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「思いやりで社会を変える。飲酒運転ゼロを目指して!」NPO法人はぁとスペース代表理事 山本 美也子

日時:平成30年7月13日(金)13:30~15:30
場所:かでる2.7 かでるホール(札幌市中央区北2条西7丁目)

【司会】
 平成30年「飲酒運転根絶の日決起大会」の基調講演として、NPO法人はぁとスペース代表理事 山本 美也子(やまもと・みやこ)様をお迎えいたしまして、「思いやりで社会を変える。飲酒運転ゼロを目指して!」と題しまして、ご講演をいただきます。

 山本様を簡単にご紹介させていただきます。
 山本様は、障害者も健常者も一緒に楽しく生活できる思いやりスペース作りをめざし、2010年3月「NPO法人 はぁとスペース」を設立されました。
車いす優先駐車場のマナー啓発運動や、障害者スポーツの支援などを行っていらっしゃいます。

 設立して約1年後の2011年2月。
当時16歳の長男寛大(かんた)さんとその友人を、飲酒運転事故により奪われました。
その直後から「飲酒運転撲滅活動」を始められ、命の大切さや、加害者も被害者も作らない事を訴え、講演活動を行っていらっしゃいます。
さらに地元の小学校では、読み聞かせのボランティア活動なども行っていらっしゃいます。

 また、夫の山本浩之(やまもと・ひろゆき)さんは、車いすマラソンのアスリートとして、世界で活躍されており、北京、ロンドン、リオデジャネイロのパラリンピックへ出場されました。
2013年4月のボストンマラソンでは優勝を飾っていらっしゃいます。
 ジュニアの陸上教室を主催し、子どもたちの指導も行っていらっしゃいます。

それでは、山本様、よろしくお願いいたします。

【山本代表理事】
 皆さんこんにちは。
 山本でございます。
 今日は皆さん方の本当にお忙しいこの貴重なお時間に私にお話をさせていただく機会をいただきましてありがとうございます。
 最後まで真心こめてお話させていただきたいと思っておりますのでどうぞよろしくお願いします。

 昨日博多から参りました。
 福岡は本当に雨が凄くてですね、いろんな被害もたくさんありました。
 こちら北海道でも今年は雨が多いと聴いております。
 皆様のお近くではどうでしょうか。

 もし被害にあわれた皆様がいらっしゃいましたら、心からお見舞い申し上げます。
 先ほどもちょっとご紹介いただきましたように、私どもは「NPO法人はぁとスペース」というのを設立して、もう8年になるんですが、実は長男の事故の前からありました。

 先ほどもちょっと紹介していただきましたが、主人が車いすマラソンをしていてですね、二十歳の時の交通事故です。
 本人はバイクに乗っておりました。
 後ろから乗用車に追突をされて中央分離帯に背骨をぶつけ、その日からもうずっと30年車いすに乗っているんですけどね、なんとスポーツを頑張る障害者になりました。

 腕だけで42.195キロを走り抜く、そんな車いすマラソンのアスリートをしているんですが、なんと今世界ランキング2位ですよ。
 ちょっと凄くないですか。
 去年の北海道マラソン優勝したんですよ。
 あら皆さん知りません。
 あれおかしいな。

 今年の東京マラソンでも優勝いたしました。
 なんと52歳のおっさんなんですよ。
 もう凄い頑張ります。
 世界中のマラソン大会を走って賞金を稼ぐという、物凄い不安定な賞金レーサーですけど、それでも頑張っています。

 世界中のマラソン大会を出ます。
 でもやっぱり生活の中でちょっと困ったなってこともあります。
それは車いす優先駐車場という車いすの絵の書いてある所に、なかなか障害者の人が停められないという現実がありました。
私はとっても節介な主婦なのでいつも注意をしていたんですよ。

「すいません、そこは車いすを停めるとこなので停めないでください。」と言っていました。
でも怒られるのは私の方です。
「今日は俺だって足が痛いんけん、障害者たいじたいったいんしゃ」です。
「はがいいねぇ」と思っていました。
バスに乗るのも大変なんですよ。

主人は一歩も歩けませんからはってバスに乗り込みます。
その後「よいしょ」と車いすを乗せると時間がかかります。
乗っているお客さんから文句を言われます。

「はよしてくれんかね」って言われて私も負けていませんからね「障害者だってバスに乗りたいときは乗るったい」って大声で喧嘩もしていました。
ちょっと前の私はですね「誰もわかってくれない、理解してくれないし協力もしてくれない」って、その誰も協力してくれないことに対してくれない族のように文句を言っていました。

じゃあそのくれないことに対して私はちゃんと説明しているかなぁって思ったんです。
車いす優先駐車場の幅が広いのには訳があります。
それは、主人もそうですが、車いすの人も自分で運転できるんです。
主人は手動式のブレーキとアクセルのついた車に乗っています。
ドアを全部開けなければ中から自分で車いすを下すことが出来ないので、あの広い駐車場が必要なんです。

