BFC千字戦習作2「あっち」

 桟橋の突端に立って、尾田は遠くをゆびさした。
「俺は、もうひとつの世界を見つけた。お前にも見せたい」
「また始まったよ。お前のそういうの、かなりうんざりだ。大人になれよ。社会を生きろ。もうひとつの世界なんてないんだよ」
「いや」尾田はかぶりを振った。「子どもとか大人とか、そんなの関係ない。見えるか、見えないかの差さ」
「だったら、ぼくには見えんね。見たくもない」
 尾田はちょっとうつむいて、また、顔をあげた。
「そんなわけない。お前には見えてるよ」
 英(はなぶさ)は持っていた缶を海に放りなげた。残っていたビールがちょっと放物線を描いた。
「ぼく、仕事があるからさ。もう行くよ。あと、もう連絡してこないでくれるかな」
 英は、尾田を一瞥すると、歩き去った。
 尾田はその背中に向かってつぶやいた。
「お前の鼻先に開いている、あっちの世界が顔をのぞかせている、その亀裂に気づくのは、もうすぐさ」

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