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テクニカルライターが働きながら学ぶ大学院を紹介します・後編(修士論文編)

この記事は2021年9月に公開した「テクニカルライターが働きながら学ぶ大学院を紹介します」の後編です。
テクニカルコミュニケーションとローカリゼーションを教えるストラスブール大学のオンラインマスター(以下、TCLoc Master)に2020年の4月に入学後、2023年の6月に修士論文を提出し、卒業資格を得ました。12月に現地で卒業式に出席する予定です。(写真は卒業式が行われる建物です。かっこいい!)
自分なりの振り返りと、DMなどで何度かいただいた質問に答える目的でこの記事を書いています。授業の内容などは前回のブログで紹介しているので、この記事では、

  • 修士論文について

  • 全部終わってみての感想

を書きます。


修士論文について

X(旧 Twitter) の DMなどで、TCLoc Masterを始めるか検討しているという方から「修士論文が終わったら、分量や内容などの情報をシェアしてほしい」と質問をもらうことが何度かあったので、ある程度参考になるかなと思うことを書きます。

どんな指導が受けられるか

提出の半年前くらいに、指導教官の先生がオンライン講義で一通りの説明をしてくれ、ワード数や引用スタイル、フォントなどのフォーマットについての資料も渡されます。テーマの決め方については「まずは興味のある分野の論文をたくさん読むこと。その中で『ちょっと待って、でもね…』と、自分なりに付け足したり、反論したりしたくなる部分が出てきたら、それを自分のresearch questionにできる可能性がある」といった説明をされた記憶があります。
research questionを決めたら、1,2ページのproposalを書いて先生に読んでもらい、Zoomでアドバイスを受けます。私はdocs-as-codeという手法で管理されるドキュメントの翻訳について書こうとしていたのですが、先生が近いテーマで書いた卒業生の論文をいくつか送ってくれて、それがとても参考になりました。
私が受けた指導はここまでですが、TCLoc Masterにはチューター的な役割の人もいるので、求めればもっとアドバイスを受けたりできるのだと思います。
ちなみに指導教官の先生はパリに住むアメリカ人で、コミュニケーションは全部英語ですが、Zoomで話すことを"RDV"と書いていて最初意味が分からなかったです。なんかボコボコにされるイベントかなと思ったら「ランデヴー」だった。

テーマや構成、分量など

テーマは、テクニカルコミュニケーションやローカリゼーションの分野であれば特に制限はありません。
論文中で primary data(自分で行った実験や調査結果などのデータ)を使うことが推奨されますが、このエリアの仕事に実際についておらず、データが準備できない人のことも考慮し、必須ではありませんでした。その場合、"quotation sandwich" で書き上げることも認める、ということでした。
私はたまたま、前職の仕事の履歴がGitHubの公開リポジトリで丸見えなので、自分の1年分のコミット履歴をprimary dataとして使いました。それと、テーマに選んだエリアを業務で扱っている人(元上司)にインタビューをさせてもらい、この2つでけっこうワード数を稼ぎました。
要求される分量は8000-9000ワードでした。ワード数に含まれるのはIntroductionの最初からConclusionの最後の単語までで、AbstractとReferencesは含みません。
なのですが、私の場合は、一通り書き終わってみると6000ワードしかなく、頑張って引き伸ばしても7000ワードにしかならず、時間切れで7000のまま提出しました。成績はExcellentをつけてもらったので、私の指導教官はワード数にはそこまで厳しくなかったようです。

私のテーマ

私の修士論文は、"The impact of adopting docs-as-code on translation"というタイトルでした。docs-as-codeは、Write the Docsなどのライティング系のカンファレンスでも毎年誰かが発表する人気のトピックですが、docs-as-codeそのものについての書籍や論文はあっても、その翻訳について書いている人はいない(あっても"nightmare"だとか言われるだけで、日々の運用に関する具体的な話がない)ので、それをここ数年仕事で行なっていて、具体的なtipsをたくさん持っている自分が書くのは面白いかなと思ったためです。
先生からは、提出後の口頭試問のときに「docs-as-codeはここ数年、毎年誰かがテーマに選ぶ。僕らはローカライズも教えている。あなたのテーマはこの2つを結びつけるもの。さまざまなpracticalな知見が入っていてとてもよかった」とコメントをもらったので、狙い通りに行ってよかったです。
ところで私は転職などのバタバタで提出期限を1年延長したのですが、延長を決める前は別のテーマでproposalを用意して、先生からもOKをもらっていました。その頃はソフトウェアの操作解説動画のプロジェクトに関わっていて、YouTube Analyticsでユーザーの閲覧行動のデータが取れたので、そのデータを使って、動画の内容や長さと、ユーザーの離脱行動との関係について考察しようと考えていました。会社の法務にデータの使用許可も得ていたのでそのまま続けても良かったのですが、やはりその仕事を離れてから1年経ってしまうと自分の興味も薄れてくるので、全く別のテーマで一からやり直しました。
今もし、一から修論に取り組み始めるとしたら、最近仕事で検討している「やさしい日本語」をテーマにする気がします。
仕事で一定期間そのことばかり考えている(いた)ようなテーマを選ぶと書きやすいし、調べたことが仕事でも使えたりして良いと思います。

