港区で過ごす会

誕生日を迎えた私になにか旨いものでも食わせてやろうという有志の者(友人夫婦)に連れられて、先週末、赤坂に行ってきた。ただ促されるままに着いていくと、天麩羅を食わせる老舗店に着いた。目の前で揚げて提供される天麩羅は、ひとしなひとしなが想像を超えてうまい。

コース料理というのはよくできたもので、最初のうちは、なにこれちょっと足りないんじゃないのとか思うのに、食べ終わってみれば過不足なく満たされる。張り切りすぎて苦しくなるまで食べてしまい、結局気持ち悪くなってかえって損をする食べ放題とは大違いだ。(もちろんこれは意地汚い私の貧乏根性によるところなのだが)

天麩羅のコースを食べ終えて、しばらく港区を散策する。そびえ立つタワマンを眺めては、あそこに住む人の年収はどれくらいかと想像する。赤坂と六本木の狭間をウロウロして、坂が多い街だねとかポルシェばっか走ってんなとか話した。

道中トイレを借りるだけのつもりで立ち寄ったANAコンチネンタルホテル東京が凄かった。煌びやかなラウンジにはシャンパンを片手にアフタヌーンティーを愉しむ人がおり、国際色豊かなビジネスランチ(全員がいかにも優秀という感じ)が会され、ブランド品を嫌味なく身に付けた親子連れが歩いている。

我々はそんな様子を一階上のフロアから眺める。同行していた友人夫婦の旦那が「俺もそれなりに稼いでるつもりでいたけど、こうやって見てると上には上がいるんもんだなと思うよね」と呟いた。いわんやワープアを極めた私をや。

これ状況としては上から見てるけど、立場的には完全に見下されてるよねとか言いながら我々庶民は大笑いした。ちなみにトイレは意外と普通(めっちゃ綺麗)だった。

せっかくだからもっと見て回ろうぜということになり、フロアガイドを見ると37階に鉄板焼きの店と囲碁クラブがあることを知った。鉄板焼きはともかく囲碁クラブとはなんだ、ここはホテルではないのかと訝しんだ私たちは興味本位でエレベーターに飛び込んだ。

滑らかに上昇するエレベーターの中では、宿泊客と思われる上品な家族が上品に談笑していて、場にそぐわない服装の我々はただ静かにしていることで許されようとした。

ドアが開いた瞬間にセキュリティがいたらやばいねと言っていたのだが、実際そこには誰もおらず、ただ清浄な空気だけがあった。綺麗な床と控えめなライティング。ほんのちょっと辺りを眺めただけで、庶民が足を踏み入れてよい場所ではないということを本能で感じた。

これはまずいね、はっきりと言葉にはできないけど、とにかくここにはこれ以上いちゃいけないねということを察した我々は早々に退散することになった。鉄板焼きは店構えを見るだけに終わったし、囲碁クラブには辿り着くことすら出来なかった。きっと防犯カメラには不審者として映っているだろうと判断して、悪意が無いことをアピールするために、カメラに向かってピースをしてダッシュで逃げた。

国際線のパイロット達が談笑するロビーを泥棒のような忍び足ですり抜けて外に出た。結局ちょっとトイレを借りるだけのつもりが1時間半も滞在していた。ANAコンチネンタルホテル東京の皆さん、その節は大変失礼しました。

それから小洒落たバーに寄ったのだが、そこでも我々はスマートに過ごすことができず、お酒と同量もしくはそれ以上のボリュームのフードを頼んで飲み食いした。それでもバーテンダーは紳士的な態度を崩さず、程よい距離感でもてなしてくれた。これがプロフェッショナルというものなのだなと感じた。

いろいろ凄かったなおいと話しながら地元に戻ってきて、友人宅(なかなかいいところに住んでいる)にお邪魔してテレビをつけると24時間テレビがやっていた。友人達は部屋着に着替え、劇団ひとりが脚本を書いたというドラマ(無言館のあれ)を見ながら一緒にコーヒーを飲んでダラダラと過ごした。

天麩羅のひと口からコーヒーの一滴まで、私は財布の口を開くことなく1日を終えた。友人夫婦のご厚意にあらためて深く感謝しながら自宅に戻る。ホテルのトイレとさほど変わらない広さの私の城は散らかっていて、そこには品性の欠片も無かった。港区は遠い。

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