倉沢繭樹

ミメーシス体質の言語奏者。

倉沢繭樹

ミメーシス体質の言語奏者。

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シナリオ『失言園(シツゲンエン) Langue Lost』

〈作品のキャッチコピー〉「わかりあうことに意味があるなら、失われた言葉は、いつか取り戻せる。」 〈キャラクター〉 〇アント(Ant)―〈学校〉の元教師。大柄な男。アバターは猫。数十年前の生徒惨殺事件に衝撃を受け、トラウマを抱えている。誰にでも親切だが、特に子どもには優しい。 〇バーバ(Baba)―〈学校〉の守衛アンドロイド。コミュニケーション・ツールであり、戦闘にも使えるインターフェイス「ハエジゴク」を装備。閉鎖された〈学校〉を、人間のプログラムに従って、今も警備、保守・管

有料
500
    • BFC千字戦習作2「あっち」

       桟橋の突端に立って、尾田は遠くをゆびさした。 「俺は、もうひとつの世界を見つけた。お前にも見せたい」 「また始まったよ。お前のそういうの、かなりうんざりだ。大人になれよ。社会を生きろ。もうひとつの世界なんてないんだよ」 「いや」尾田はかぶりを振った。「子どもとか大人とか、そんなの関係ない。見えるか、見えないかの差さ」 「だったら、ぼくには見えんね。見たくもない」  尾田はちょっとうつむいて、また、顔をあげた。 「そんなわけない。お前には見えてるよ」  英(はなぶさ)は持って

      • BFC千字戦習作1「迷路」

         白い城の庭には花が咲いていて、世界一美しい花弁でありました。獣たちはその花に喰われることを夢見ていましたが、庭が迷路になっていて、方向がわかりません。ですが、ハレー彗星が地球に最接近する前年、獣はその花の場所がわかります。えもいわれぬ臭気を放つからです。甘い毒の香りでした。

        • わたしの、いなか、の、じけん「アパッチ族の最後」

          (夢野久作文学賞「わたしの、いなか、の、じけん賞」応募作です。一部表現を改めましたが、内容に変更はありません)  福岡県粕屋郡宇美町を中心にした辺りでは、いつからか知らないが、裸足のことを「アパッチ」と子どもらの間で言っていた。片田舎ではあったが、バスは1時間に数本走っているし、スーパーマーケットだってあった。道路は舗装され、子どもは当たり前だが靴をはいている。それでも、アパッチは子どもらの憧れだった。実際に裸足になって遊ぶことはほとんどなかったが、心はアパッチでいたい、と

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        シナリオ『失言園(シツゲンエン) Langue Lost』

          ショートショート「天井のない家」

          (第1回「NIIKEI文学賞」ショートショート部門応募作です。誤字を訂正しましたが、内容に変更はありません)  雪が降り積もり、玄関の戸が開かなくなった時は、二階の窓から下に降り、雪かきを手伝った、豪雪地帯によくある記憶。  借金を負った父と母が別れ、僕を連れて新潟の地を去って二〇年。無人の三ツ屋浜駅を出て、一五分程歩いて着いた場所は、ただの更地になっていた。母は他界した。父は失踪し行方知れず。  家の裏手にあった涸れ井戸だけが、辛うじて昔の面影を思い出させる。あの古くて大

          ショートショート「天井のない家」

          掌編「歌の檻」

          (ブンゲイファイトクラブ5応募作です。一部記述の誤りを訂正しました。内容に変更はありません)  「リポグラムの呪いをきみにかける」と一行目を書き出して、詩人Kの手が止まった。呪詞なのに、呪いを発動させる重要なフレーズが抜けていて、呪えない。それは呪いではなく、別の何かではないのか。自責とか、自己憐憫のような……。そんな発想が面白いと思って書き出した詩だが、すぐにげんなりしてきた。つまらない。凡庸だ。  こんな状態になって、もう半年。有り体に言って、スランプだった。詩神の恩寵

          掌編「歌の檻」

          文藝賞〈短篇部門〉応募作に関して

           雑誌『文藝』(河出書房新社)の文藝賞〈短篇部門〉の結果が2023年8月4日に発表され、僕の応募作は落選でした。このnoteで公表しようかとも考えましたが、テーマにこだわりがあるので、設定等を練り直し、機会があれば、またどこかの文学賞に応募しようと思います。  よって、本文の公開はしませんが、引用・参考文献について、簡単な解説を書いてみようと思います。  応募作を書くにあたって主に参照した本は、以下の通りです。  クロード・アジェージュ/糟谷啓介訳『絶滅していく言語を救うた

          文藝賞〈短篇部門〉応募作に関して

          Twitterでツイートするのと、こうやってnoteでつぶやくのは、ちょっと「構え」が違いますね。前者は「自由連想的」に書けるのに対して、後者はセラピストと向かい合って「理性的」に書く感じ。

          Twitterでツイートするのと、こうやってnoteでつぶやくのは、ちょっと「構え」が違いますね。前者は「自由連想的」に書けるのに対して、後者はセラピストと向かい合って「理性的」に書く感じ。

          明日はピース・バック(小沢健二 featuring スチャダラパー「今夜はブギー・バック」カバー)

           ♪(ラップ)1 2 3を待たずに/16連射砲撃のはじまり/ブーツでドアをドカーッとけって/「ヴォイナーッ」と叫んでドカドカ行って/テーブルの主権プラスモー覇権/ウォッカでいっきに流しこみ/イェップで幹部にセイ ダー/ON AND ON TO DA BREAK INTO/てな具合に ええ行きたいっスね いっスねーっ イエーッ!! 領有―っ/よくない コレ? コレ 翼賛? 弾圧 泣く泣く泣く獄死/近頃のぼくらと言ったら/旗をふりこんな調子だ/心にすさんだ 大地粉々 そんな動画あ

