五エ門ZEROを勝手に考えてみた


※こちらは再投稿です。
現在と噛み合わない内容があるかも知れませんが、ご容赦ください。

1、はじめに

最近、TVスペシャル「霧のエリューシブ」の再放送を観る機会があり、「ルパン三世vsキャッツアイ」を見て以降、ルパンから離れていたことに気づいた。

それも致し方ないことだ。
近年のアニメは毎シーズン入れ替わり立ち替わり変化している。それはもう目が回るほどに。
今は「推しの子」や「呪術廻戦」などが大いに盛り上がっているのだろうか。「天国大魔境」が面白いとも何処かで聞いた気がする。

実は先日まで「ドクターストーン」を観ていたのだが、気づいたら終わっていた。
早い。早すぎる。
最近の製作陣は視聴者を焦らすのが好きらしい。

私はそんな急激な流行にはついていけないので、ここでひっそりと推しについて語りたいと思う。

…「推しの子」ではない、「推し」だ。

2、十三代目石川五エ門とは

私の推し「十三代目石川五エ門」は、『ルパン三世』に登場するキャラクターで、侍である。
居合斬りの達人でもあり、斬鉄剣という切れ味に優れた刀を使用する。
本人の身体能力も言わずもがな超人レベルだ。

そんな五エ門だが、ルパン達と仕事をする以外は大抵別の仕事を引き受けているか、もっぱら修行しているかのどちらかだ。
剣に生きるストイックさが垣間見える。

一方、少々浮世離れなところがあり、近年では天然なシーンも見受けられるようになった。
当初の寡黙でクールな一面とは裏腹に、突然天然ボケをぶちかますことも多い。

さて、何故今回五エ門について語ろうと思ったかというと、DMMTVにて配信中の「ルパンZERO」の存在が大きい。

「ルパンと次元は幼馴染」という原作の設定を踏まえ、少年時代の2人が相棒になっていく様子を描く物語。少年ルパン(ファンの中には「ジャリルパン」と呼ぶ人もいる)の成長を描いた物語でもある。

「ルパンZERO」に関してはまだ未視聴なのでここでは何も言わないが、前述が示す通り、ルパンと次元は原作においても過去が触れられていることが分かるだろう。
特にルパンに関しては、ルパンの少年時代を描いた回があったりする。

不二子や銭形も、実はルパンと大学が一緒だった、という過去での繋がりが原作にて明かされている。

しかし五エ門にはそれが無い。
そもそもルパンとの初対面が本編であるため、「過去に会ってた」という構図が成立しないキャラクターなのだ。

実は五エ門は主要キャラの中でも、最も謎が多い男なのではなかろうか。

そこで今回は、過去のアニメシリーズ、特に1stシリーズを踏まえ、五エ門の幼少期について勝手に考えてみたいと思う。
あくまで個人の解釈であり、いちファンの予想、ひいては妄想であることを頭に置いて読んでいただきたい。

3、「愛弟子」から読み取る五エ門の生活

五エ門について考察するにあたって、やはり初登場回の「十三代目五ヱ門登場」は外せない。アニメ1stシリーズの第5話にあたるこの回で、五エ門はルパンの命を狙う敵として初登場する。

まず驚きなのが、五エ門のモチーフとなった歴史上の石川五エ門が「盗賊」なのに対し、十三代目石川五エ門は「殺し屋」を生業としていた点だ。

アニメにて五エ門は度々、初代へのリスペクト心を露わにする。
アニメ新無印(ファンの間では2ndシリーズとも呼ばれる)では、初代の描かれた浮世絵が関わる仕事と知って、無償で引き受けたほどだ。

そんな五エ門が、初代と同じ家業を選ばない、なんてことがあるのだろうか。

流石に十三代にも及べば、石川家にも変化があったのかもしれない。
これについては長くなりそうなので、ここでは一旦置いておく。いつか考察してみたい。

さて、少し話が逸れたが、第5話について。
この回で、ルパンと五エ門はバチバチに戦闘を行うことになる。
というのも、そもそも五エ門は殺し屋としてルパンの命を狙っていたのだ。五エ門は登場時に敵だった理由はこれである。

ルパンの方は五エ門を茶化している節があったが、両者ともに怪我を負う結構な惨事となった。ルパンに至っては、全身が包帯で巻かれ、まるでミイラにでもなったかのようだった。

