逆境から始まった読書感想文の旅。私が本を愛するまでの道のり
私は読書感想文が苦手。
紹介文に書いている通り、本が好きになったのは大人になってから。小学生の頃は読書感想文どころか、そもそも全く本が読めなかった。
今でも忘れることができない小学校2年生の夏休み。
夏休みの宿題といえば、この「読書感想文」。ここでつまずいた…。
原稿用紙3枚書かなければならない、という量もきつかったけど、そもそも本が読めなかった。
本が読めなかった、というのは書いてある文字は「読める」が、それが文章となって意味を成して頭に入ってくる感覚が全くなく、文字を文字としてしか捉えられなかった。
そんな小学2年生だった私が、もう夏休みも終わりを迎えようとしていた8月の最後の1週間。
姉から「あんた、夏休みの宿題終わったの?」と聞かれ
「えー…読書感想文以外は終わった…」
というようなことを言ったか、言わなかったか。
とにかく読書感想文に手がつけられないことがバレた。
「しょうがないなぁ…私が手伝ってあげるから。」
だいたい4つ年の離れた姉の手伝いというのは、実際に手伝いではない。
「え?まだ本すら読んでないの?私だったら1時間で読んじゃうよー。」
とか言って、自分のできる自慢をアピールされるだけ。案の定、散々自分はできるアピールされ、諦め顔で去っていったと思う。
加えて、私が本を読めるか読めないかも知らない親はそういう時に限ってがっつり分厚い本をチョイス。もしかしたら、学校から本のページ数なんかも指定されていたのかも知れないが。わたしとしては、挿し絵多めのペラッペラなやつが良かったのにと親を恨む。
1ページ目、冒頭の一行が読めない…
ただ本を開き、1ページ目の冒頭1行目と睨めっこしながら、原稿用紙とえんぴつを傍らにフリーズしていた、ように記憶している。とにかく長い時間だった…。
そんなフリーズ状態の私に同情したのか、姉が戻ってきて、
「私のいう通り書いて!」
と言われもはや完全に降参、思考停止の私は言われるがまま、ただ手を動かす形で姉のいう通り書き写すように原稿用紙を埋めていった。
“私は「〇〇」という本を読みました。”
の後は、とにかく引用で文字数を稼ぐ。
“私は「〇〇〇〇〇〇」というところがおもしろかったです。
つぎに〜というところが好きです。”
というようにとにかく3枚に到達するまでこれを繰り返し、この課題を何とか”片付け”た。
この経験が私にとって苦ーい思い出になってしまった。それ以降、ましに本を読んだことは長らくなくなった。
(別に読書感想文の課題を否定している訳ではない。読書感想文が悪い訳ではなく、私の取り組み方が悪かった、と思っている。)
それから私が読書に自分から興味を持つことができたのは、あの苦い経験からしばらくして高校2年生。
現代文の先生の授業がとっても面白かった。そしてとある授業で「アルジャーノンに花束を」を取り扱った時、この物語に感銘を受けた。
(世の中には面白い本の物語があるな)
とこの授業で思えたのが本に良いイメージを持てるようになったきっかけ。
それでも自分から、どの本を読めば良いか分からず依然として読書をするということはなかった。
大学になって、本好きの友達に出会って、おすすめされる本を借りて読んでいくうちに読書ができるようになった。
初めて1冊読み終えることができたときは、本の内容よりも、本1冊読むことができた達成感の方が大きかったと思う。
友達の本紹介により、自分なりに何となく自分が好きなジャンルというのが掴めるようになってきた。
そして大学を卒業して、上京した時。
当時流行った、リリー・フランキーの「東京タワー」を芝公園ではなく、秋葉原の駅前のベンチで読んで感動して涙した。ようやく社会人になって本で感動できるようになった…。
と、長々と私が本と読書感想文が苦手だった理由と歴史をツラツラと書いてみた。
それで今ふと思う。
「何で自分は嫌いだった読書感想文を、いい歳になってnoteで書き始めたのだろう…」
それは大人になって、ようやく本の楽しさを知った自分だからか、より一層自分の読書を深めたいというか、もっと本の中の世界に深く入りたい、その気持ちを実現するために読書で感じたことを言葉していくことで高めるため。
また、先人から学ぶべくnoteを通じて読書好き・読書家の方の感じ方や本の楽しみ方を知りたい、そこから何かしらの刺激を取り入れたいから。
そんな読書好きな人たちと共読するためには、やっぱり自分の本の感じ方はさらけ出した方が共感を得られると考えて読書感想文を書いている。
今、小学生の頃に大の苦手だった読書感想文を好きなスタイルで書いていて、さすがに苦手という意識は薄らいだ。それでも相変わらず難しいなぁとは思う。
人それぞれ感じ方が違うし、所詮自分の感想なんだから好きに書けばいいじゃん、とは思うものの
自分が感じたことを言語化する
ということがこれほどまでに難しいとは、というのもnoteで読書感想文を始めて分かったこと。
それでも自分の感想を一通り書き終えた時の達成感は、良いなぁ。それがクセになって続けている。
とはいえまだまだ道半ば。趣味として楽しみながらこれからもコツコツ続けていきたい。
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