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#33  さらばカルロス、雪のせいで最悪の別れ 30代からの英国語学留学記 2018年3月01日

気が付けば三月。ついに渡英してついに月を越える。

予想通り雪が完全に積もっている。1センチ程度の積雪。そこまで深刻な積雪ではないように思える。
だが窓を開けると尋常じゃない程の寒波が部屋に流れ込む。桟に積もった雪を手で掬う。結晶が細かくサラサラした美しい雪で、セントラルヒーティングで温められた室内ではあっという間に溶けてしまった。

1cm程度じゃそこまで深刻ではないだろう、と思っていたのだが、ここイギリスのイングランド南部では積雪への備えは全然できていないようで、鉄道はほぼ全て運航停止、飛行機もキャンセルや大幅遅延が相次ぎ大変なことになっているようだ。
真偽は不明だがイングランドのスキー場も想定外以上の降雪の機能不全で閉鎖に追い込まれている、という話がSNSでバズっており、朝は慌ただしく殆んど会話することがないホストファミリーの面々も雪に気を付けて登校するよう、忠告をしてくれるほど。
ここイングランドは異常気象に襲われている。異邦人たる僕はどう過ごせばよいのだろうか?貴重な体験と言えば貴重な体験ではあるが、果たして無事に過ごすことができるのだろうか?


同居人の一人アブドゥルは、何故かこの日も家にいなかったが、例のトルコ人シナンは朝から雪に大興奮。トルコでも内陸部の山岳地帯では雪は降るらしいがシナンの故郷アンタルヤは地中海に面するビーチリゾートで有名な都市なので、全く雪とは無縁であり、今回初めて積もった雪に触れた、とのこと。


トルコ語で雪のことをkar(カル)と呼ぶらしく、「KarとCarって似ているだろ?Kar on the car って面白いジョークだよな?AHAHAHA」と朝が無茶苦茶弱いにも関わらず、無邪気でハイテンションに振る舞るシナン。道中積もる雪を何度も集めて雪玉をそこら中に投げつける髭もじゃの屈強なトルコ人男性は中々怖い。

このような状況なので公共バスはちゃんと時間通りくるのか非常に不安であったが、奇跡的に時間通りバスは来た。そしていつも通り2階の座席に二人で座れた。イギリス交通局やるじゃない!

だが案の定、道中直ぐに渋滞に巻き込まれノロノロ運転。
そして普段は自家用車や自転車通勤をしている人たちが各バス停で大量に乗り込んできたため、車内は超満員。

僕らが普段乗る通学バスは席が埋まることは今まで無かったのだが、この日は東京の東西線上りレベルのすし詰め状態。二階建てダブルデッカーバス故に階段があるのだが、その階段にも人が詰められている。
イギリス・オックスフォードのバスではここまで人が乗ることを想定していないためか、吊り皮や手すりの類が車内には全くなく、階段や通路で立たざるを得ない乗客は揺れる車内で必死でバランスを取っていた。

この種の光景が日本以外で、しかも英国で見られるとは思わなんだ。

だがこのような異常事態であってもオックスフォードのバスの乗客は冷静であり、怒声が飛んだり乗客、運転手同士で喧嘩等が行われることはなく、整然と牛歩バスは運航できているのには感動した。民度が高い。

雪を見越して早めに家を出たのだが、渋滞が酷く結局30分以上の遅刻。
案の定、教室にはほとんど人がいない。天候不順が理由であり、先生や学校のスタッフも遅刻者が多いためか、流石に遅刻ペナルティは今回は課されることはなかった。

1限目のドミニクおじいちゃん先生は年の功故か遅刻せず定刻に出勤していた。彼曰く、オックスフォードはイングランドでもホームレスが極端に多い地域であり、それ故英国の各種メディアがオックスフォードに集まり、Beasts from the East襲来の過酷な環境下でホームレスがどのように過ごしているのか、また自治体・国はどのような対策を行うのか、というニュースを盛んに報じていており、通学中にインタビューを受けた人もいたのではないか、という興味深い話をしていた。

今まで特に何も思わなかったが、ここオックスフォードのシティーセンターでは物乞い、ホームレスを頻繁に見かける。しかも皆白人男性であり、移民と思わしき人は皆無である。イギリスのシティではそんなものなのではないかと思っていたのだが、国内でも極端にホームレスが多い都市、それがオックスフォードらしい。

