コインランドリー

自分の家には風呂がないというのは散々ぱら言ってきたことなのだけど、我が家には洗濯機もない。

洗濯機を買う気がないとかではなくて、洗濯機を置ける場所が我が家にはなくて、洗濯は基本的に近所の銭湯に併設されているコインランドリーでさせてもらっている。銭湯という施設は往々にしてコインランドリーもセットなのでありがたい。いつも、同期の百瀬からもらったIKEAの青い袋に洗濯物を詰め込んでコインランドリーに向かう。そして洗濯物を洗濯機に詰めて、お金を入れて洗濯が完了するまで家で待機するのだ。


家から徒歩30秒のところにあるコインランドリー。洗濯機6台に乾燥機2台。洗濯機の内訳は、容量4.5キロのものが3台に5キロのものが2台に7キロのものが1台。4.5キロと5キロの洗濯機が200円で洗濯出来るのに対して、7キロは300円かかる。その為に基本は4.5キロまたは5キロの洗濯機を使っている。


同じ金額なので4.5キロよりも5キロをやはり使ってしまう。さらに洗濯機の性能なのだろうか。洗濯の時間も5キロの方が10分ほど短くなっているのだ。4.5キロは洗濯完了まで40分に対して5キロは30分で済む。利便点が多すぎるが故に僕の近所では5キロの洗濯機の取り合いになる。空きがあるのは珍しい。


晴れた日の朝にコインランドリーに行って、5キロ洗濯機が他人の洗濯で埋まっている時は洗濯機を叩きたくなる。パチンコの台パンをする人はきっとこんな気持ちなのだろう。さすがに叩きはしないが、叩きたくなるほどの醜い憎悪に心が蝕まれるのだ。


「親の死に目と5キロの空きは絶対に逃すな」なんて言葉が阿佐ヶ谷にはあるとかないとか。


引っ越してきたばかりの頃、5キロが埋まっていたので4.5キロの方に洗濯物を詰め込み、洗濯が終わるまで家でダラダラしてコインランドリーに戻ってくると、洗濯機にエラー表示が出ていたことがある。フタもロックされて開かない状態だったので銭湯のおばあちゃんに伝えてみると、マスターキーのような鍵を持ってきて洗濯機を開けてくれた。洗濯機の中は脱水作業の手前で止まっていて、半分以上の水が残っていた。


「これ洗濯物詰め過ぎですよ。だからこうなっちゃったの。この洗濯物の量なら5キロの方を使ってくださいね」


おばあちゃんは少し怒っていた。まだ引っ越してきたばかりなのに、今後も長い付き合いになるであろう銭湯のおばあちゃんを怒らせてしまうという最悪の阿佐ヶ谷ライフのスタートだった。おばあちゃんはそれ以来、銭湯で会う時も怒っていて毎日気まずい思いをしていた。


銭湯のおばあちゃんは我が家の一階に住むおばあちゃんと仲の良い事もあり、おばあちゃん繋がりで今では関係は良好になった。最近では僕の銭湯の滞在時間が短い事を弄ってくるようになり、


「お兄さん、髪の毛洗うに必死過ぎて、体を洗って湯船入るの忘れてるんでしょ!それで時間が短いんだ」


なんて長髪弄りもしてくるようになった。この関係性を再び壊したくないので、過度な洗濯物を詰め込む事はしないようにしている。


コインランドリーというのは基本的に100円硬貨しか使えない。僕の行くコインランドリーには両替機も存在しない為に、100円玉が2枚ない時は銭湯の横にある自販機で千円札を崩したりする。この自販機で何度、飲みたくもない飲み物を買ったか分からない。さらにここの自販機のラインナップがまた弱くて、1500メートル走の直後のコンディションでも買わないだろうなという脆弱な飲み物しかないのだ。


一般的な自販機の横に、パック飲料の自販機もあり、紙パックの青汁なんかも売っている。本当に何も買うものがない時なんかは「最近野菜とっていないし。健康のため。」なんて、自分を騙しくるめて欲しくもない青汁や野菜ジュースを買っている。こんな思いをしない為に、普段からコンビニ等での買い物の時にお札はなるべく崩して使うようにしている。


コインランドリーの前にはコンビニもあって、ここでお札を崩す事も可能。しかし、愚かな僕は100円玉を2枚手に入れる為にコンビニに入ったのに、色々商品を見ているうちに本来の目的を忘れたりする。余計なアイスなんかを買ってしまって、お会計が470円ほど行ってしまってお釣りが500円玉になってしまって絶望する。「なんて自分はバカなんだ」と燻んだ500円玉を握りしめて泣く。


もう一度並び直して、また余計なものを買って100円玉を作るのだ。


本当に寝起きで頭がどうかしていた時に、2回目並び直した時もなぜか470円使ってしまって、2連続でお釣りが500円玉になってしまい100円玉を作れなかった事もあった。その日は自分の愚かさに呆れ果て、洗濯を諦めて家に帰り、血が滴るほどに唇を噛んだ。

これが「3億円事件」に並ぶ大惨事「血の2連続500円玉事件」だ。



家の説明をするときに「洗濯機がない」よりも「風呂がない」の方がインパクトが強い為に、前者をあまり人に説明する事はないのだが、風呂なしと匹敵するぐらいコインランドリー生活も煩わしいものがある。一時期は洗濯機と洗濯槽との隙間に靴下が飲み込まれて、洗濯するたびに靴下がドンドン消えていくホラーな展開もあった。


阿佐ヶ谷で洗濯物の詰まったIKEAの袋を肩に食い込ませている長髪の男性がいたら、どうか100円玉を分けてやってほしい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?