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#テレビドラマ感想文 野沢尚(1998)『眠れる森』に関する一考察

先日、テレビで『眠れる森』の再放送があった。それをきっかけにして、いろいろなことを思い出した。

『眠れる森 A Sleeping Forest』は、1998年10月8日から12月24日まで毎週木曜日22:00 - 22:54に、フジテレビ系の「木曜劇場」枠で放送された日本のテレビドラマ。

主演は中山美穂と木村拓哉。 脚本家・野沢尚の手記によると1997年12月にフジテレビ第一制作部長の山田良明が野沢に「中山美穂と木村拓哉が主演の秋ドラマ」の企画を持ち込んだ所からスタートした企画である。

番宣コピーは「記憶だけは殺せない」

眠れる森 Wikipedia

今回の記事は『眠れる森』を観たことがない人には、さっぱりわからない記事なので、スルーしてください。あらすじは細かく説明していませんが、しっかりネタバレだけはしています(笑)

0.1990年代の脚本家と野沢尚

1990年代当時は、まだテレビの天下であり、ドラマにも勢いがあった。野島伸司や北川悦吏子がヒットメイカーで、三谷幸喜や井上由美子、中園ミホ、遊川和彦、坂元裕二が活躍していたように記憶している。2000年代からは、そこに宮藤官九郎や渡辺あやが加わるような感じで、今もこの面子であることに変わりがない気がする。(いやはや、仕事の椅子ってなかなか譲ってもらえないよね笑)当時はテレビガイドやテレビライフといったテレビ雑誌を買って、切り抜きなどもしていた。懐かしい。

そんななか、わたしがダントツに信頼していた脚本家は野沢尚である。特に『眠れる森』は毎週めちゃくちゃ楽しみにして、リアルタイム視聴をして、VHSテープに録画して繰り返し見た記憶もある。

だから、野沢尚が亡くなったときは、大きなショックを受けた。視聴率が30%のドラマを作れたとしても、人は絶望する。有名であっても仕事があっても、それで人は幸せを感じられるわけではない、という現実を突きつけられたような気がした。自分の才能と成功に酔いしれて自惚れることができたら、彼は死なずに済んだかもしれないが、あのような作品を生み出すこともできなかったのではないか。彼の作家性には謙虚さがあったと思う。

放送から25年経過した今『眠れる森』をじっくり見たら、どのような感想になるのか。ストーリーの大枠は覚えていたが、細かな描写は忘れていたということもあり、もう一度全話を通しで見た。当時のドラマは全12回である。

『眠れる森』主要な登場人物とキャスト
大庭(森田)実那子〈27〉…中山美穂
伊藤直季〈25〉…木村拓哉
濱崎輝一郎〈35〉… 仲村トオル
中嶋敬太〈25〉…ユースケ・サンタマリア
佐久間由理〈23〉…本上まなみ
国府吉春〈35〉…陣内孝則
濱崎麻紀子〈失踪当時33〉… 原田美枝子
濱崎正輝〈63〉…岡田眞澄
伊藤直巳〈55〉… 夏八木勲

眠れる森 Wikipedia

1.二大スター夢の共演であるがゆえの問題点

当時の中山美穂と木村拓哉はスーパースターであり、その二人が共演するというだけで大きな話題になっていた。だからこそ、この物語は大庭実那子(中山美穂)の視点で進みつつ、伊藤直季(木村拓哉)側の行動に焦点が当たる。二人が画面に映っていること自体が大事だったのだと思う。その分、ほかの登場人物たちの背景描写がものすごく簡潔になっており、15年前の一家惨殺事件がなぜ起こってしまったのかという動機付けの描写がちょっと弱い。あくまで主演二人のドラマであり、事件そのものを描くドラマではなかった。それはそれで仕方のないことだと思われる。

2.森田家の闇

1983年12月24日の夜、福島県で一家惨殺事件が起こる。唯一の生き残りは、小学生の次女。それが主人公の実那子であり、事件から15年が経過して封印されていた記憶が揺らぎ始め、フラッシュバックが始まる。実那子のフラッシュバックとして犯行現場の断片的な光景が何度も蘇り、挿入されていく。視聴者は血の海を何度も見させられ、恐怖だけは植え付けられていく。