また、世の中にはご夫婦そろって車いすという方達もたくさんいらっしゃる現状を知ってもらおうと思ってNPO法人はぁとスペースを設立して、夫婦で講演活動していました。

車いす優先駐車場に停めている人と喧嘩をするより、停めない人を増やそうって思ったんです。
そしてその1年後に我が家の長男の事故があったんです。

我が家の長男が事故にあってもう最初に作った車いす優先駐車場に停めている人と喧嘩をするのはやめよう。
停めない人を増やそうという信念は変わりませんでした。

 だからこそ、飲酒運転をしていることに本当に悔しい思いも悲しい思いもたくさんしますが、そうではなくて、しない社会に変えていく、それは私たちの声でたくさん声があがればあがるほど、命が大切だからこそ、飲酒運転をしないという社会に変えていかないといけないなぁと思って、その活動に飲酒運転撲滅を加えて頑張っているんです。

 そもそもですね。飲酒運転は0なのが当たり前なんですよ。
 「撲滅しよう」とか「追放しよう」とかそんな問題じゃありません。
 ないのが当然なんです。
 その当たり前の社会にまた戻っていく。ちゃんと大人が考える。
 そんな社会になれるように私も精いっぱい頑張っているところです。

 最初に見ていただく動画はですね、そんな主人の頑張りと私どもは障害のある子供たちの陸上教室を長いことしております。
 NPO法人はぁとスペースの自己紹介代わりにかっこよく映像を作ってまいりました。
 2年前リオデジャネイロパラリンピックにも行ったんです。
 では、電気お願いします。

≪動画上映≫
 
 はい、電気お願いします。
  どんなに障害を持って生まれても2歳くらいになるといろんな形で車いすに乗り始めます。
 私は野球がしたい、サッカーがしたい、そして人より早く走ってみたいという、願いをかなえてあげられるのは私たち大人の役割です。

 子供たちが乗っている競技用レーサーは意外と高くてびっくりします。
40万もするんですよ。
 なので私たちのようなNPO法人がたくさんの企業の皆様からの真心をお預かりし、競技用レーサーをたくさんそろえる。
 そんな活動もしています。

 それでは2011年2月9日我が家に起こった話をしたいと思います。
 2月9日とっても寒い日でした。
 私は近くの小学校で読み聞かせのボランティアを始めてもう15年になるんです。
 今も行っています。
  その日だけは朝早くに家を出ないといけません。

 長男の寛太っていうんですけどね、寛太のお尻をパーンと叩いて、「今日は母ちゃん早くから家を出るよ」って言いました。
 顔も見ませんでした。声も聞きませんでした。
 「朝ごはんはここよ」と言いながら、バタバタと私の方が先に家を出ます。

 読み聞かせ終えてNPO法人の話し合いをして、お昼の3時から7時までは看護師さんとして病院で働いていました。
  その日は院長先生に、「今日は長男は明日高校のマラソン大会があるので今夜だけはお友達の家に泊まりに行くんですよ」って言ったのを覚えています。

 夜の11時23分に私は長男にメールを打ちました。
 だいたいお友達のところに行ってろくなことはないからですね。
 「明日のマラソン大会はちゃんと行くとよっ」と言う鬼の様な母ちゃんのメールです。
 珍しくメールの返信はありませんでした。

 事故にあったのが11時9分と聞いていますので、私のメールはもう見ることはなかったようです。
 私たちのところに連絡があったのは日付が変わった夜中の2時30分、「息子さんが事故に遭いました。即死です。」っていう電話を警察署からいただきました。
 まったく状況がわからないまま、病院に行き主人が「間違いありません。」と言いました。

 包帯でぐるぐる巻きにされて、なんで死んだかわからんくらいにっこり笑っている長男の顔を見て「あんたはだいたい何ばしよったと」って言いました。
 16歳という多感な年頃なので、横断歩道を飛び出したんじゃないかとか、赤信号を渡ったんじゃないかと気になって、すぐにお巡りさんに伺うんですけど、お巡りさんも「まだお話しできないんですよ。」って言いました。

 いろんなところに連絡をして一旦マンションに戻ります。
 マンションに帰ったのが朝の8時半くらいだったでしょうか。
 「ピンポーン」とマンションのチャイムが鳴り「はい」とドアを開けた時にはもうまるでワイドショーの様に、テレビカメラとマイクが向けられて「お母さん、息子さんは飲酒運転の車にはねられたんですけど」って私マスコミの方から聞いたんですよ。

 「ただの交通事故じゃなかったんですか」って言いました。
 我が家はとんでもないことに巻き込まれたんだと思いました。
 慌ててお葬式をするところに行くともっとたくさんのマスコミの方がいました。

