なぜ今「男性学」なのか

第1回ゲスト 多賀太さん

放送レポート298号(2022年9月号)
メディア総研所長 谷岡理香

 「失われた10年」が「失われた20年」になり、平成は社会の課題が先送りされ停滞した30年とも言われます。エコノミックアニマルと呼ばれるほど、日本人男性はモーレツに働いてきました。メディア業界も長時間労働が大前提であり、それを誇りに思う男性もいましたが、やっとそうした働き方が社会問題と認識されるようになりました。
 それに呼応する形で、従来の男性の在り方に対する問いも聞こえてきます。弁護士太田啓子氏の『これからの男の子たちへ』は、発行1年で10刷、20,500部を記録するなど注目を集めました。太田氏は「これから大人になっていく男の子たち自身が、性差別や性暴力という問題に、自分が当事者としてどう関わっていくかを考える入り口にもなれば」と本の中で語っています。
 この本にも登場する桃山商事の清田隆之氏は、彼自身の著書『さよなら、俺たち』の中で、これまで「普通」「当たり前」と思ってきた、「男の子はやんちゃで良い」「男の子はそんなもの」という自身のこれまでの在り方を易しい言葉で自問しています。また赤いふんどしでおなじみの「せやろがいおじさん」は「長年自分に染み付いた男性の特権に気づかなった」とジェンダー問題について自問する発言をしています。
 メディア総合研究所でも、この流れを考えるために「男性学講座」をシリーズで始めることにしました。日本のメディア界の人材が多様性に欠けることについては、労働組合や女性団体などが長年指摘し要請行動を行ってきましたが、メディア界の対応は鈍いと言わざるを得ません。世界的に見ても、報道組織における女性の参画調査で日本は最下位レベルに留まっています。そしてそのことがニュースの取捨選択という価値判断基準にどのような影響を与え得るかも問われています。
 男性の当事者性について語ることで、メディア界で情報を発信している男性たちは、どのような感想や気づきを得るのか。第1回「男性学講座」開講です。

男性のためのワーク・ライフ・バランス

 初回の講師は、関西大学の多賀太教授にお願いしました。年代がメディア総研の中堅、放送界の管理職クラスと重なります。事前に多賀氏の著書『ジェンダーで読み解く男性の働き方・暮らし方―ワーク・ライフ・バランスと持続可能な社会の発展のために』を読んで講座に臨みました。以下は講座の超要約です。

1 .男性にとってのジェンダー平等の意義

 女性だけに焦点を当てても、なかなか社会は変わらない。男性こそ変わる必要がある。従来の男女の固定的役割では、社会が持たなくなってきている。それを解くカギがジェンダー平等と言える。

2 .国際的なジェンダー平等の波に乗り遅れた日本

 世界的な流れを見ると、70年代のオイルショック後、欧米では男性主流では経済が回らなくなり、共働き政策に舵が切られた。そこに女性運動が重なり、男性の価値観の見直しがリアルに迫られた。日本は、多くの家庭が男性稼ぎ主のままで経済が動いていたが、90年代以降大きく変わる。少子高齢化が進み、1人当たりのGDPが世界24位に落ちるなど、以前の状況とは異なる。時代的条件が欧米のように重ならなかった為に、男性たちは自身の在り方をリアルに受け止めなくて済んでしまったことが欧米との20年の差になったのではないか。

3 .男性稼ぎ手社会は男性も疲弊させる

 稼ぎ主である男性の働き方が問い直されないまま、男性の育児参加、女性活躍が唱えられてきたのが今の日本社会である。世代による価値観の違いも大きい。それでも男性には稼がなくてはならないというプレッシャーがある。男性は、仕事と育児の両立を抱えて葛藤している。現実は「手伝う」ことで精一杯。今でも男性が育休を取ると、「出世から降りる」「オトコから降りる」という見方をされる向きもある。男性は「職業的に成功しなければ男ではない」「仕事をしているほうが幸せ」と刷り込まれている可能性もある。
 1人暮らし世帯は女性が多いにも関わらず、男性に孤独死が多い。これまで健康や生活の質の問題を女性たちに依存してきたが、これからは男性も若い時からワーク・ライフ・バランスをとり、生活の自立度を高める訓練が必要。