まず、事件の被害者である森田家について。

森田実那子(事件後の姓は大庭)の父親である森田明仁は福島県御倉市の教育委員会委員長を務めたのち市議会議員に当選する。彼は地元の名士であり、有力者だった。そのような社会的な地位も金もある明仁は支配欲が強く、女性を屈服させないと気が済まない男性であったことが徐々に明らかになっていく。

妻の加寿子は、夫の明仁からモラハラなりDV被害を受けていたものと推測できる。夫にうんざりしていた妻は、長女の貴美子を生んだ後、以前から知り合いであった(伊藤直季の父親である)伊藤直巳と不倫関係となり、実那子を妊娠する。しかし、その不倫が明仁に露見し、実子ではなかったことを理由に実那子は明仁からの虐待を受けることになる。ドラマの描写の中では暴力による身体的な虐待しか描かれていないが、性的虐待があったとしてもおかしくない状況である。実那子はかなり不幸な子ども時代を過ごしている。

そのうえ、実那子が自分が父親から虐待されていることを打ち明けていたマサトくんという同級生の少年が、明仁によって川に突き落され殺されていたのではないか、という疑惑がある。当時、実那子とマサトくんが川辺で遊んでいた。実那子が別の場所に行っている最中に、マサトくんは濁流にのみ込まれ、流されてしまう。川を眺めている父親を発見した実那子は父親に助けを求めるが、彼は娘の声を無視してその場を立ち去る。マサトくんはそのまま溺死してしまう。妻が知らない男と不倫してできた娘が少年と仲良く遊ぶこと自体が許せない、という強烈な憎悪と支配欲がそこにはある。そして、当時市議会議員であった明仁は秘書に会議中であったと警察に証言させている。つまり、わざわざアリバイを作っており、証拠はないものの、限りなく黒に近い。地元の有力者であることから、捜査の手が及ばなかったのではないかとも、知人たちは証言している。

明仁は妻と娘の自由を許さず、コントロールフリークでもある。不倫が判明してからは、森林の保護活動のボランティアをしていた妻の加寿子に嫌がらせをするかのように、その森でのダム開発を進めようとする。不倫相手である伊藤直巳との縁を切らせたかったのだろう。結局、二人の関係が切れると、ダム建設の話は立ち消えになる。

それだけでなく、明仁は長女の貴美子が交際をしている国府吉春も毛嫌いし、別れさせようとしていた。彼は国府を大学退学に追い込むため、誹謗中傷のビラを撒くなどの嫌がらせもしており、常軌を逸している。父親の交際反対に思い詰めた二人は、一家惨殺事件が起きた夜、駆け落ちするつもりだった。二人が駆け落ちしなければならなかったのも、父親が娘の自由を許さない支配欲と、娘を所有物としてしか見ておらず未婚の娘がほかの男の所有物になることを嫌悪する、強烈な「家父長制」が背景にある。

『眠れる森』に通底するテーマは、男による女の所有である。男性が女性を支配し、所有するといった家父長制度の闇が描かれている。それが家父長制度と繋がっていることは、当時はわからなかった。というか、家父長制度という言葉すら知らなかった。ただ、今回見返しても、野沢尚がはっきりとその家父長制度を背景にした男性たちのふるまいを批判的に描いているとは思えなかった。ただ、「悪い家父長制」、「悪い所有」として描いていることは間違いない。つまり、「良い家父長制」、「良い所有」だったら、別にいいんじゃないの? というある種の暢気さも見え隠れする。ただ、ラストで実那子が一人になることは悲劇として描かれているが、過去からの解放を意味しているとも解釈できる。

女性は「良い所有」と「悪い所有」のどちらに当たるかは運次第で、「誰にも所有されない」という選択肢はなかった。そして、明仁は自分の知らないところで自分の所有物である女たちが楽しそうにすることすら許せない、という強烈なミソジニストであったのだろう。自分の知らない男どもに所有されることも許しがたい。事件の発端には「家父長制度」と「女性嫌悪」がある。

3.女を所有したがる男たち

この物語には、女を所有したがる男たちが何人も出てくる。

3-1.森田明仁

まず、前述した実那子の父親である森田明仁である。妻と娘二人を所有していると信じて疑わない彼は平然と暴力を使って、女子供を支配する。町の権力者であっとこともそれに拍車をかける遠因となっていたことだろう。