 新聞記者の方が私に言いました。
 「お母さん、新聞に書いても書いても飲酒運転が無くならないんですよ。
だからお母さん頑張ってインタビューに答えていただけませんか」って言われて、私そのマスコミの方に「長男はお友達の家に行っていたんですけど、もしかしてもう一人高校生がいませんでしたか。」って聞くと「一緒にいた高校生も、朝方病院で亡くなりましたよ」ってマスコミの方に教えてもらい、本当に高校生二人があっという間に命を奪われた現実を知りました。

 テレビカメラの前に踏ん張って、「飲酒運転は殺人です。」って「なんも悪いことしていない高校生二人があっという間に命を奪われる無差別殺人と一緒です。」って言ったのが、全国のニュースで流れていたと後で知りました。

 高校のマラソン大会は中止になりました。
 事故の当日、一緒に亡くなったはやと君というお友達はサッカー少年だったので、高校が終わって、いつものように小学生とサッカーをして、みんなが集まる駅に行きました。

 我が家の長男は、高校が終わって、スーパーのお肉屋さんでアルバイトをして、余った唐揚げをたくさん持って、みんなが集まる駅に行きました。

 駅では明日行われるはずのマラソン大会についてひとしきり話した後、彼ら二人だけが自転車を取りに行っている最中、事故に遭ったと聴いています。
私は、亡くなってしまった二人が一番伝えたいことがあったとしたら、私に教えたいことがあったとしたら、それは明日が当たり前に来るということはないということ。

 そして今こうやって皆さんと共に生きているというこの瞬間瞬間が、まるで奇跡に近い様な素敵な時間で、だからこそ私たちはこの奇跡の時間を一生懸命に生き抜いていかないといけないというのをなんだか彼らに教えてもらったような気がします。

 お勉強は大っ嫌いでした。

 よう学校から電話がかかってくるような、近所のおいちゃん達からも怒られるようなそんな子達でした。

 でも、彼らの口癖が、「俺達友達がたくさんおるっちゃん」っていう口癖どおりになんとお通夜とお葬式にはですね、1500人もの皆さんに来ていただいて、私びっくりしたんですよ。
こんなにもたくさんの皆さんに囲まれて、彼らは生きていたんだなと思いました。

 でもその1500人の皆さんから聞く話は、私の知らない事ばかりです。
好きな女の子の事や、学校での様子、先生の話、正直ですね、私もっともっと彼らと話をしておけばよかったなぁって今でも思います。

 皆さんはどうですか。
 大切なお家の家族の皆さんと、大切な職場の仲間の皆さんと、たくさんお話していますか。
 私は、長男の事故から心に決めたことが幾つかあります。

 その中に「ありがとう」と「ごめんなさい」はその日のうちにちゃんと相手に伝えていこうということです。
それが自分なりに一生懸命生きていくということに繋がるかなって思っています。
生きているとですね、ありがとうの連続なんですよ。

 落ちたペンを拾ってもらっただけでも「ありがとう」なんです。
 ドアを開けてくれただけでも「ありがとう」で、おいしいお弁当を、作ってもらっても「ありがとう」だし、そのお弁当が食べれる自分の体にも「ありがとう」なんです。

 目が見えて、耳が聞こえて、手が使えて、足が動いてちゃんとここまで歩いて来れる、それ自体、本当に奇跡のような「ありがとう」がたくさんなんです。
 私はたくさんの「ありがとう」を言える人生は、きっと自分も「ありがとう」言ってもらえる人生に変わるかな。って思いました。

 それは「ごめんなさい」も一緒です。
また、「行ってきます」と「行ってらっしゃい」は相手の顔をちゃんと見て、「無事に帰ってきてね」の願いを込めてきちっと言おうというのも、あの日から心に決めていることなんです。

 本来ですね、「行ってきま~す」という言葉は、ちゃ~んと行って帰ってきますという言葉で、そこに「ただいま」がセットなんですよ。
「いってきます」「いってらっしゃい」「ただいま」までが、当たり前の様で言えていることも少ないです。

 でも、職場の中で例えば外に営業に行く人が「行ってきます」と言うと、忙しい事務の手も止めて、行く人の顔をちゃんと見て、「気をつけてね」って言うだけで、事故が減るんだったら、こんなにお金がかからなくて簡単なことはありません。

 そうやって、日々当たり前なことを馬鹿にせずにちゃんとしていく、それが絶対に大事になってくるんだろうなと思います。
私たちはですね、元々NPO法人があったので、その活動に飲酒運転撲滅を加えて何かステッカーでも作ろうかなって思った時に、このハートではなかったんですよ。

 最初にデザインが上がってきたのはですね、飲酒運転という文字に、大きな×が書かれたデザインが上がってきました。
でもその×を見た時にですね、話しの冒頭で申し上げましたように、私は障害者である主人からたくさんの事を学んでいました。

