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SS16

 こんにちは。昼食を食べ終え、キッチンを綺麗にして、朝干した洗濯物を畳んで収納し、現在電子レンジ掃除中。三十分蒸らす必要があるので、その間に一作書こうかと。SS書くのは久しぶりですな。


SS16「風の中」

 九月が始まり、夜の秋風が全身を撫でる。いや、撫でるというよりはビンタの方が合ってるかもしれない。見慣れない道だが、月明かりが道標を照らす。オークションサイトで安価で購入したライダースジャケットが、やっと程良い体温にしてくれる時期になってきた。

 二十歳になり、中免を取って月賦で親父からバイクを一台購入した。親父もバイク乗りで、その影響で大学生になってからバイクに興味を持ち始めた。マフラーにはサイレンサーを装着し、排気音をある程度絞って飛ばしている。父は、
「バイクの排気音が気持ちいいんじゃないか、余計なパーツつけやがって。」
なんて言っているが、時代が時代である。暴走族のように爆音を轟かせて傍迷惑な走行はしたくない。こんな田舎で耳を劈く排気音で走り回っていたら通報モノだ。
 学校が再開するのは九月。夏から秋にかけて、稲作をやっている実家やご近所さんの手伝いをしながら、バイト代を貰っている。父がその辺りを気遣ってくれるので、バイクを買ってから丸一日働いたら諭吉を一枚くれるようになった。ガソリン代とバイク代の足しにしろ、と。大学は遠方なので、バイトは実家にいる間休みを貰っている。その辺も、融通の利く人達でありがたい。そして、丸一日田んぼと戦い、米を運び、汗をシャワーで流して一家団欒で晩御飯を食べ、一時間仮眠。そして一、二時間程バイクで行先の無いツーリングを一人で楽しむのが日課になってきた。
 いつも二十一時を目安に出るのだが、今夜は少し早い時間に出発した。秋の夜風が心地良く、半分に欠けた月が輝いている。いい晩だ。時間が早いこともあり、普段走らない道を選んで走り出した。

