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昭和精吾事務所「氾濫原4」 ②:『星の王子さま』


飛行士の 舞台上に、王子さまは登場しない。
飛行士の目の前で、こもだまりさんが最前まで演じていた『黒蜥蜴』の女賊、乗っていた船で死んだのではなく、記憶をなくし、漂着したアフリカで、王子さまの言葉を読み続けている。その温かさの無上さときたら。

舞台の頭上には、エジプトの星にも似た星あかりがうっすらと照り、こもださんの足もとに拡がった、沙漠の底の井戸の水が、光を受けとめる。

 黒蜥蜴も明智小五郎も、地球が夜行性の生き物だという事を知っていたように、飛行士もまた、夜の星を頼りに飛翔する視野を砂漠にはしらせ、夜の星が沙漠をみつめる目のあかりを捕えている。



「こんにちわ」(こんにちわ) 花っていうやつは、言いたい放題を散らかすくせに、大の友達欲しがりやで、ことばの輝きを、万民に認めてもらいたがる。花を愛するひとが世界中に居続ける限り、沙漠の中心でも同じことを求めたがる。
 へび。薔薇のふくらみを額にのっけて得意になっているのを感じ入った。誰一人愛さないという、絶対の自由を、傲慢に突き付けている。
 上入佐秀平さんの花とへびの声が、葡萄酒の味わいを、ある時は濃く、ある時はピノノワールの滑らかさで弾けていた。 


「こんにちわ」(こんにちわ)乃木ナツミさんの、キツネの声は明るくて、被った帽子の毛皮がキラキラ輝くので、セリフを聴いていて笑みがこみあげてくる。舞台にはいない王子さまが、ブドウ畑を想って金髪の輝きをあびている様子がキツネの背後から見えてくる。


花もきつねも王子さまも、飛行士が肉体の糧を得るためよりも光の質を維持し続けるために生きていたように、仲良しになってくれる誰かを、絶えず求めているのだ。

なんですと?そんな風には見えなかったと言いたいんですか?
でもですよ、舞台のモデルになったサン=テグジュペリの原作も、主人公が、6年前の出来事を回想するかたちで書かれてるんですよ!何もかもハッキリと正確に覚えて書いてみせるなどと、原作と公演に、妙な違和を持ち込むことはいけませんな!本当に大切なものは目に見えないのですから。




「さようなら」(さようなら)命の絶えた王子さまが倒れて散った砂が舞い残り、飛行機が飛び去って散った砂も舞い残った沙漠に、(さようなら)幽蘭さんの『月の雫 星の涙』が鳴り響く。涙が湧いて堪らない。沙漠の底の井戸水が、眩しくて仕方ないから。


幽蘭さんのCD『波打際』を聴いていて、氾濫原4 の未発表公演か、『星の王子さま』の語られざるエピソードに包まれる想いを味わった。『水兵さん』の、鉱石ラジオから聴こえているような音でトリップ。

続く

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