          明日はピース・バック(小沢健二 featuring スチャダラパー「今夜はブギー・バック」カバー)

          掌編「選挙」

           7年と33日に一度の、その日がやって来た。選挙の日だ。村人たちは、そんなものは存在しないかのように日々の生活を営んでいるが、その日の朝は、みな、そわそわしている。村に一箇所だけの公民館に投票所が設けられ、回覧板にはさみ込まれた自分の家の分の投票券を持ち、重い足取りで、投票に向かう。  選ばれるのはひとりだけ。選ばれた者は、隣村との境界にある御山に連れて行かれ、生贄にされる。人身御供だ。  「かんかんだら」という民話がある。昔、とある村に、人を襲って喰う大蛇が現れた。頭を悩ま

          掌編「選挙」

          掌編「暗殺」

          (ブンゲイファイトクラブ3応募作です。投稿時、気づかなかった一部記述の誤りと誤字を訂正しました。内容に変更はありません)   ●オニ  牛の角を生やし、虎柄の腰巻をつけて金棒を持った地獄の鬼は、妖怪と同じように、もはや愛玩物だ。恐怖を与えない。人を喰う異形の存在が鬼だと今日日の人間は思っているらしいが、それも古い心像だ。俺たちも人間だ。  血液にはオドという成分が含まれている。江戸時代の『解体新書』に「血漿ニハ黄土[黄土 ルビ オウド]含有セリ」と書いてある。黄土、つまりオ

          掌編「暗殺」

          「超越系」的、宮台的  プロフィールに代えて

           僕の経歴を書くといっても、特に受賞歴などはありません。一応書いてみると、以下の通りです。  1993年、明治学院大学文学部入学。在学中、評論家の浅羽通明氏・プロデュース、思想家の呉智英氏が講師を務める、孔子『論語』を講読する私塾「以費塾」に半年ほど通う。  様々な大学の学生が集まり、テーマ別に分かれてディベートを行う「国際学生シンポジウム」に参加、社会学者の橋爪大三郎氏がアドバイザーを務める分科会「自由について考える」で討論する。  明治学院大学中退後、いくつかの仕事を経

          「超越系」的、宮台的  プロフィールに代えて

          男と女の間には、深くて暗い川がある  『先生の白い嘘』論

            ■男性性と女性性の拒絶  鳥飼茜のマンガ『先生の白い嘘』は、読んでいると鉛を次々と口に放り込まれるような感覚を覚える作品だ。どんどん身体が重くなってきて、最後には身じろぎもできなくなってしまう。それでも読み続けると、それが不思議と解けてきて、たまった鉛を解放感とともに吐き出すことになる。  主人公である教師の原美鈴は、親友の美奈子の婚約者、早藤にレイプされ、女性性を拒絶するようになる。自分のヴァギナを恐れ、女性としての幸せを拒絶する。そして、また、美鈴に思いを寄せる生徒の

          男と女の間には、深くて暗い川がある  『先生の白い嘘』論

          映画・音楽評〈映像の海、音楽の雨〉  神山健治監督映画『ひるね姫』に、昨今の日本に跋扈する「日本スゴイ系」への強烈なカウンターを見出す。

          (※ネタばれがありますので、ご注意ください)   ■自動車という「未来」  ロバート・ゼメキス監督『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズ(85、89、90)で、タイムマシンはプルトニウムで動く車というかたちをとっていた。TVドラマ『ナイトライダー』(82~86)では、AIを搭載したスーパーカーが人間に協力し、悪に立ち向かう。車は「輝かしい未来」を象徴する文化的表象だった。しかし、テクノロジーが必ずしも輝かしい未来を約束しない、との見方が広がり、未来に希望が見出しづらく

          映画・音楽評〈映像の海、音楽の雨〉  神山健治監督映画『ひるね姫』に、昨今の日本に跋扈する「日本スゴイ系」への強烈なカウンターを見出す。

          宮台真司の思想 〈終わりなき日常〉編

            ■〈巨大なフィクションの繭〉を出よ  社会学者の宮台真司は、自身が原発推進派であったことを公言している。しかし、日本の原発政策・行政のデタラメさを知って、日本には原発をマネージする能力がないことを痛感したという。  「ぼくは原発の住民投票運動にかかわる中で『民主主義の本質は多数決ではなく、〈参加〉と〈包摂〉だ』と言い続けてきました。〈参加〉をパラフレーズすれば、〈任せて文句を言う〉ならぬ〈引き受けて考える〉作法。巨大システムに思考停止でお任せしていたら、福島第一原発事

          宮台真司の思想 〈終わりなき日常〉編

          宮台真司の思想 〈ミメーシス〉編

            ■余は如何にしてミヤダイストとなりし乎  1995年、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こり、教祖、麻原彰晃は逮捕された。それから程なくして、コンビニである本を見かけた。それが『終わりなき日常を生きろ』だった。著者は宮台真司というひとらしい。変なタイトルの本だな、と思って気にはなったが、手に取ることはなかった。それから少しして、解剖学者の養老孟司とともに、宮台真司がニュース番組でオウム真理教について語っているのを観た。「麻原は水中に長時間潜っていられる、と学生が言う

          宮台真司の思想 〈ミメーシス〉編