 それは、人に怒りや憎しみは通用しないということ、思いやりを持って活動していけば、その輪は必ず広がっていくということを学んでいたので、ハートでいきたいと思いました。

 3つのハートが重なっています。
 大きいハートは一緒に亡くなった体の大きいはやと君。
 中のハートが我が家の長男です。

  でもですね、今日私、北海道来れたということは、九州、遠い九州から、私が来れたということは、きっと北海道での、悲しい思いをした、あのお空のたくさんの被害者の皆さんは、我が家の長男が大変今お世話になっていると思います。

 お空の上で、きっと言っています。
 北海道の皆さんと仲良くしてもらって「おばちゃんこのハートのステッカー広めてね」ってなんだかそんな風に言ってもらえた気もしてですね、私は今日はですね図々しくこのステッカー物販をさせていただける許可をいただきました。

 寛太の話の寛太の母ちゃんの話ば聞いて、「やっぱ飲酒運転っちゃようないよね」って、思ってくださる方は全てハートの思いと一緒です。
 だからこそ、皆様の大事なお車に、そしてパソコンやスマホ自転車やヘルメット、いろんなところにハートの思いとして、飲酒運転はゼロが当たり前、そんなステッカーをたくさん皆様のおそばに置いていただけたら、ありがたいなと思っております。

 1枚300円です。旗とかも用意してます。是非よろしくお願いします。
 そしてですね、私がお話をする中学生、高校生、大学生の若い学生さんにはステッカーは無料で、大人に人にはお金をもらってますけど、子供たちには無料で渡していきたいなぁってずっと思っていてですね、それを叶えていただいたのが、ある自動販売機なんです。

 今日この後キリンビールさんお話されますが、私がお世話になっているのもキリンビバレッジさんで飲料メーカーの自動販売機の会社なんですが、普通なら横にキリンと書いてある文字を、全部取ってこのハートのストップ飲酒運転に入れ替えていただいて、なんとですね、全国に320台も置いていただいてですね、もう大変図々しい母ちゃんなので、いろんなところに営業にも行きます。お声をかけていただいたらすぐに行きます。

 そして、たくさんの皆様に、看板代わりに、そして美味しいジュースを買っていただいた皆様からのお金が、私がお話しする高校生、中学生、小学生に全部行きます。
 7年間で配ったステッカーは13万枚を超えたんです。
 13万枚を超えるとですね、いろんな現象も出てきます。

 中学生で聞いてやっぱりおばちゃん大学にも来たね。みたいな。
 大学で聞いて警察学校にも「わぁ、おばちゃんおりましたね」って、なんかそうやっていろんなところで繋げていただいてですね、それでも、子供たちちゃんと聞いてくれます。

 感想文もくれます。
 先日、ある工業高校に行った時にですね。
 工業高校の子が私の所に来て言いました。
 「おばちゃん、僕は車が大好きなので、車の工場に就職をします。
 僕が大好きな車が、人の命を奪う道具になっては絶対いけないので、おばちゃん、このステッカーを持って、僕は愛知に就職します。

 そして、おばちゃんの思いを、たくさんの皆さんにも伝えていきます。
 だからおばちゃん頑張って。」っと言っていただいてですね、そんな思いを私も、たくさん応援をいただきながら頑張っているんです。
 でもですね、やっぱり子供たちの感想文を見ていると思います。
 おばちゃんの話を聞いて、「初めて飲酒運転が犯罪であるということを知りました。」
 と書いてきてくれる子供たちがたくさんいるんです。

 話には続きがあります。
 「だって、俺んちの父ちゃんも母ちゃんもみんなで焼き肉屋に行った時、父ちゃんも母ちゃんもビール1杯づつ飲んで俺に言っていた。
 いいかお前ら、ビールは1杯だけやったらいいとぞ。っていって父ちゃん運転していました。

 山本さん、あれも飲酒運転なんですね。」って書いてあるので、「そうよ」と伝えています。
 すると、この間小学校4年生の男の子がですね、「はい」と質問をしました。
 「どうぞ」と言うと、「山本さん、夕方のニュースでよく基準値の何倍とか、0.15とか、数字が書いてありますが、あの基準値というのは何なんですか。」と小学校4年生の子が私に聞いたので、私はちゃんと答えています。

 「0.15というのは、刑事的罰を決める問題なだけで、本来0.15まで飲んで車を運転していいわけではないんですよ」と伝えています。
 「そもそも道路交通法65条の中に、誰人も酒気を帯びて車両等、自転車、バイク、車、一滴でもお酒を飲んで車、自転車、バイクを運転してはいけないと決まっているんですよ~」って子供たちに伝えます。