この時、ルパンは初めて五エ門が只者では無いと悟ったのかもしれない。

というのも、ルパンは五エ門に命を狙われているとは梅雨ほども知らず、「調子に乗ってる剣豪坊やにお灸を据えてやる」と言って会いに来ていたのである。

とは言え、なめてしまうのは無理もないことで、銃などの発展した科学技術を使うルパンからすれば、五エ門は刀で戦う江戸時代人間なのである。

今でこそ五エ門の並外れた戦闘能力を知っているから違和感はないが、まさか弾丸を斬ってしまうなど、誰が予想できるだろうか。

悔しさに歯噛みするルパンに対し、次元がある情報を持ってくる。

それは、五エ門が百地三太夫の愛弟子だということだ。

さて、この百地三太夫だが、ルパン三世においての彼は、かつて殺しの世界チャンピオンに君臨していた男だ。あまりの強さに、「百地記念館建てよう!」なんて動きがあったとか、無かったとか…。

もう殺し屋家業を引退して、なんなら亡くなっていると思われていた彼だが、ちゃっかり後継者を育てていたのである。
それが五エ門なのだ。

「(五エ門は)百地三太夫の愛弟子らしい」という次元の発言から、五エ門について読み取れることがある。

ここでの「愛弟子」には、
「最も可愛がっている弟子」
という単純な意味だけでなく、
「師匠の持ちうる技術の全てを叩き込んだ弟子」
「その技術を最も習得し、使いこなす弟子」
という意味も含まれている。

現に五エ門は百地の教えの甲斐もあって、世界一の殺し屋として君臨していた。師匠よりも強くなる程に、五エ門の剣技と暗殺術は秀でていたのである。

ここで気づいたのが、まだうら若い五エ門(ルパンに「坊や」と呼ばれていたため、ルパンより年下だと予想)が世界一に君臨しているということは、もっと幼い時から、百地のもとで修行を積んでいたのではないかという事だ。

伝統工芸の世界でも「弟子入り」というのはよくある事で、そういう場合、独立まで何年もかかるのがセオリーだ。
他人の技術を学び得る、というのは難しい。
だからこそ、師匠の仕事をずっとそばで見れて、尚且つ何時でも教えを乞える「弟子入り」という制度が存在するとも言える。

五エ門の場合、教えを乞うのが殺し屋についてだっただけで、現実世界の弟子入り制度と何ら変わらない。(伝統工芸と殺し屋家業を並べて語るのは良くないかもしれない。申し訳ない。)

百地の元で住み込みで修行をする五エ門を思うと、幼少期、果たして彼に両親との交流があったか勘繰ってしまう。
早いうちから本家を出て、百地の管理下にいたのかもしれない。

流石に十三代目の大事な跡取りではあるので、完全に隔離されていないことを願いたい。

4、剣だけしかない男

「LUPIN THE ⅢRD 血煙の石川五エ門」で監督を務めた小池健氏は、
「彼(五エ門)には剣しかないんですよ。それを活かせる場所を探している。」
と言っていた。
これには多くのファンが満場一致で頷くだろう。

「血煙の石川五エ門」では、五エ門はヤクザの組長の用心棒として雇われていたが、その理由は「組長に剣の腕を買われたから」である。
彼の人生から仕事に至るまで、どこまでも剣基準なのが手に取るように分かる。

これまで私は「五エ門が剣しか考えないのは、ただ剣が好きだから」だと感じてきた。しかし幼少から暗殺術を叩き込まれていたならば、話は大きく変わる。

まだ1人で生きていけないような幼い五エ門が、剣と殺ししか選択肢がない閉鎖された空間に放り込まれたとしたら。彼はどうするだろうか。

…そう、剣で戦うしかないのだ。

つまり、五エ門は「剣だけの男」ではなく「剣だけしか知らない男」なのではないか、という事だ。

それを裏付けるような描写はほかにもあって、五エ門が百地と共に暮らしていた家は、木々が生い茂っていた事などから山中にあると推測できる。

そして、引退したとはいえ百地は元殺し屋である。ならば家は、人が滅多に来ないような森のさらに奥深くにあるだろう。
それこそ、「ポツンと一軒家」のような人里離れたところに。

これは言い方を変えれば、「外部から隔離された空間」であるとも言える。

本来ならば、幼少期には周囲から様々な刺激を得て、学び、成長していくものだ。だが、幼い頃から百地に教えを乞うた幼い五エ門には、学びの糧は百地しか居なかった。
剣と殺しの他に、学べることが果たしてあっただろうか。せいぜい体術とか植物学(毒について)とかだろう。
末恐ろしい。