3-2.伊藤直季

次に伊藤直季(木村拓哉)である。森田実那子は事件後に、実父で精神科医である伊藤直巳に引き取られる。彼は催眠療法で実那子に記憶の埋め込みを行う。それは息子である直季の記憶であり、こうあってほしいという彼の願いも含まれた架空の記憶も混ざっている。自分と同じ記憶を持った女の子に親しみを感じ、自分の一部であると思う彼は、ある種のソウルメイトを探すような、スピリチュアルな側面もあり、かわいげもある。

しかし、自分の記憶を分かち合っている女の子を監視し続け、記憶が戻るかもしれない15年後に再会をしてケアとサポートをして、そのまま自分に似ている女の子と結ばれよう、という考えは、やはり気味が悪い。見続ける、自分の存在を知られることなく女性の生活を調べ続ける、という行為も、所有欲を満たすものである。盗撮や盗聴が行われるのも、所有欲や支配欲が満たされるからだと言われている。直季はストーカーであるし、自分だけが彼女を救えるというヒーロー願望も持っている。思い込みの激しさはあったものの、実那子が腹違いの姉であることがわかってからは身を引こうとする。ドラマの冒頭では薄気味悪い人物なのだが、徐々にまともになっていく。

3-3.中嶋敬太

三人目は、幼い頃から伊藤直季の親友である中嶋敬太(ユースケ・サンタマリア)である。彼はギャンブル依存症で借金を抱えており、借金取りに追われている。探偵のようなことをしてゴシップを売って暮らしている。大学時代から、直季の恋人であった佐久間由理(本上まなみ)のことが好きで、二人が別れたことから、自分にもチャンスがあるのではないかと淡い期待を抱く。

しかし、由理は直季に執着し、直季に拒絶されても、めげることなく会いに行く。由理の行動もストーカー的で、また男性に所有されることに必死である女性というのも、なかなか見ていてつらいものがある。対等な恋愛関係などでは全然ないからだ。もちろん、惚れた弱みであるのはわかるが、なぜ由理が直季に執着するのか、理由や過程が明かされていないので、しっくりこない関係性でもある。

そして、実那子が姉であることを知ってしまった直季は、「だったら結婚する相手は元カノの由理でいいや」という、短絡的な理由で父親に紹介しようとしていたりする。これも酷い話だ。

直季の写真から、15年前の一家惨殺事件の真犯人を知ってしまった由理の存在は、中嶋敬太にとっても邪魔だった。ネタを使って脅迫するのは、彼の飯の種でもある。結局、敬太は由理を殺してしまう。ただ、殺したのは金のためではなく、可愛さあまって憎さ百倍。自分が所有できない女に対する憎悪である。この殺人はフェミサイドに近い。由理の殺害を直季に追及された敬太は「俺の手で由理の人生、止めてやったんだ。俺の女になったんだ」「おまえから由理を奪ってやった。もう俺のもんだ」とうそぶく。

しかし、敬太がなぜ由理をそこまで愛していたのかの説明はない。大学時代の劇団サークル仲間であり、そこで友情と恋愛感情が育まれていたことは間違いない。なぜ敬太が由理に執着したのか。殺すほど愛していた理由は何なのだろう。

それは由理が、ライバルであり、親友である伊藤直季の恋人であったからにほかならない。だから、敬太は由理に執着したのである。「おまえから由理を奪ってやった」と正直に述べている。

ホモソーシャルな世界では、女をやり取りして、所有が行われる。それは、橋本治が『蓮と刀』で指摘していた夏目漱石の『こころ』の構造とまるきり同じなのだ。女を愛してなどいない。俺が認めた男が所有する女だから、俺が所有するに値する。あいつから奪って、あいつを見返してやりたい。このような三角関係で女は男同士のさや当てに過ぎない、という橋本治の論考に驚愕したことを覚えている。本作でも、この男女関係の構図がそのまま踏襲されている。

そして、そのことを最も批判的に描いているのは、1000年前の紫式部の『源氏物語』の宇治十帖における薫と匂宮と浮舟の関係だったりする。男たちが自分を愛していなかったことを悟った浮舟は出家して、薫に復縁を迫られても拒絶する。誰にも所有されないことを女に選ばせた紫式部って、やはり天才過ぎるかもしれない。