 でもですね、子供たちにも言うんです。
 「こうやって法律が厳しくなったのはごく最近で、やっぱり知らない大人の人たちがいるからね~、子供たちからもちゃ~んと大人の人に伝えてね~」って言うと、「わかった~」って言ってくれるので、やっぱり子供たちに伝えていくということは、本当に大事じゃないかと思っています。

 では電気お願いします。
 我が家にはですね、実は犬がいてですね、その一匹が柴犬なんですけど、もしかしたらこの柴犬のこゆきさん、見たことがあるかたもいるかもしれません。

 亡くなった長男ととっても仲良しでした。
 これは長男が小学校4年生の時です。
 Tシャツの中に入れられているでしょう。
 どこに行くにも一緒でした。

 そして中学校の部活はハンドボール部でしたが、部活でどんなにきつくても、高校で遊びでどんなに遅くて、こゆきさんの散歩だけは行っていたので、こゆきさんも長男の事が大好きでした。

 「長男が突然いなくなったのでこゆきさんお仏壇の前で寝るんですよ~」というのを、いろんなところに言った時、「こゆきさんにも言いたいことがあるはずだ」といって、なんとあの有名な番組、志村どうぶつ園に出たことがあるんですよ。

 動物と話せるハイジさんという方がいらしてですね、ハイジさんがわざわざ我が家に来てくれました。
 ハイジさんが何故こゆきさんがお仏壇の前に座っているのか聞いてくれると、「お母さんである私が笑顔になるからこゆきさんは座っています」と言いました。

 そして、「こゆきさんから何か言いたいことがないですか」と言うと「ごめんなさい」と言いました。
 それは、「こゆきさんと寛太君が散歩に行った時、寛太君はちゃんと家に戻ってこれた。寛太君が戻ってこないのは私が一緒じゃなかったからだ」ってずっと思っていたそうで、なので「交通事故で帰ってこないんですよ。と伝えてください」と言うと「教えてくれてありがとう」と言いました。

 それから不思議とお仏壇の前では座らなくなってですね、今年の春、13歳でこゆきさんは天国に行きました。
 今頃お空の上で長男と仲良く散歩していると思います。
 素敵なCMが三本出来ました。
 見てください。

≪動画上映≫

 はい、ありがとうございます。
 写真集にもなってですね、今日ちょっと本も持ってきています。
 もし興味のある方は、お声かけてください。
 21歳になりましたと出てきてくれたのは、彼らの本当の同級生です。
 中学校高校のとっても仲良しでした。

 最後に出てきた子は、「夢を叶えました」と言っていた子は、今、福岡県警のお巡りさんになっています。
 今年の命日の日にですね、彼は忙しい中、毎回やってくるんですけども、「おばちゃん報告があります。やっと交通課への希望がとおり、交通課に配属されることになりました。

 飲酒運転の検挙も出来るようになりました。少し頑張っているので、寛太にも報告に来ました」って言っていてですね、「あんた偉いね~」っちゅうてですね、本当に私はたくさんの皆様に背中を押されて今もこうやってきています。

 遺族になってからは、本当に大変で、生活が一変しました。
 一人ではとても生活は出来ていけません。
 そして生きることも出来ません。
 それは皆様の人生も同じかもしれません。

 それでも、たくさんの皆様に、支えていただきながらいろんな皆様にも、お声をあげていただける、そうやって社会が少しずつ、動いていくんじゃないかなと思っています。

 でもですね、本当に飲酒運転が全国無くならなくって、北海道だけではないんですよ。
 北関東も、大阪も福岡の九州も全然飲酒運転減っていません。
 去年ですね、福岡県で飲酒運転として、検挙された人なんと1440件、多いでしょう。

 たぶんでもですねこれ氷山の一角なので、0が2つくらいまだ付くんだと思います。
 事故は213件だったかな。
 最高に減ったんです。

 でもですね、福岡県も飲酒運転撲滅の条例、我が家の事故のちょうど1年後に作っていただいて、2012年に出来たので今年で6年目です。
 最初は全然減らなくて、どんどん検挙者も増えるし事故も増えるし、「こらもほんとにどうしたもんかいな」ってみんなで悩みました。

 福岡県警と福岡県庁と私たち活動する遺族と企業の皆さんともう何度も何度も話し合って、「あ~でもないこ~でもないあ~でもない」でもですね、やっぱり思ったんです。

 「すぐに0になってしまえば、すぐにまた100になるかもしれない。
 やっぱり0になる過程が大事であって、しっかり根を張って、基層基盤を作って、0になっていくということが、大事なんじゃないですかね~」ってみんなで話してですね、そうやって本当に歯を食いしばってたくさんの皆様と頑張っている去年1年間だけなんですが、なんと2017年福岡県飲酒運転での死亡事故が初めて0になりました。