5、ドライな五エ門

五エ門にとっての良し悪しはさておき、百地にしてみれば、誰の邪魔もなく百地流殺法の後継者を育てることができる絶好の環境だっただろう。
その後、五エ門の才能を妬み、ルパン諸共消そうとしなければ、五エ門にとっても良い師匠で終っていた筈だ。

結果的に、企みを知ったルパンによって百地は殺されてしまうが、この時の五エ門の行動からは、近年のアニメシリーズには無いドライさを感じられる。

例えば、百地が五エ門の逆襲を恐れて言い訳で乗り切ろうとした時。
「コンピュータに支持された」
「コンピュータには敵わず、仕方なく五エ門とルパンを殺すことにした」
という旨を話す百地。
それに対し、五エ門は
「三文芝居には騙されない」
「お前は俺たちを殺して殺しのチャンピオンに返り咲きたかっただけだろう」
と、躊躇なく刃を向ける。

私はpart4がリアルタイムだった世代なので、はっきり言って初見で観た時、このシーンには違和感を感じた。

実は平成に入り、OVA「ルパンは今も燃えているか」にてこのシーンがリメイクされているのだが、そちらの方が私にはしっくりくる。
以下で掻い摘んで紹介しよう。

OVAでは、ルパンが各主要キャラとの重要なシーンにタイムリープしてしまい、過去を改変することになる。

ルパンと五エ門のシーンは、五エ門のアジトの前で2人が百地に襲われ、百地が五エ門に言い訳を述べるシーンだ。

この時、百地は1stシリーズ同様、「コンピュータによって支持された」という嘘をでっち上げる。
1stシリーズと違うのは、五エ門がそれを信じ、完全にルパンの敵となってしまう点だ。

この時五エ門が「こんぴゅーた…??」と呟くので、多くの視聴者は「五エ門は機械に疎いから騙されちゃったのか!」と思うかもしれない。
しかし、それだけではない筈だ。

五エ門は侍。
誇りや恩を大切にする男だ。
目上の人への敬意も払えるし、お世話になった人にはお礼を言い、手助けもしてあげられる男なのだ。
「師匠」である百地の言葉を信じることに、何も疑問は無いのである。

近年のアニメシリーズの五エ門は、こう言った侍魂を大切にする描写が多い気がする。
「血煙の石川五エ門」では、守れなかった組長の仇として敵キャラを追っていた。
アニメpart6では、修行中助けてもらったお礼に、ファッションショーのモデルを引き受けたりもしている。

だからこそ、1stシリーズの、師匠をバッサリ切り捨てたあの冷徹さは、近年稀に見ない五エ門の姿であると思う。

なんとなくだが、このドライさも殺伐とした生活の賜物な気がしてならない。

そもそも1stシリーズの物語全体がハードボイルドであり、五エ門自体も敵として初登場するため、良い奴オーラは少なめだ。

五エ門の考え方、物の見方の随所に、殺し屋としての教えが根を張っているのを感じる。

6、終わりに

考察した通り、五エ門は剣しか無い殺伐とした世界で生きてきた人間だ。1stシリーズ然り、血煙の石川五エ門然り、これまでの五エ門は剣に生と死の感覚を意識してきたと思う。

斬るか斬られるかのギリギリの感覚。
五エ門にとっての仕事は、崖に立つような緊迫感をはらんでいた。

だからこそ、仕事(盗み)を心の底から楽しむルパンと出会って、五エ門は初めて仕事に楽しさを覚えたのかもしれない。
そして、自分の知らなかった外の世界や俗世に、目を向けられるようになったのかもしれない。

話は変わるが、1stシリーズ最終話にて、ルパン一行が盗みの成功を祝ってビールを飲んでいるシーンがある。
五エ門ファンの間では有名なシーンなのだが、五エ門がビールジョッキを片手にニコニコ笑っているのである。
ニヒルな高笑いなどではなく、本当に心の底から。

1stシリーズを五エ門を軸に観ると、五エ門が仲間を得て、人間らしくなっていく様子がうかがえる。そして、そこから新無印(2ndシリーズ)の、頼り甲斐がある二枚目の五右エ門になっていくのだ。

経歴の長いコンテンツだからこそ、こういった変化を勝手に想像することも、また一興だろう。

最後になるが、ここまで好き勝手に五エ門について語ってきたが、最後まで付き合ってくださった方が居たら、大変ありがたく思う。
そして冒頭に記した通り、あくまで筆者の妄想であることを忘れないでいただけると幸いである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?