、私もそうありたいと心から願いました。そして、もがきながら願い行動し続けるいのさん・ゆきさんのような人たちが生きる時代に自分もまた生きていることがとてもうれしいし、いろいろあるけど今この時代に生まれてきてよかったなあ、と思った対談となりました。

豊かな森に入っていくかのようなお二人との対話、ぜひ音声でお楽しみください。Apple PodcastsSpotify でも聴けます。

Hideyuki Inoue
『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版』共同発起人、INNO-Lab International 共同代表。慶應義塾大学卒業後、ジョージワシントン大学大学院に進学。外資系コンサルティング会社を経て、2001年、NPO法人ETIC.に参画。日本初の、ソーシャルベンチャー向けプランコンテスト「STYLE」を開催するなど、若い社会起業家の育成・輩出に取り組む。2003年、社会起業むけ投資団体「ソーシャルベンチャー・パートナーズ(SVP)東京」を設立。2005年より、慶應義塾大学SFCにて「社会起業論」などの、社会起業に関わる実務と理論を合わせた授業群を開発。「マイプロジェクト」と呼ばれるプロジェクト型の学びの手法は、全国の高校から社会人まで広がっている。2009年に世界経済フォーラム「Young Global Leaders」に選出。近年は、マインドフルネスとソーシャルイノベーションを組み合わせたリーダーシップ開発に取り組む。2022年より、さとのば大学名誉学長(Chief Co-Learner)を務める。監訳書にダニエル・ゴールマン、ピーター・センゲ著『21世紀の教育』(ダイヤモンド社、2022年)など。DHBRには「コレクティブインパクト実践論」(2019年2月号)を寄稿。

Yuki Inoue
『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版』共同発起人、INNO-Lab International 共同代表。慶応義塾大学大学院卒業後、ソーシャルイノベーションのスケールアウト(拡散)をテーマとして、コンサルティングやリサーチに従事。スタンフォード大学(Center on Philanthropy and Civil Society)、クレアモント大学院大学ピーター・ドラッカー・スクール・オブ・マネジメント客員研究員等を経て、現職。身体からの情報を含めたホリスティックなアプローチによるリーダーシップ教育に携わる。ソーシャル・プレゼンシング・シアター(SPT)シニアティーチャー。NPO法人ミラツク理事。一般社団法人ソーシャル・インベストメント・パートナーズ理事。株式会社エッセンス取締役。

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