 これはですね、統計史上初めて、1965年の統計上初めてですよ。
ということは、50何年もの間、0になってなかったということなんです。

 今日皆さんのですね、袋の中にフリーペーパーが入っています。
 トモスと言うフリーペーパーなんですけど、これは、私どもNPO法人はぁとスペースから発信しています。
 年に3回出ます。

 その年に3回5万部、全国にいろいろお送りしているんですが、そのフリーペーパーのトモスと言う名前はですね、ともに素敵な生き方をという願いを込めているんですが、そのともに素敵な生き方が、被害者にも加害者にもならない、そんな生き方です。

 さっき言った、飲酒運転が0になったという記事は、一番最後の所に挙げています。
 これが福岡市と、企業体とですね、ずっと頑張っていて、あの一旦市民の会は解散して別の会という形で活動が成果を上げたということで表彰式があったんです。

 それの事が載っているんです。
 飲酒運転撲滅に関するいろんな団体、情報を載せています。
 大阪も飲酒運転とっても多いんですけど。SDDと言って大阪城ホールで、毎年コンサートをしているんですよ。
 その様子も今回取材に行きました。

 そしてですね、次回9月25日にもこのトモス出るんですけど、先日砂川高校に実は取材に行きました。
 6月4日、砂川高校がずっと取り組んでいる、旗の道ですね。
 あれを取材させていただいたんです。
 暑い中子供たち、あの長い国道を、全校生徒で立って活動していたそうです。

 取材に行った私たちのスタッフは、その姿に涙が出たと言っていました。
 こんなに子供たちが飲酒運転をやめてっていう、プレートを持って、ずっと道路に立ち大人の人たちに訴え続けていく、その姿をもっともっと大人の人たちは知らないといけませんね。

  やっぱりトモスで、いろんな皆さんに知っていただきましょうということで、9月25日に掲載予定です。
  お帰りにですね、もし名刺をいただければ、私どもの方から郵送させていただきますので、受付にでも名刺を置いていただければ、9月25日発刊の物がお届け出来ると思いますのでよろしくお願いします。

 でもですね、なかなか飲酒運転がどんなに危険なものか体験をするということも難しいんです。
 私はですね、学校や企業に伺った時にですね必ず持っていくのが、この酔っ払い眼鏡なんですけどね、この場で酔っぱらってしまうという素敵なアイテムなんです。

 この眼鏡をかけると本当に酔っぱらいます。
 ではですね、ちょっとここでどなたかに体験をしていただきたいんですけど。
 ちょっと体験してみたい人というと、小学生はいっぱい手が上がるんですけど、大人の皆様ではですね、なかなか手が上がりません。

 マスコミの方でもいいですけど、ここマスコミ席ですか。
 体験してみます~。
 よかったら前の方にどうぞ。
 女性の方ですけど、はい、では拍手ですいませんお迎えください。
 若い女性の方です。
 すいません。せっかくなのでアピールしときましょう。
 社名とお名前お願いします。

 NHKの新人の広瀬と申します。
 NHKさんです。新人さんです。若いはずです。
 まぁ素晴らしい。じゃあちょっと中央の方に来ていただいて。
 お酒は飲みますか。

「はい。」
はい。かわいらしくですね。
ありがとうございます。
ではですね、私の方を向いて、眼鏡かけてもらっていいですか。
大丈夫ですか。はい。ではちょっと皆さんの方を向いてもらって、大丈夫ですか。

見える範囲とかわかります。
「だいぶぼやけますね」
たいぶぼやけますねということです。
ではですね、ハイタッチをしたいと思うんですけど、いいですか。
私の手ここにありますからね。
じゃあハイタッチしましょう。

「せ~のハイタッチ」
「あれ~」「フフフフフ」
「あれ~そうなんですよ」いやいや私の手もう一回ここにありますからね、いいですか、はいでは
「ハイタッチ」
「あら~そうなんですよ」握手しましょう。
ではお願いします。
「握手してください。」
 「あ~そうですそうです」
 やっとですよね。

 ではちょっと、ハイタッチが合わなかった状況をちょっとだけ解説をしていただきたいんですけど、手の位置と、自分の手の位置、記者さんのですね、がずれていったかなと思うんですけどどうでしょう。

 「そうですね、なんか自分ではハイタッチしたつもりだったんですけど、そこに手がなかった」
 素晴らしい。眼鏡とっていただいていいですよ。
 自分ではハイタッチしようと思って目標に向かっていたけど、そこに手がなかったと言いました。

 素晴らしい、ではこの状態で自転車やバイク、車を運転したらどうなると思いますか。
 「自分が行きたかった進行方向とは、あの自分と意図しない様な形で進んでしまう印象を受けました」
 ありがとうございます。

 「自分の思っているところと違う場所に行くので危ないと思いました。」ということでした。
 拍手をお願いしま~す。ありがとうございました。どうぞお席にお戻りください。

