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マッキンゼーで14年間活躍されて、日本の今の課題に向き合われている赤羽雄二さん

「日本発の世界的ベンチャー」を1社でも多く生み出すことを使命として、『ゼロ秒思考』など数々の本も出版されている、ブレークスルーパートナーズ株式会社の赤羽雄二さんにお話しを伺いました。

プロフィール
出身地:山口県下関市
活動地域:東京を拠点に全国
経歴:東京大学工学部を1978年3月に卒業後、小松製作所に就職。企業派遣で1983年から1985年までスタンフォード大学 大学院に留学し、機械工学修士、修士上級課程(MS、Degree of Engineer)を修了。1986年、世界的コンサルティング会社マッキンゼーに入社2000年にシリコンバレーのベンチャーキャピタルに入社2002年1月、2人のパートナーと独立し、創業前、創業当初からの非常にきめ細かな支援を特徴とするブレークスルーパートナーズ株式会社を共同創業し、「日本発の世界的ベンチャー」を1社でも多く生み出すことを使命として多方面で活躍中。経済産業省、総務省で複数の委員を務め、大学で教鞭もとる。

大切なのは、一人ひとりが問題把握・解決力を身につけ生き抜くこと

記者:本日はお時間頂きましてありがとうございます、早速ですが小松製作所で働かれてたところから、あのマッキンゼーで仕事をされるきっかけは何だったのですか?

赤羽さん(以下赤羽、敬称力):小松製作所で働いていたとき、3年目ぐらいに留学生制度が出来たので、それに申し込みをしました。留学先を色々調べた中でスタンフォード大学の大学院を選択しました。
実際に行ったのは小松製作所3年半の時で、2年間の留学後、日本に戻って1年ほどしたある日、お昼休みに上司の席に電話がかかってきました。それがマッキンゼーからの依頼されたヘッドハンターでした。大前研一さんの本を多数読んでおり、強い関心を持ったので転職を決意しました。

記者:ブレークスルーパートナーズの仕事を始められたきっかけは?

赤羽:マッキンゼーには14年いて大企業の経営改革に取り組んでいました。
次はベンチャーの支援をしたいと思い、ブレークスルーパトナーズを共同創業しました。シリコンバレーなどで次々に新しいベンチャーが生まれ急成長していますので、日本発の世界的ベンチャーを1社でも増やしたいと思ったのです。

記者:シリコンバレーではどんどんイノベーションが起きるのに、日本ではなかなか起きないのは、どういった理由だと思われますか?

赤羽:いくつもありますが、大きな理由の一つはいまだに影響が残る終身雇用制だと思います。第二新卒はずいんぶん増えましたが、入社10年を超えた多くの方はなかなか大企業をやめようとされません。会社が潰れたり、買われたり、経営が悪化して信じていた会社をリストラされることはあってもそうでないかぎりできるだけ居続けようとされている方が大半ですね。
物理学科・数学学科など、理系の賢い人たちが大勢 NTT 研究所などに入社され、そこからなかなか転職をされない。ほとんどクビにもならないし独立もされないということで、人材流通が圧倒的に弱いと思います。

ただ背景というか、真の理由はリスクを取って起業することへの動機付け・サポートが社会風土として弱いことだと思います。

同根ですが、「大手勤務に勤務しているから結婚した」といった圧力が家族や義理の親からあったり、「ベンチャーとかやって大丈夫なのか?」と親からのプレッシャーがかかったり、という残念な風潮はまだなくなっていないようです。日々の仕事と生活、住宅ローンの返済に波及として、新たなチャレンジをしようといった気分的な余裕や戦闘意欲が持てないようです。

スタンフォード大学は、アメリカでもトップクラスの学校ですが、相当数の人が起業します。一方、東大や京大の卒業生がそのまま起業するのはまだまだ例外的だと理解しています。私は毎年東大工学部3年生への講義を一コマ担当していますが、起業に関する質問はほとんどありません。講義そのものは大変人気で、2時間の講義で数十回も質問が出るのですが。

こういった社会の体質を変えるのは実はそこまでむずかしいことではありません。起業への支援を手厚くすることで個々人のリスクリターンの計算が従来と逆転すれば、皆いそいそと起業します。学生も含めて、結構現金だからです。ただ、そのためには政策的な傾斜配分をする必要があり、その点が国益だとわかっていても決めきれないのが大変に残念です。

記者:日本発の世界的ベンチャーを1社でも多くつくるためにどんな課題がありますか?

