お菓子


月に一回、TIP STARという競輪の予想配信をする仕事をしている。

この現場は、ケータリングが充実していて配信中はお酒も飲めるので大体の人は備え付けのお酒を飲んでいるのだが、僕は下戸のためにお酒は飲まない。代わりにケータリングのお菓子をずっと食べている。

配信は12時間ほどあるのだが8時間ほどはお菓子を食べていて、一緒に配信をしているオジンオズボーン高松さんに「メロディ、子供じゃないんだから!」なんて、僕の醜態を的確に説明した言葉を全世界に発信されてしまう始末。甘いのからしょっぱいのまで止まらず食べてしまう。


「このお菓子、ちょっと食べたかっただけだから残りあげるよ」「お菓子って一口で飽きるよね」なんて誰かが言っている場面に人生で何度も遭遇してきたのだけど、その気持ちは理解できたことはない。これは僕の舌が子供なのかもしれないのだけど、大抵のお菓子は飽きずに一袋、もしくは一箱食べ切れてしまう。そして何を食べても太らない体質なのでダイエットの為にセーブするという感覚も芽生えないまま30歳を超えてしまった。

子供のまま大人になってしまった。なんて思われるかもしれないのだけれど、むしろ大人になってからの方がお菓子は食べていて、「子供の頃にあまりお菓子を食べていなかった反動で大人になって沢山食べている」というのが正解なのかもしれない。

ここまで書いてなんだかこんな幼稚な現状を文字に起こしているのも恥ずかしくなってくるが、せっかく書いたので。ということで話を進める。



思い返せば実家にはあまりお菓子がなかった。
家で摂取できる糖分といえば夏場になると冷凍庫に突如現れるチューペットくらい。2つに割って、突起の先に詰まってるのまでしっかりと食べて堪能していた。

本当に時々、お母さんがスーパーでミスターイトウのクッキーを買ってきて、それを食べるのが楽しみだった。夜、帰宅したお母さんが床に下ろしたスーパーの袋をガサガサと漁って、野菜やら魚やらの夕飯のおかずの隙間を縫ってクッキーを取り出し、夕飯前に一枚だけ食べたりしていた。クッキーも去ることながらチョコチップの甘さなんてもう最高で、少年の脳みそをグラグラと揺らしていた。


冷蔵庫にある飲み物は基本的に牛乳で、ジュースといえば紙パックの100%のリンゴジュースだった。それをコップに注いで夕食後に飲んでいた。リンゴジュースも週1回買ってくるかどうかだった。




そんな僕が、小学校2年生の時に友達の家に遊びに行く事があった。その友達の家は、ポケモンキッズというポケモンの指人形が全種類揃えられていたり、ポケモンの間違え探しの本があったりと、当時の小学生の欲しいもの全部集めてみました。みたいな家だった。夢の国だった。


そんな夢の国でくつろいでいると、友達のお母さんがコップに入った黒い泡だった液体を持ってきた。

「コーラ。良かったら飲んで」


その時点でコーラはおろか炭酸を飲んだ事がなかった僕は衝撃を受けた。飲み物が黒いことってあるの?コーヒーじゃないの?なんか泡立ってるし。全然美味しくなさそう。でも飲んでって言われてるしなあ。勇気を出して一口飲んだ。


次の瞬間、僕は一糸まとわぬ素っ裸で大草原にほっぽり出された。
そんなイマジネーションを誘発するような爽快感と衝撃だった。こんな甘くて美味しいものは飲んだ事がない。しかもなんだこのシュワシュワとした感覚は。口の中で、爆発している。少し粘膜が痛いが、それをゆうに越える濃厚な味わい。一気に飲み干して、これはなんなの?美味し過ぎない?と興奮しながら友達に尋ねた。



「コーラ?いつも飲んでるよ」


友達はそう言って家の冷蔵庫の一番下の段を開けて見せてくれた。2リットルのペットボトルのコーラ。そして紫色のシュワシュワしたやつやオレンジ色のシュワシュワしたやつも置いてあった。中学生ぐらいになってから知るのだが、ファンタグレープとファンタオレンジだった。自分の家の冷蔵庫で見たことのない色彩美。蜷川実花作品のようだった。
眩しい世界を見過ぎた僕は視界がグワングワンしたまま家に帰った。



家に帰ると、僕はお母さんに言った。

「なんでうちにはコーラがないの?買ってきてよ!」


お母さんは言った。



「コーラはね。高くて中々買えないのよ」


そう言われた。
それならしょうがないか。と諦めた。僕は両親から幼少期から「うちは貧乏だから」と言われて過ごしていたからだ。炭酸は高価な物で、貧乏な我が家は中々手を出せない代物なんだ。誕生日や、クリスマスの特別な日に出してあげる。と約束してくれて、その日は終わった。


大人になって貧乏だったのは嘘だったと知った。うちの両親は共働きの教師。公務員というものの安定性を、子供の頃は知る由もなかった。思い返せば、一等地に家も建ててたし、習い事もさせてもらってたし、むしろ少し裕福なくらいの家庭だった。それに先程のエピソードぐらいで貧乏を名乗ったら、本当の貧乏暮らしだった宍倉さんや河邑やハリードたちから顰蹙を買うだろう。


まあ、子供に炭酸飲料をあまり与えたくないのは分かるし、その節約の甲斐もあって兄弟ともに大学まで行かせてもらっているので感謝でしかない。


まあそんなこんなでコーラを常備してもらうことは出来なかったのだが、
次の日、いつものように冷凍庫を開けてチューペットを2つに割って齧り付くと、いつもと違う違和感に気づいた。



「甘みが…薄い?」



チューペット側は、いつもとなんら変わらなかった。ただ前日にコーラの甘みを知ってしまった僕は、チューペットのほのかな甘みに満足できなくなってしまった。人工甘味料が飽和したような甘さを体が欲していた。チューペットを突起の部分まで吸い上げていた、あの頃の僕はもういない。その日以来、チューペットはあまり食べなくなった。


時が経ち、高校になってお小遣いがアップして、買い食いを覚えたりして実家にはなかった様々なお菓子を買える機会が訪れるようになった。炭酸はいつでも飲めるようになったし、お菓子の中では特にサワーペーパーがお気に入りだった。



そのぐらいの時期から今まで食べてこなかった分、堰を切ったようにお菓子を過剰摂取するようになってしまった。コンビニのシュークリームなんかにも手を出し始めた。僕は食べ続けた。あの頃を取り戻すかのように。





大人になって、コーラを家に常備していた友達に10年ぶりぐらいに会う機会があった。なんだか気取った、嫌なやつになっていた。

自慢話ばかりのいけ好かない大人に成り果てていて、なんだか寂しくなった。絶対にそれだけではないんだろうけど、コーラをいつでも飲める環境が彼をそうしてしまったんだとしか思えなかった。



自分はチューペットで育ってきて、良かったのかもしれないな。でも8時間お菓子を食べ続けるような大人にはなってしまった。何事も程々なのかもしれない。

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