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医工産学連携の基礎:(2)「学」とは何か 〜 大学教員のお仕事① 研究 〜

前回の記事の続きです。医工連携は「医工産学連携」であり、医・学との付き合い方がポイントというお話をしました。

大学のセンセイって普段何やってるんでしょうね?

学者っていうと、その分野についていろんなことを広く深く知ってる人って感じがしますし、研究者っていうと何か一つのことを部屋にこもってひたすら考えてる人って感じがしますし。

僕も実際学生時代、自分が大学教員になるまで、大学の先生とは学問を教えてくれる人、ある研究領域で有名な成果を上げてる人、というところ以上の事はあまりわかっていませんでした。

「医工産学連携」で大学の教員と一緒に仕事をする上で、大学教員がどんな仕事をする人種なのかを知っておくことは重要です。単に研究大好き、研究能力高い、専門知識多いけど狭い、ビジネスは知らない、だけでなく、大学の業界で活躍し生き延びるために彼らは何を大事にしているのか。

医工産学連携を考える基礎の最初として、そもそも産学の「学」とは何か。
この辺のところを自分なりにまとめてみます。

注1)  多分に私見です。が、そんなに外れてないとは思ってます。例外はあります。

注2)  自分のいた理工学系、医学系(研究所)、研究を主体とする大学での話です。特に人文科学系や小規模私大等の内情は全く知らず、大きく異なるかと思います。また専任教員離れて5年になりました。様変わりしているかもしれません。



基本的には大学教員は研究者。まず研究ありき。

高校までの教育機関と大学との違い、それは指導要領と教科書によって統一的に標準的な知識・社会的スキルと考え方の授与を行う課程と異なり、大学は研究によって生み出された専門的、学術的な知見や技能を教えること、そしてその最新の知見を生み出すための方法を教えることが本分となります。

中等教育までと高等教育との違いは専門性・学術性です。そしてそれは研究によって産み出され、更新され続けているものです。

※最近は高校までの課程でも、知識偏重から多様な経験・考え方の実践的教育の比重が大きくなってきました。いきなり大学・社会で自由にやれ・イノベーティブになれ・アントレプレナーシップを持て・そしてVUCAの時代を生き延びろ、などと言われても厳しいので、初等・中等教育も変わっています。

なので、大学教員の本分は教員と言いながらも「研究者」で、専門的・学術的な知見を教える&専門職・専門家・研究者の養成を行うのが大学教育の本分になります。

そのため大学教員の業務評価基準は研究能力とその成果です。教育はその延長。如何に優れた研究能力を持っているかがまず第一であり、どんなに講義が上手でも、学生に人気があっても、研究ができないと大学教員にはなれません。教員なのに。

研究者の生活:①資金繰り→②研究→③論文化→①に戻る

では大学教員の「研究者」としての仕事はどんな感じでしょう?

① 資金繰り

研究をするためにはまずお金がいります。もちろん研究者の生活費も必要です。研究は基本的には短期的にはお金を生みません。大学で行われるような基礎研究・基盤研究では長期的にもお金は産まないものも多いです。ですので借金は無理です。長期的な視野かつ広く人類社会に貢献する目的で投資してもらわないといけません。

古くは王侯貴族や教会などが学者・研究者の主たるパトロンでした。こういった投資をしてくれる篤志家と財力には限りがありますが、近代に至り科学の発展や産業革命等を経て、研究に必要なお金はどんどん増えています。そこで社会を支えるより大きな公的投資として、公的資金を中心とした資金で研究者を育成し研究活動を維持しています。国公立大学はもちろん、私立大学も国の=国民の支えが無ければ研究者を維持できません。

※ 海外では寄付の文化の強さ、授業料の高さ、大学の歴史と経営力、保有する基金の規模と運営効率の高さなどから、日本ほど公的な運営補助の割合が高くない事例もあります。日本やアジア諸国では大学の研究力ランキング最上位にいるのは多くが国公立大学ですしオックスブリッジも一応公立大学ですが、米国のトップ大学を見るとハーバード・スタンフォード・MIT・Caltechなど私立大学が多いですね。

で、そんな公的な庇護下にある研究者ですが、そういった基本的な浄財は大学の運営費、給与等を賄うのに精一杯で、肝心の研究を行うための研究資金は研究者全員に平等に十分に配布できるほど潤沢ではありません。最近は特に大学はお金がなく基盤研究費・研究室運営費は微々たるものになりました。
また完全に共産主義的な平等分配では活力が低下しますし、分野ごとに必要とされる資金にも差があるため、一定の競争・選別は必要となります。なのでまずは必死に研究資金を獲得する活動を行います

様々なパトロン、第一は国や公共機関、研究支援による社会貢献を目的とした財団などですが、研究費を出してくれるところに申請書を出しまくって資金繰りします。こういった資金を「競争的研究費」と言ったりします。