そして衝撃的なことに、明日の学校が休みになってしまった。
ここは半世紀近い歴史を誇る語学学校なのだが、雪が原因で閉鎖というのは史上初らしい。
天気予報によると、この異常な寒波は土曜日まで継続するとのことで、大事をとっての決断、とのことでそれは分かるのだが、大金払って会社辞めて留学している身としては一日丸々損していることになる。学校に責任はないとは言えちょっと納得いかない。

特にカルロスは明日が最終日なので本当に可哀そうである。
学校のスタッフにいつものアルゼンチン式スペイン訛りの英語で強く文句を言っていた。でもこれはどうしようもない。

カルロスとの最後の時間を惜しむために、オヌールと3人で今晩パブで飲みに行こう、farawell partyしよう!と提案する。カルロスもノリノリで快諾。飲まなきゃやってらんねー、という様子。僕もだよ。

だがここでオヌールは「俺が気になっているトルコの女の子が今日イギリスに来て、彼女に会うから遠慮しとくわ」というまさかのクソみたいな返事。

恐らく人生でカルロスと会えるのはこれが最後である
数週間の短い間ではあったが、コミュニティからはぶかれているオッサンたちが異国で楽しく生きてこれたのはカルロスの力が大きい。

男性器で物事を考えたがる二十歳そこそこのオヌールのその気持ちも分からなくはないが、あまりにそれはひどすぎる。

一応説得するもオヌールは聞かない。俺は女と会いたい!イギリスに来たばかりで不安の彼女に男気を魅せてたい!雪が降っている異常事態なので吊り橋効果が聞く今しかない!その一点張りである。

カルロスは怒りを通し越して呆れた様子。流石大人の既婚者子持ち男性である。好きにすれば良い、とオヌールを送り出す。

僕個人としてもこのままでは終われないと思い、二人で飲みに行こうとカルロスを誘うも「君は悪くはないのだが、私は疲れたよ。本当に疲れた。申し訳ないがあとは一人にさせてくれ」とのことで、不本意ながらあれだけ世話になったカルロスに何も餞別を送ることができず別れることになってしまった。

バス停までカルロスを送る。
最後に彼から一言
「君は本当にいいやつだ。だが発音を直せ!全力で直せ!この年齢で直すのは辛いことが私も分かっているが絶対直せ!」

Listren to me carefully!, You should amend your pronunciation definitely!

このセリフ何度言われたことか。
しかし最後もこのセリフで彼と別れることになるとは。それほど俺のEngrishは酷いのだろう。ちょっと落ち込む。
あとカルロスの発音も酷いよ正直。この学校で発音うんち2巨頭が僕とカルロスだと陰で言われているくらいだよ。

そしてカルロスとこんな別れ方になるのは本当に悲しい。
短い間ではあったが彼には本当に世話になった。授業中も彼とばかり僕は組んでいたし、周りが若者ばかりでも誰よりもやる気があり積極的に授業に参画する彼の姿勢は心から励みになった。
それ以外にも年長者で社会人経験豊富な彼のアドバイスは、仕事を辞めて渡英したが色々とうまくいかず精神的に参っている僕には本当にありがたかった。
在英最後の日に何か贈り物を買って渡そうと思っていたのだが、大寒波のせいでその機会は失われてしまい、そして精子に脳が乗っ取られたオヌールのせいで、嫌な別れ方をしてしまったのは非常に非常に残念だ。

そして彼無しで僕はここオックスフォードで生きていかなければいけない。誰も頼れる年長者がいない。僕がこの語学学校の生徒で最年長になってしまった。儒教文化が全くないイギリスの語学学校では能力のないugly asian maleな僕はカースト最底辺である。身の振り方を本気で考えなければツライだけ。気持ちが重くなる。


加えて明日休校とは一体どう過ごせばよいのか。
3連休だから他の欧州の国にでも旅行にいこうかな、と思ってチケットを探すも、航空機代が異常高騰。隣国フランス、アイルランドですらLCCで10万超え。そもそも飛行機が飛ぶかどうかすら怪しい。そんなギャンブルに出たくはない。
だがらと言って英国国内を旅行するという選択肢もない。
前述の通りオックスフォード市内ですら交通機関はマヒしているので遠くには行けるとは到底思えない。一体どうしたものか悩んでいる。

とりあえず明日の朝起きてから何をするか決めることにした。

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