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ショートショート「天井のない家」

(第1回「NIIKEI文学賞」ショートショート部門応募作です。誤字を訂正しましたが、内容に変更はありません)


 雪が降り積もり、玄関の戸が開かなくなった時は、二階の窓から下に降り、雪かきを手伝った、豪雪地帯によくある記憶。
 借金を負った父と母が別れ、僕を連れて新潟の地を去って二〇年。無人の三ツ屋浜駅を出て、一五分程歩いて着いた場所は、ただの更地になっていた。母は他界した。父は失踪し行方知れず。
 家の裏手にあった涸れ井戸だけが、辛うじて昔の面影を思い出させる。あの古くて大きな家は、どこにも痕跡をとどめていない。坂を上って来た左手側で、まだポツポツ建っている近所の家との位置関係からして、僕が今立っている正面が玄関の入り口だろう。好きで何回も見た映画のロケ地にいる気分。
 納屋で犬を飼っていた。ミックスの茶色い犬。名前は「モグ」。雪国の子どもの冬遊びと言えば、雪合戦とかまくら作り。ぼた雪の頑丈なかまくらの中で、ある冬の日、モグは死んでいた。
 現在この土地は、僕の伯父が管理している。伯父は今もここから徒歩一〇分程の場所に住んでいる。彼は二ヵ月前に大腸癌が見つかり、土地の管理を僕に任せたい、と連絡してきた。
 秋風が冷たい。そっと目を閉じて、昔自分が過ごした家を思い浮かべた時、なぜか、霊感テストのことが頭をよぎった。
 生家を思い浮かべ、鍵を開けて玄関から入り、家の窓を全て開け、それから、閉めて回り、玄関に戻って来て外に出る。人間や生き物と出会ったら、その人は霊感がある、とかいうものだ。
 玄関を入り、広いたたきを上がって一階を回る。僕の子ども部屋、客間、仏間、祖父母の寝室。いくつも窓を開ける。階段から二階へ。父と母の寝室。そして、かつて養蚕に使っていた、ガランとした空き部屋、のはずが、空が見える。床に雪が積もっていて、かまくらがある。入ってみると暖かい。鏡のような壁に、幼い僕が映っている。その隣りには、モグが座っている。窓を閉めて回り、玄関から外へ。
 僕はしばらくそこに突っ立っていた。それから、伯父の家に向かった。

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