例えば僕が研究者時代の場合だとこんな感じ。

( 公的機関から獲得した資金のうち主要なものは日本の研究.comで見やすく紹介されていたりします。)

あと企業との共同研究なども少し。43歳で休職〜退職したので博士学生〜若手〜中堅の入り口までの期間、少なくはないですがそれほど多くもなく。

※ なお自分のキャリアにおいては(おそらく一般の中小企業の経営者の方も同じだと思うのですが)、この資金繰りが最もキツイ仕事でした。研究と論文は失敗もあるけどまたやり直す余裕・猶予を作れることもありますが、資金繰りは失敗すると即座に詰みます。破産倒産です。大学を辞める決意につながった事由の一つでもあります。

② 研究

資金が得られたら研究をします。時に失敗もしますが、むしろハイリスクハイリターンもしくはお金を産まない純粋な知の創造・追求の領域こそが、公器たる大学で公費を使って行われるべき研究と思います。

一部では企業との共同研究・受託研究も行います。これは先の記事で説明したいわゆる「産学連携」です。大学の有する知力研究力を活用して新たな製品・サービス・ビジネスを生み出すための活動ですが、協力して一緒に公共の知を産み出すこともあります。

③ 成果発信(論文)

研究成果が出たら公開します。自分の金でなく他人から提供された金でやっている以上、その成果は基本的には自分のものではなく公共のものです。論文化して広く公共に新たな知を公開します。公開しない限り、研究はしていないのも同然です。

僕も、あまり論文書くの得意じゃない方ですが研究をしても論文を書かないことには仕事したことにならないので書いています。こんな感じ。多い方ではないですが。

なお研究業績としては多くの自然科学分野において、論文が第一あるいは唯一の研究業績評価軸です。それ以外の業績、例えば受賞とか招待講演とか特許とか資金獲得実績とか社会活動とかがいくらあってもまずは論文がなければ評価されません。就職・昇進などの評価軸も論文が第一です。

研究成果の公開として学会発表もありますが、基本的には学会発表は学術的な業績として評価はされません。論文は時間をかけて複数の専門家に審査(査読)され掲載公開が決定されるという学術的な価値を担保する厳しいプロセスを持つのに対し、学会発表は速報性と議論の場を重要視しているため、その内容は学術的な成果としての質を保証したものとは必ずしもなっていません。

※ ですので、ヘルスケア・健康グッズなどの製品広告で「〇〇学会でその効果を発表!」というのは学術的お墨付きの意味は全くありません。論文でなければ意味はありません。

わたしの業績データベース(Researchmap)でも、講演・口頭発表等業績に乗せている学会発表はご招待を受けた・演者指定を受けた講演のみです。(これは業績として多少評価されます)

なお、国際学会の中には論文並みの厳しい審査(ただし短期間)・低い採択率を持つものもあり、こういったトップ国際学会発表は学術的な評価、業績となります。私の分野だとMICCAI(医用画像)や、IEEE系のICRAIROS(ロボット)、EMBC(生体医工学)のフルペーパー口演など。

また情報学系の分野では、技術革新のスピードが極めて速く論文では速報性が低く議論のスピードも遅いので、国際学会プロシーディングス(抄録)が他分野での論文と同様の評価、業績のメインの扱いを受けたりします。ただし例外です。基本的には学の医工連携でも学術的な成果は論文が第一です。

④ ①に戻る

研究成果が出来たら、それを元に研究の発展or次の研究のために資金繰りを行います。①に戻る、です。研究テーマに基づく研究資金繰りの際には研究計画そのものの質だけでなく、その研究計画を実行する研究者の質、実行力・実現力も評価されるので、過去に得られた研究実績・成果が次の資金を獲得するのに大変重要となってきます。


…というように。大学教員がやっているのは

資金繰り → 生産 → 成果の発信 → (営業 →) 資金繰り →…

のループなので、実は一般的な経営と同じ様な活動です。仕事して売って資金調達して次の仕事して…です。
そして大学は高等教育機関であるのでそのループの中で並行して教育を行います。

このループが止まったら。資金が止まったら。研究が(全部)失敗したら。論文が書けなかったら。研究者は死にます。なので必死にこのループを回し続けます。自転車操業です。

※ 研究の資金繰りに失敗しても大学が潰れるわけはなく、自分の給料・雇用は保証されてるのではないか、と思うでしょうが、現代の大学教員は異なります。これはまた後日。

大学教員(研究者)の自転車操業はこんな感じ。


ちょっと長くなりましたが、まずは研究者としての大学教員の基礎でした。次はもう一つの大学教員の重要な本分である「教育」、およびその他の活動についてご紹介します。

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