3-4.濱崎輝一郎

四人目は、15年前の一家惨殺事件の真犯人である濱崎輝一郎(仲村トオル)である。彼は実那子の婚約者である。彼も伊藤直季と同じく、実那子の動向を監視していた。犯行現場を目撃した唯一の人物が、森田実那子だったからで、彼は実那子が事件の真相を告白したり、急に思い出して暴露することを恐れていた。

偶然を装い、実那子と再会した濱崎輝一郎は交際を始める。それも監視の一環に過ぎなかった。そして、伊藤直季が現れ、事件の実那子のフラッシュバックが始まっているにも関わらず、輝一郎は何食わぬ顔で、結婚式の準備を進めていく。エリート商社マンである彼のことを実那子も信頼しており、第1話の冒頭では二人の関係がコミカルに描かれ、かなり幸せそうなカップルだった。

輝一郎自身も底知れぬ闇を抱えている。母親である濱崎麻紀子(原田美枝子)は33歳で失踪している。失踪宣告がなされ、法律上ではすでに亡くなっている。ただ、この母親もかなりの狂気の人である。偉大な画家である夫と同様に息子にも絵を描かせているのだが、自分のヌードを描くように息子に強要していたのである。これは明らかに性的虐待である。もしかしたら、それ以上の虐待が行われていたのかもしれない。もしかしたら、母親は失踪したのではなく、濱崎正輝(岡田眞澄)によって殺害されたのではないかという疑念もわいてくる。(ただ、ドラマ上ではそのような仄めかしもないので、完全にわたしの妄想である)

輝一郎が一人きりになると母親が現れ、彼に語りかけてくる。今も昔も、母親に支配され続ける息子であることが浮き彫りになってくる。それこそが、輝一郎の女性嫌悪を増幅させた装置のようにも思える。

当時、森田貴美子は国府吉春との付き合いを父親に反対され、駆け落ちすることを決めていた。輝一郎は貴美子が好きだったが国府吉春には敵わないと交際をあきらめていた。このドラマは肝心の輝一郎が貴美子に恋するようになった理由などは描かれない。ライバルと目する国府吉春が付き合っている女だから、好きになったのだろう。国府吉春から女を奪ってやりたい。つまり、その女性の個性などは問題にはならず、むしろ女性に当事者性はなく蚊帳の外にいる。自分が認めた男が所有する女がほしい、というホモソーシャルな欲求、男同士の権力闘争から生じている。

これは伊藤直季、中嶋敬太、佐久間由理の三角関係の構造とまったく同じで、合わせ鏡のように配置されている。野沢尚が男性の所有欲と暴力を脚本の軸にしていたことは間違いない。

輝一郎にとって、森田貴美子が国府吉春と結ばれることだけは我慢ならない。ただ、貴美子は自分に振り向いてくれそうにない。だったら、貴美子とその家族を殺害して国府吉春を一家惨殺事件の犯人に仕立て上げよう。一家惨殺事件の動機は、自分のライバルであり、自分より優れている男を奈落の底に突き落したい、という欲望だった。それだけでなく、自分に所有されることを拒んだ女性を罰するために殺したのだと考えると合点がいく。貴美子は輝一郎にとっては、国府吉春の女に過ぎない。もちろん、町の名士の娘であり、芸大に入学すると目されていたヴァイオリニストであったことも、彼女をモノにしたい理由に一つの要素にはなるが決定打にはならない。あくまでも、国府吉春の女であるからこそ、欲しかったのだ。だからなのか、貴美子がどのような人物であったのかはドラマ上ではほとんど言及されない。

輝一郎は貴美子を所有できた喜びを嬉々として語る。「貴美子の体にナイフが入っていく感覚が忘れられない」とのたまう。これはセックスのメタファーでもあるだろう。セックスで所有できないのなら命を奪って所有するという、おぞましい執念である。

4.記憶を与えたと思い込みたい二人

最後にヒロインである大庭実那子に戻る。

森田実那子は当時父親から虐待を受けており、一家惨殺事件の犯人の唯一の目撃者でもある。これらのトラウマを消すために精神科医の実父の伊藤直巳による催眠療法を受け、伊藤直季の記憶を埋め込まれた。伊藤直季は思い出を共有している彼女を自分の一部だと思い、家族のような親しみや近しさを感じ、年齢が近かったことから、彼女に思いを募らせ、彼女の人生を監視するようになる。