4 .ジェンダー平等に向けて、男性に、メディアに何ができるか――参加者と議論

 男性優位でありながら、男性も生きづらい社会。生殖機能を除けば能力は変わらないのに、かなりひずんだ社会の構造になっている。男性優位を無理やり維持しようとする力に苦しんでいる点では、男女同じではないか?
女性は優秀であっても、社会に出ると女性であることで障害が多い。男性は頑張りたくなくても競争に参加させられ、頑張らない選択肢がない。男性に何ができるか。メディアに何ができるかを一緒に考えたい。
 多賀氏の講義の後、参加者で意見交換を行いました。主なものを紹介します。

【50代元民放】
 多賀氏が著書の中で自身の経験や反省を正直に語っている。日本の男性主流社会は、1つは制度の問題であるが、その一方で男性自身のライフスタイルや意識に関わる。つまり男性のプライバシーに関わるところを議題にしないと話が進まない。このことが解決に向かわない要因ではないか。
【多賀】
 ともすると自分の生き方を否定されるような気がするという男性がいる。必ずしもすべての男女が家事育児を半々にすることをめざすのではなく、社会全体としてそうしていくことが大事。少なくとも古い価値観を自分の子どもや孫、部下や後輩に押し付けない。若い人の意識変化を受け入れ、サポートすることに敏感であってほしい。
【40代元新聞】
 男性を一括りにされたくない思いがある。世代の違いによる意識の変化は大きい。若手の価値観はアップデートされているが(長時間の)労働慣行が変わらないので、現場が一番苦しんでいる。
【50代民放】
 かつて社内の若い女性たちが何人か会社を辞めて新しい仕事に就いた。当時は単純に「良かったね」としか思わなかったが、今から考えると彼女たちは、男性主流の価値観の職場で苦しんでいたのではないかと思いが及ぶ。自分自身も長時間労働で病に倒れた経験を経て初めて、個人としての人生を考えた。
【70代元新聞】
 家庭部担当だった90年代に育児休業法が成立した。当時は育児のために仕事を休めるのかと不思議に思ったが、今では当たり前の権利になっていることが感慨深い。
【50代フリージャーナリスト】
 ウクライナで18歳から60歳の男性が出国禁止で、男性だけが戦うことを朝日新聞が1面で取り上げ、「戦わない自由は」という見出しをつけた。このような国家緊急事態について、メディアとしてどのように考え、読者に伝えると良いのか意見を聞きたい。
【多賀】
 難しい問題。戦争とジェンダーについての研究の蓄積はあり、女性兵士の問題やなぜ兵士は男だったのかに関する議論もある。平均的に男性の方が筋力はあるとしても、男性だけを徴兵することには非合理な面もある。女性には国を守れない、女と子供を守るために戦えるのは男だけと国民に思わせておくことは男性支配の正当化にもつながる。では女性も徴兵すればよいのか。今は明確に答えられない。今後も考えていきたい。

 初回の男性学講座の参加者は、客観的に物事を捉える訓練を受けた男性たちです。それでも、1人の男性としての自分に言及した参加者もいました。当事者性とジャーナリズムにはどのような関係が見えてくるでしょう。次回の講師は1980年生まれの清田隆之氏を予定しています。

ジェンダーで読み解く男性の働き方・暮らし方
多賀 太 著
(時事通信社)


男性学講座 第2回のお申し込み を受付中です

対象:メディア関係者、メディア研究者、メディア労働者・労働組合など
お問い合わせ:メディア総合研究所
mail@mediasoken.org
03-3226-0621

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