赤羽:一番の問題は、日本でのエンジニアの地位があまり高くなく、プログラミングスキルがあまり重視されていないということです。アメリカであればメーカーや銀行でも、社内にソフトエンジニアが多数いて社内でシステムを開発しています。

日本の場合は、メーカーや銀行がシステムを開発したいとなると 、SIerに依頼し、彼らも社内にエンジニアがあまりいないので、下請けに出し、孫請けに出し、となりがちです。

皆さんもAmazonを使っていると思いますが、非常に便利ですよね。彼らにとっての海外である日本で注文の翌日届くのは、素晴らしいITシステムが動いているからです。

バブルのピーク1989年に、世界の時価総額ランキング上位10社の内7社までは日本企業で、富士通は世界最大の半導体企業でした。しかしいま世界の上位20位までの間に日本企業は1社もなく、1番上はトヨタ自動車が二十数兆円で45位と、壊滅的な状況です。

私たちはiPhone使ったり Android 使ったりします。Facebook、Twitter、それからCisco、Oracle、全部日本企業じゃないですよね。

その昔はトヨタの車に乗り、パナソニックのテレビを見て、シャープの計算機を使っていたものが、今はほぼアメリカ企業に独占されています。この状況ではなかなか世界的ベンチャーが育ちにくいです。

記者:そこまで日本が衰退してきたっていうのは、赤羽さんは一言でいうとなんだとみていますか?

赤羽:経営力がないことと、プログラミングが苦手、この2点ですね。日本企業の社長の経営力は世界的にみると低いと感じます。何名か例外的に素晴らしい方はもちろんいらっしゃいますが、一般的には意思決定がなかなかできない。意思決定しても、部下にやらせしめることができない。大きな事業構造改革を推進できない。IT・インターネットを戦略的に活用できない。

高度成長期までは欧米に見本があり、24時間戦って近いもの、より優れたものをつくるのがすごく得意でした。ところが、見本がないときに、独自に新しいモノを作り出す力が日本企業は弱い。今までのやり方じゃダメだと思っても、それを変えることが日本の経営者にはやりづらい。

ただ、これは経営者が交代したら改善するかというと、そういう問題ではありません。副社長に代わったり、何人か抜きで取締役が経営者になったりしても大きく改善するわけではありません。日本企業の経営制度の問題であり、経営人材育成上の深刻な課題から来ていることだからです。現に海外のグローバル企業で経営者や部門長になっている日本人が数えるほどしかいないのはご存じの通りかと思います。

一言で言うと、経営力のある人材を若いうちから育成し、活躍させること、そういう人事制度・組織運営体制を導入する企業が脚光を浴びるようにしていく必要があります。そのためには、経営が成り立っていないのに補助金や巨額融資で生かし続けようとする、官僚・政治家の問題は深刻です。

プログラミングにおいては、インド、中国、ベトナムやロシア、イスラエルなどではエンジニアの地位が高く、収入も多くなります。日本では、優秀なエンジニアの給料が決して高くなく、就職先としてもあまり人気がありません。

中高生の数学や物理のコンテストで、日本は世界上位です。だから日本人の頭が悪いとかエンジニア的センスが低いとかでは当然ありませんが、企業が優秀なエンジニアを高く評価し、他の人とは違う待遇を提供するかどうかに大きな課題があります。

記者:そのような日本の状況の中で、これからAIも活躍する時代になります。これから生き抜くために必要とされるニーズとは何だと思いますか?

赤羽:一番大事なものは、問題把握・解決力です。当たり前のように聞こえるかも知れませんが、全く当たり前ではありません。仕事上でもプライベートでも、困難な問題が生じたときに素早く、的確に把握し、どうすべきかを考えて最善手を取り続ける必要があります。

上司に期待したり、会社に期待したりしても、かなわないことが増えていきますので、自分で道を切り開いていくしかありません。自分と自分の大切な家族をどうやって守るか、経営者であれば、自分の会社をどう守るか、に全力を尽くさなければいけない時代になりました。

そのためには、最速で問題把握・解決力をつけることです。その具体的方法については、本やセミナーでさんざん話していますので参考にしていただきたいですが、何よりも、危機感を持って本気で取り組んでいくことしかありません。

「何だそんなことか」ともし思われたとしたら、多分そのレベルの危機感では到底足りないと思います。重要な意思決定のスピード、人材の抜擢のしかた、会議の無駄の省き方、優秀な人材にはより高額の報酬を払える人事制度、こういったものが今すぐ必要です。

そうすれば、個人は、あるいはある会社は生き残る確率がまだ高くなるのではないでしょうか。

記者:本日は貴重なお話をありがとうございました。


赤羽さんの情報はこちら

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https://b-t-partners.com/blog

【編集後記】
今回、インタビューを担当した高橋、岸本、坂村(カメラ)です。早い時期から日本の未来に対して問題意識を持たれ、実践されているその行動力にお話をきいて感動しました。
赤羽さんのさらなるご活躍を、心より応援しています!






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