一方の輝一郎は「実那子の心の闇を作ったのは自分であるがゆえに、実那子の所有を実感できるからこそ彼女が愛おしい」と述べる。あまりにも歪んでいるが、母親の支配に苦しんだ息子が、自分より弱い誰かを支配したいと願うのは当然の欲求であるのかもしれない。

実那子に対する執着を抱えた二人も、また合わせ鏡のような存在である。二人は、「記憶」によって女を支配できたと思い上がっている。貴美子と同様に、ヒロインである実那子にも実体があるようでない。彼女は何度も自身の「記憶」に立ち向かおうとするものの、その「記憶」に翻弄されるばかりで、ヒロインとしての主体性にやや欠ける。

直季も輝一郎も実那子の過去を嬉々として語るのだが、それは彼らの目を通したものでフィルターがかかっている。やはり、実那子自身が自分の人生を語るべきなのだと思わされる。男性二人の解釈や思い出など、何のあてにもならない。

5.放送当時、夢中になった理由

今回、ドラマを見返して、結構序盤から、真犯人がわかったのではないか、というような気がした。国府吉春が思わせぶりな行動を取り続けるので、まんまとそれに攪乱されてしまっていた。当時は、犯人は誰なのだろう、とわくわくしながら真剣に見ていた。小道具も魅惑的だった。フラッシュバック、記憶の埋め込み、怪しいサンタクロース、鬱蒼とした森、殺人事件の時効、思わせぶりなオープニング映像。今聞くと劇伴はかなり大仰だ。

また、このドラマで強い印象を残したのは、今も昔も濱崎輝一郎(仲村トオル)と中嶋敬太(ユースケ・サンタマリア)である。「女を自分のものにするために殺した」と堂々と宣言した二人がすごく怖かった。

ストーカー殺人の犯行動機は、相手を従属させたい、罰したいという「所有欲」であることがほとんどだ。支配欲、女性嫌悪、家父長制が生み出した社会文化による殺人だ。男が女が反抗的な態度を取った、生意気だと腹を立てるのは、女は従順な態度で男に従うべきだという規範があるからなのだ。そして、この規範は結構いまだに根強い。

また、このドラマでユースケ・サンタマリアを知ったと思うのだが、「クソみたいな人生だった。もう生きるのなんか、たくさんよ」と軽口をたたいて、人生に絶望するさまは見事だった。直季は「人生はやり直せないけれど生き続けろ」と言うのだが、敬太を止めることができない。

今回、はじめて気付いたのだが、第1話で直季の部屋のドアの前にハイライトの吸い殻が落ちている。直季は「人の家のまえで吸い殻を捨てるな」と敬太に説教をする。そして、これが第11話で敬太を犯行現場で問い詰めるときの「あれ? 吸い殻が落ちてる。ハイライトだ」という描写に繋がっている。この伏線には当時はまったく気付けなかった。さすが野沢尚!

すべてが終わると、国府吉春の復讐に脅える濱崎輝一郎は精神が崩壊する。その頭の中では母親の「あなたは生き続けなさい。そのためにあなたを生んだんだから、生き続けなさい」という言葉がこだましている。輝一郎は歪んだ母親の愛情に支配され続けた人物としての末路を迎える。やはり、一家惨殺事件の犯行を悔やんだり、罪悪感は覚えていないようである。やはり、人間は反省なんかしないのかもしれない。

6.もし、リメイクするなら…

もし、リメイクするなら、森田家、濱崎家が抱えている問題がもっとわかるようにエピソードを補足してほしい。それだけでなく、国府吉春、濱崎輝一郎、森田貴美子との関係性、大学時代の伊藤直季、中嶋敬太、佐久間由理の関係性がわかるエピソードを作ってほしい。

8,500字も書いてしまった。ドラマを未見の人には何が何だかわからない記事だったと思うし、ドラマを見ている人にも「うるせえな」という記事になってしまっているかもしれない。でも、まあ、このnoteはわたしの城なんだから、わたしの好きにさせてほしい(笑)

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