 そうなんですよ。飲酒運転で検挙された皆さんが同じようなことを言うんですけど、「自分だけは大丈夫と思った。」「まっすぐ行っていると思った」って必ず言うんですが、まっすぐ行くはずがないんです。

 お酒というのはですね、のちにキリンビールさんから詳しくお酒の成分、お酒というものが説明されると思います。
 私ですね、こういう活動していますが、お酒はとっても大好きです。よく飲みます。
 
 ちょっと前までは水分の80%がキリンビールさんだったかもしれません。
 それくらい、ビールが大好きです。
 今は芋焼酎が大好きです。
  では皆さんにもちょっと聞いてみたいと思います。

 お酒、ほとんど飲まないんですよって方いらっしゃいますか。
 結構いらっしゃいますね。
  はい、ではお付き合い程度で飲むくらいです。そんなにたくさんは飲まないけどって、はい、ありがとうございます。

  じゃあ残りの方は、山本さんと同じようにあんたよ~飲むねってっちゅうくらいお酒だ~い好きな人いますか。はい。あ~よかった。たくさんいて。
 ありがとうございます。

 ではですねもう一度皆さんにお尋ねします。
 若い時に比べて最近お酒が弱くなったんですよ~と言う方いらっしゃいますか。
 実は私もそうなんです。
 あ、結構いらっしゃいました。
 はい、ありがとうございます。

  先日、アルコール依存症の先生に、専門の先生にお話を伺いました。
 「山本さん、お酒が弱くなったという時は、もう人生の8割方飲み終えているからね」っていうことでした。
 「肝臓で分解出来る量というのは人それぞれ決まっているんだそうです。
 なので、今手を挙げた方私を含めて、残り2割しか残っていません。
 その2割を今から生きていく人生で割って飲まないといけないので、量が自ずと少なって正解なんです。

 でも弱くなったのに、いやぁ若い時はこんなもんやなかったちゅうて飲むと、そうですお酒が体から溢れてしまって、病気になるんです。
 なので、ちゃんと自分の体のサインとして聞いてくださいねぇ」って事でした。

 そしてですね、お酒というのは、原液はですね、皆さんが病院で注射をされる前に、消毒される消毒薬とほとんど一緒です。
 エタノールという薬物です。
 口からのどに入ります。小腸で吸収され、肝臓で分解され、エタノールは水に溶けるからですね、最後に行くのは脳なんです。

酔っぱらった状況と言うのは、脳が麻酔がかかった状況とほぼ一緒です。
麻酔というのは病院の麻酔と一緒です。
なので、ちょっとくらい転んでも痛くないんですよ。
嫌なこと言われてもニコニコ出来るんですよ。

 でもですね、例え飲酒運転をしなくても、酔っぱらって隣のお姉さんのお尻を触ってしまってもこれも犯罪なんですよ。
タクシーの運転手さんを殴ってしまっても犯罪だし、道路で寝ていたら轢かれるんです。
 ホームから落ちれば死んでしまうんです。

 世の中にお酒による事件・事故は意外と多くてそれにお互い巻き込まれないような人生を歩いていかないといけません。
だからこそ、お酒というものをきちんと学ぶということが大事になってきます。

 そのお酒というものが体にどう影響するのか、脳がどうなるのか。
そして分解するのに、体質があるということをですね、きちっと学ぶ、大人も学ぶ、子供も知っていく、そして子供たちがお酒を飲む前から、自分の体質を知っていくというのが一番望ましいと思います。

 なので今日みなさんこの後のお酒のお話もぜひぜひ聞いてください。
 そしてですね、福岡はですね飲酒運転が多い県として本当に有名なんですけど、その福岡が飲酒運転が多いというのを、全国に知らせてしまったのは2006年の海の中道での事故だと思います。

 2006年海の中道大橋を一家5人が乗った車ごと後ろから泥酔状態の車にぶつかられて、海の中に落ちてしまった。
 一家5人の中には幼い子供たちが3人も乗っていました。
 3人とも亡くなってしまって、もうその2006年の事故から今年で12年になります。

 その2006年の事故の後ですね、福岡では飲酒運転少し減ったんです。
でも、言い続けていくことをしなければ、我が家の事故はたったそれから5年目におきました。

 私は、我が家の事故が飲酒運転と知った時、本当にあの海の中道での事故のお母さんのことを思いました。
 そして、自分がとんでもない後悔をしたんです。
 何故、私は、あの2006年の事故の時に、一人の母親として、一人の人間として、飲酒運転撲滅を叫ばなかったんだろうって思いました。

 だからこそ、今、自分は後悔しないために、こうやってお話の活動をしているのかもしれません。
 飲酒運転を0にするということは、本当に壁が厚くて高くて大変です。
 でもですね、その0から見える景色は安全です。
 飲酒運転撲滅の活動は命を守る活動です。

