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「“ありがとう”はこっちのセリフだよ」なのでは?と思ったら考え方・見え方がこうも変わるのね。へぇ~!となったお話 ~気持ちもラクになったよ~

この話は通勤時にスマホを家に置きっぱなしにしてしまい、通勤中何もすることがないため、ぼーっとしていたらふと思った話なんだが。(説明クドいわ。汗) (写真は通勤中に撮ったヤツではないよ。笑)

私は最近、店員さんの態度によって自分の感情が変化していることに気付いた。
明るく挨拶をしてくれる店員さんに対しては私も嬉しくなる一方で、挨拶も何も言わない“作業だけする”店員さんに対して「なんだ、コイツ」っていう気持ちになっていた。
今までの私はそういうことを気にする人ではなかったから「私もいよいよ、ふてぶてしい人間になってきたのか…?」とか、「年齢や経験を重ねてしまうと細かいところにまでケチ付けるようになってしまうのか…?」とか、ちょっと気になっていた。

で、ぼーっとしていた時は、頭の中で「そもそも“お金”ってみんなが信用している“紙”で、自分の欲しいものと交換できる紙であって、自分の欲しいものはその紙の“その先”にあるんだよなぁ…」

って思っていたら、

「そもそも“物々交換”の代わりにお金が存在しているだけで、私が店員さんにあげている“それ”は、「あなたが欲しいものは今、私の手元にはありませんので、取り急ぎ、この信用できる紙(つまり借用書)で私の欲しいものと交換ってことでお願いします。」って言っているようなものか…」

って思うようになり、

「ってか、それってかなり強引な取引じゃねぇ??つーか、最初それで許した人、かなり心広いし、お互いの信頼関係とか信用問題というか葛藤とかあったんじゃなかろうか…」

って思っていたら、

「寧ろ、これって客側が「ありがとうございます。」って言うべきだよね。欲しいもの手に入れているの客だしね。お店に渡しているの借用書だしね…」

って思うようになりました。(何この文章。笑)
いや、これは結構極端な考え方なのかもしれないけれど、私にとっては、こういう考えが浮かんだあと、店員さんの態度にいちいち“ジャッジ”することが減った実感があるし、お店側だってお客さんから挨拶されたり「ありがとう」って言われた方がモチベーションアップに繋がるだろうし、結構私のメンタル面も良好に保たれているんだよね。

しかも態度が悪い店員でも「まぁ、これが普通だよね。」って感じでスルーできるし、挨拶のできる気持ちの良い店員さんと巡り合えれば、「なんて素晴らしいできた人なんだ!」って今まで以上に感動したりするから、私って単純でおめでたい生き物で良かったなって思った。(笑)

スマホ忘れるのもたまには良いかもね。(笑)




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