 どれくらい走っただろう。赤信号で停止し、携帯を確認すると小一時間程度。明日も手伝いがあるし、そろそろ折り返すか、と信号を曲がって家路を走り出した。時間も早いし、「あのコース」を回ろうとふと思い、路地へハンドルを切った。
 この道は住宅街の合間を縫う道で、片側一車線ずつだが狭い。単車と車なら余裕だが、車同士のすれ違いは少し難儀するだろう。細かいカーブが続くので、そこを上手く車体を傾けながら走るのが楽しみである。交通量も街灯も殆ど無い道だが、夜ならヘッドライトが対向車を知らせてくれる。
 時たま走る道だが、地元なので道の勝手は分かっている。ハンドルを軽く切り、車体を傾ける。峠を攻めたことはまだ無いが、スリルは満点である。幾つかのカーブを攻めたところで、対向車の明かりが見えた。
 車体を端に寄せ、少しスピードを緩めてやり過ごした。直後、対向車に隠れていた、誰かが道端に放り捨てたであろう空き缶が見えた。しまった、と思った時にはもう遅かった。空き缶で滑った前輪はコントロールを失い、派手に転倒して藪に突っ込んだ。
 幸いスピードを緩めていたのと、藪がクッションになったお陰で酷い怪我ではなさそうだった。愛車を見ると、ミラーが片方折れ、酷い擦り傷がついてしまったが、液体が漏れている様子はない。ほっとしたが、身体の節々が痛む。秋が近づき、ジャケットとフルフェイス装備だったので上半身は軽傷だったが、履いていたジーンズは破れ、枝で切ったらしく数ヶ所から流血していた。
 立ち上がるまでには少し時間が要るな、と思いながら煙草を吸い、携帯灰皿に灰を落とす。煙草の香りに微かに血の味が混ざる。歯か、口ン中やったな、ミラーの修理代は田んぼ仕事何日分かなぁ、と考えてながら煙を吸い込んだ時、後ろから若い女性に声を掛けられた。
「……あの、大丈夫ですか?」
 こんな仄暗い夜道で、女に声を掛けられるなど微塵も想像できなかった。肺から口内に戻りかけた煙を思いっきり噎せてしまった。転倒した傷が痛む。「痛ってぇ」と小声で言ってしまったが、冷静さを取り繕って振り向いた。
 声の主は、見覚えのある制服を着た女子だった。数年前まで毎日見ていた、母校の制服だ。九時半位だろうか。随分遅い時間に、暗い夜道で何をしてんだ、と思いながらも、心配してくれたことは嬉しかった。
「とりあえず大丈夫かな。足何ヶ所か切っちゃったけど、すぐに立てるようになるよ。それよりこんな時間にこんなとこで何してん?危ねぇべ。」
「私、家がそこなんです。良かったら、手当するので少し休んで行って下さい。今、父を呼んできます。」
 断る隙も無く、その子は家に入ってお父さんを呼んでくれた。制服に続き、その男性も見覚えがある。確か、田んぼの手伝いをしてた時に何度か会っている。
「あすこのせがれか!時々手伝ってもらってたな、助かってるよ。にしても、こんな狭ぇ道飛ばすもんじゃねぇべよ。入んな、入んな。」
「すんません、飛ばしてた訳じゃないんすけど、空き缶踏んで滑っちって。」
「ったく、どこの馬鹿モンだよ。しょうがねぇ輩もいたもんだな。」
 その家は如何にも由緒正しき名家といった感じで、家の入口の門から見ただけでも大きな家だと分かった。お父さんの肩を借り、家の中にお邪魔し、ソファに横になってその女子に手当をしてもらった。
「私、コウヨウと言います。紅の葉っぱと書いて紅葉。確か、陸部の先輩ですよね?」
「やっぱウチの制服だったか。ってことは、今高三?」
「はい、サッカー部のマネージャーやってたので、顔は知ってました。あと、父からも話聞いてました。」
「そんな畏まらなくていいよ、同んじ高校じゃねぇけ。それよか助けてくれてあんがとな。」
「いえいえ、先輩のこと知ってましたし、高校の時から殆ど変わってなかったからすぐ分かりましたよ。」
「そりゃ一、二年じゃそんな老けねぇべ。髪染めるのとか興味ねぇしよ。」
 時々消毒液が沁みて「いてッ」と情けない声が出てしまったが、流石は運動部の元マネージャー。手際良く、傷の手当てをしてくれた。しかし、切った何ヶ所の内二ヶ所が少し深傷らしく、バイクを運転するには厳しそうだ。
 お母さんが、三本乗った餡子の団子を二皿持って部屋に来た。
「よかったら食べて。主人がお宅に電話してくれて、世話になってるから今日泊めてやるって話してましたよ。ゆっくりしていって下さいな。」
「正直帰るのきついなって思ってたので、助かります。お世話になります。」
 豪快なお父さんとは変わって、お淑やかなお母さんだった。コウヨウちゃんはお母さん似だな、と思いつつ、「いただきます」と言って団子を一本食べた。甘さが優しく体に染み渡る。
「良かったら、こっちで食べませんか?今夜はいい夜ですから、もっと美味しくお団子食べられますよ。」
 紅葉ちゃんに誘われるまま足を引き摺ってついていくと、縁側だった。紅葉ちゃんは、そこに足をぶら下げて団子を食べ始めた。
「ここ、丁度木が低くなってて月がよーく見えるんですよ。あの半月、何て言うか知ってます?」
「なんだっけ、三日月じゃなくて、上弦か下弦の月だよな。」
「今日は上弦の月ですよ。お勉強して下さいよ、いいとこ出てるじゃないですか。」
「っせ。成績は下の上でい。」
「私は上の上ですよ。こう見えて文武両道なんですから。」
 月明かりに照らされて俺を茶化すその顔は、何と言うか、綺麗だった。二人で笑いながら高校の話をして、団子を食べた。鬱陶しい先生の話、陸部の後輩の話など…。二個下の後輩は部活位でしか繋がりがなかったが、怪我の痛みを忘れさせてくれる楽しい時間だった。
 縁側の木板に手をついて微かに痛む足をぶらぶらさせていると、紅葉ちゃんが少し小声で言った。
「私、先輩のこと知ってたんですよ。サッカー部のメンバーの様子見ながら、時々陸部の方見てたので。変なフォームで走ってるなぁって。」
「うっせぇ。一年の時から言われてたけど、結局直りゃしなかったよ。でもそれで県大出てんだからええべさ。」
「流石です、色々変わってますもんね先輩。サッカー部の先輩から聞きましたけど、授業中たまに弄られてたって。」
「体育の度に言われてた気がするよ全く。そこそこ早いんだからほっとけっての。」
 俺は紅葉ちゃん知らなかったけど、紅葉ちゃん俺知ってたんだ、と思った時、いつの間にか手の甲に温かみを感じていた。その温かみに甘えるように、指をそっと絡めて雑談を続けた。断る素振りは微塵も無く、寧ろ少し強めに握り返された。月明かりに照らされながら、お喋りは続く。


 何か前作といい甘酸っぱいなぁ。最近のマイブームがまんま反映されてる気がする。明日から本格的に復職になるから、次はいつ書けるかなぁ。

 さて、前回のキーワードは、

「午前十一時」「海中」「戦意」

でした。分かったかな?SS15が個人的にシリーズ中最高傑作だから、どんどんハードルが上がっていく気がするよ。物書き好きだから、時間がある時に続けるけどね。

everytime we touch
can't get enough and I don't ask for much
just want your love.

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