時間配分など

テーマ決めのための論文読みに2ヶ月、テーマを決めてからの調査と、少しずつ書いていく作業に2ヶ月、書いたものを並べ替えたり、ブラッシュアップしたりしながら論文の形にしていくのに1ヶ月、くらいの配分で進めました。それぞれのプロセスをじっくりやったというよりは、提出日が近づくほどお尻に火がついていった感じです。やり始めたときは、今読んでいるものが後々どのように使えるのかのイメージが持てず、メモの取り方などもとても下手で、後になって苦労しました。
こればかりは、初めてのことは見通しが立てられないので仕方ないですね。2回目があるとしたらもうちょっとうまくできるなぁと思います。当分やるつもりはないですが…。

口頭試問

論文提出から3週間後くらいに口頭試問がありました。スライドを用意して論文の内容を20分間プレゼンし、その後、先生(通常2名)と質疑応答の時間があります。周りの人の話を聞くと、大体全部で40〜60分で終わるようです。
私は、話す方は苦手なので緊張しましたが、先生は論文の良いところを褒めてくれたり、仕事のことを色々話したりで、世間話のような時間でした。指導教官によっては厳しい指摘が続く時間になることもあるようです。
論文の採点は論文自体と口頭試問で50:50に設定されています。「英語が母語でなく書くのが不利な人でも、口頭試問で挽回できる仕組み」ということでしたが、そんなことってあるんでしょうか…(書くほうは推敲できるけど、口頭で流暢に説明する方が難易度が高い)。私は、論文自体より口頭試問の方が点数が低かったです。

役立ったこと

終わって振り返ってみると「材料を集めやすく、書きやすい」テーマを見つけるところが最も重要だと思います。このあたりは自分の場合は人に壁打ちするしかなく、夫(研究者)にかなり話し相手をしてもらいました。散歩しながら「こういうテーマだと書けるかなぁ」と言ってボコボコに批判されたり、「こうする方が楽に書けるのでは」と意見をもらったりしていました。専門は違っても、日常的に論文を書いたり読んだりしている人の視点は参考になります。夫の意見をそのまま取り入れることはなかったですが、筋の悪いテーマ設定を避ける、という意味ではとても助けになったと思います。
論文を書いている最中も「ワード数が足りなさそうだけど、一旦書ききって、足りない分はLiterature reviewで水増ししようと思うけどそれでいけるかな」などと相談していました。
海外のオンライン大学院で手厚いフォローをしてもらうのは難しいですが、専門が違っても、話し相手をしてくれる研究者がそばにいれば、相談してみると良いかもしれません。

全部終わってみての感想

社会人向けの修士課程

私は20年ほど前に大学の文学部を卒業していますが、卒業した大学の大学院とTCLoc Masterはかなり違うと感じます。卒業した大学では、大学院=アカデミアに進むことであり、修士論文も、今回私が書いたような軽いものでは通りません。TCLoc Masterでは、卒業後に博士課程に進みたい人向けの指導もあり、該当者は早めに申告するように言われますが、それ以外の人は論文に求められるワード数も少なく、先生のスタンスも「少しでもキャリアに役立つものを持ち帰ってね」という感じです。
仕事をしながら「この分野、まとめて勉強しときたいな」という動機で学生が集まってきて、人脈を作り、求めるものを一定期間学んでサッと解散する。社会人のそのような知識の交換の場に大学が使われているのはとても新鮮でした。
日本だとこういった場はまだまだ少ない(なので、働きながら修士課程をやっていると言うと過分に尊敬してもらえる気がする)ので、もっとこのような機会が増えると良いなと思います。
私はたまたま英語の勉強がそんなに苦にならないので、選択肢が多くてラッキーだったと思います。

どんな良いことがあったか

良いことは本当にたくさんあったのですが、ここまでだいぶ長くなってしまったので1つだけ書くと、思ったよりも多くの人に助けてもらったり、アドバイスを受けたりしたことと、それにより、より良い人間関係が築けたことです。大学院に関しては周りの人に助けてもらうばかりでしたが、いずれ自分も人を助けられるようになっていきたいと思います。
もう1つありました。96歳になる夫の祖母が体調を崩して入院しているのですが、私が修士論文を書き終えて修士号をもらえることになったと聞いて「それは良かった」と喜んで笑顔になったそうで、私もとても嬉しかったです。これが一番「やって良かった」と思ったことかもしれません。
ということで、3年にわたるチャレンジになりましたが、無事終えることができました。一人一人のお名前をここでは挙げませんが、助けてくださった方々、応援してくださった方々、本当にありがとうございました!

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