 交通事故は、すぐには0にはならないかもしれない。
 でも守れる命から守っていく。出来ることから無くしていく。
 それは飲酒運転を0にするということは、たくさん守られる命が間違いなくあるからこそやはり続けていかないといけない。
そんな思いが致します。

 福岡はですね、そうやっていろんな活動をしているんですけれども、今から見ていただくのはですね、大濠公園という大きな0とおんなじ形の公園があってですね、そこに4年前の2014年、1万人のチーム0というプロジェクトが立ち上がりました。

 地元紙が先頭になって、いろんな企業、マスコミそして地方自治体が参加したんです。
 大濠公園の8月25日、お昼の12時に集合と書かれた新聞やラジオ・テレビがどんどん流れてですね、約束があります。自分は飲酒運転をしないこと、しないことを人に伝えること。そして青い洋服を着てくることがその日の約束になりました。

 たくさんの方が来てくれたんです。
 では見てください。1万人のチーム0。
 電気お願いします。

≪動画上映≫

 はい。ありがとうございます。
 たくさんの皆さんが当日ここに集まってですね、今でもあの時の思い出で話に花が咲くんです。
 今はですね、市役所前の広場が8月25日の決起大会の場所として、毎年たくさんの皆さんが来ていただきます。

 口々にですね、言っていただくのが、「なかなか飲酒運転が無くならないですね。」って言う言葉と同時に「飲酒運転を無くすために、何をどうしたらいいのか、知恵と工夫で話し合っていきましょう。」という言葉でした。

 以前はですね、よく聞かれていたのが、「やぁもう帰り電車がないけんねぇしかたないっちゃねぇ」とか「バスがこんけんねぇ」とか「車が無いと飲みにも行けんしねぇ」っていういろんな言い訳ばかりがいつも聞こえていました。

 でもその言い訳よりも、「どうしたらいいのかなぁってやっぱり話し合いましょうよ」って言ってですね少しずつ社会が変わってきたように思います。
 建設会社の皆さんはですね、次の日の朝が早いので、次の日の体にお酒が残らないように、前の日懇親会があった場合、飲み会の最初の30分だけを飲み放題にします。
 
 そして、その30分後からはもう全部がソフトドリンクに変わるんです。
 すると次の日にお酒が残らないからですね。
「なんか体も楽でよかった」とかっていう話も聞きました。

 そして、山を少し超えたところのですね、山奥のPTAの会長さんがですね、「山本さん、うちももうずっと飲酒運転が多くてねぇ、どうしたもんかいなって話し合ってね、母ちゃんたちが頑張りだしましたよ」って言いました。
 「母ちゃんたちが駅に誰か迎えに来て、よその父ちゃんもいたら乗せて帰るようにしました。

 そしたらなんだか母ちゃんたちの結束も良くなってですね、なんか順番みたくして、週末はどこかの母ちゃん迎えに来てくれる、そんな光景も見られる様になりました。  
 なんか絶対飲酒運転とか無くならんよね~って思いよったけど、やっぱりいろんな知恵と工夫で無くなるかもしれんねぇ」ってそんな声が少しずつ聞かれるようになったんです。

 だからこそ、やっぱり、大人の見本として、子供たちには、飲酒運転0にした未来を私たち大人の責任で託していきたいと思っています。
 最後にですね、私行った先の皆さんから元気をいただくようにしています。

 今日は北海道なので、北海道の皆さんからも元気たくさんもらって帰りたいと思います。
  私がですね、今日お越しの皆さんと目指すのは、「せ~の」って声を掛けますので
 「せ~の」の後に飲酒運転0。とちょっとしていただきたいんですけどいいですか。
 お疲れのところ大変申し訳ございません。

 ではですね、急に肩を挙げてギクッちなったらいけんけですね、肩を軽く回していただいて、はい、最後まで聞いていいただいてありがとうございました。
 では、行きたいと思います。

 今夜の飲酒運転が0に、飲酒運転だけではありません。大事なのは子供たちの事故や高齢者の事故も全部0になりそして、今日お越しの企業の皆様方の労働災害も全部0になるようにともにお声を上げていきたいと思います。

 それではいきます。
 今日お越しの皆さんで目指すのは、「せ~の」飲酒運転0!
 ありがとうございました~。
 すご~い。
 100%パーフェクトでした。
 元気をいただきました。
 私も明日からまた精一杯頑張ってまいります。
 今日は本当にありがとうございました。
 今後ともどうぞよろしくお願いいたしま~す。

【司会】
 山本様ありがとうございました。
どうぞ皆様今一度大きな拍手でお送りください。
ありがとうございました。
 貴重なお話をいただきました。
 また、会場の皆様も掛け声元気にありがとうございました。

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