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ファンサービスという名の御礼状

長く続く宝塚歌劇団のなかに、かつてこんなタカラジェンヌが居たんだということを書き残しておきたくて、私の中に留めておいた「ある日の光景」をここにつづります。

(2023.03.25加筆修正)
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 誰もがイメージするファンサービスとは、客席へ向かって振付にはないウィンクや投げキスをしたり、手を振ったり、いわゆる“釣り”をしたり、というところなのではないかな思います。
あるいは、毎回この場面のこのポイントというところを決めて特定の範囲内に捧げるそれらもファンサービスだと思います。
多くのタカラジェンヌは素晴らしいパフォーマンスに加え、このファンサービスを行うことで、より観客を、自分のファンを、楽しませようとしてくださいますが、私が好きだった;応援していた男役さんもそういったことをよくよくしてくださるタカラジェンヌでした。

そしてそれもさる事ながら、私はご贔屓さまが公演の最後幕が下りる前に見せてくれる、ふにゃっとした柔らかい笑顔や、パッと花が咲いたような笑顔、パレードで一旦袖に入る時の満足そうな笑顔が大好きでした。「来てくれてありがとう」という気持ちが伝わってくるようなその笑顔をみると、今日も一日楽しかった!という幸福感はさらに増し、こんなに素敵な舞台を届けてくれるのだから私もまた明日から頑張ろうと心から思えたのです。
毎公演この笑顔をみる為に通っていたかもしれないと思う程に、私はご贔屓さまの笑顔が大好きでした。

 幾度となく観劇した退団公演も終わりが近付いたある貸切公演のこと。
「今度の貸切公演はSS席で観られるのでこっそりしっかり焼き付けます!」とだけ手紙に書いて渡していました。席番なんて滅相もない。

席が上手側だったら中詰めに目の前であの笑顔を拝めたのになぁ、それか逆にもう少し下手寄りだったら…などと思いながらも私にとって最後のSS席だったので、ただただ舞台で輝く姿を近くで見つめられる事をこの上なく幸せに思っていました。

お芝居のラスト、幸せそうなご贔屓さまと寄り添う娘役さん。
まるでこちら側が見えているかのような笑顔で客席を見ていて、この笑顔が見られて本当に良かったなと目頭を熱くしました。

ショーが始まると、あまりの目の前定位置具合に笑ってしまいそうでした。
何度も観ているのだから、何番席のあたりがどの場面で正面だとかはわかりきっていたはずなのに、気づいていなかった!!

プロローグが始まった瞬間から、配席してくれた主催社に感謝しました。
この席SSSだ…幸せすぎる…。

銀橋を渡ってきたご贔屓さま。中央で立ち止まり口元に指をあてながら目線を落とした時の「あれ、気づいてる…?」という感覚に高揚しました。

大野幸人先生振付のカッコよすぎる場面もこんなに目の前でいいのですか?というくらい視界がご贔屓さまでいっぱい。ご贔屓さまからもこちらが見えてる気しかしないし、私は永遠にご贔屓さましか見えていない。
大好きなCaravanの音を、リズムを、楽しむ姿はこの上なくかっこよく、そして熱帯夜を思わせるその色気を間近に感じられて本当にときめきが止まりませんでした。最後ということも相まって、最高にかっこいいご贔屓さまを最高の視界で拝めるということは高揚を通り越して尊さしかなかったです。

中詰め銀橋は和希さんが目の前でした。
真っ白の歯で凄く笑顔でにらめっこ状態だったのですが、どこか可愛らしくて、がっつり決めるときは決めるけど、本当は結構シャイな方なのかな?と感じました。釣り堀のような状態で少しはにかんだような笑顔でじっくりと目線をあわせてくださるのも素敵なファンサービスだな、と感じながら「贔屓と仲良くなってくれてありがとうございます」と念を送りました。

黒燕尾はなんというか…神聖という言葉そのものでした。
階段を降りてきたご贔屓さまのジャケットに添える指先はガラス細工のように繊細で、つま先から頭まで芯があって無駄がない、それでいて全身からあたたかさ、柔らかさを感じました。
ここまで笑顔でみていたのに急に感極まってしまい、焼き付けなければと必死でした。こらえた涙で視界を滲ませたくなかったけれど、ハンカチなんて出したくなかった。震える身体を抑えつけるように歯を食いしばってみつめました。
すごく凛とした、でも少し寂しそうにも見える顔つきで遠くを見据え、美しい型と人そのものを感じるその黒燕尾は集大成という言葉が相応しいと思いました。

銀橋に出てきた黒燕尾の男役さんは皆さん本当に美しくて。卒業間近のご贔屓さまの麗しさ、美しさは息も止まるほどでした。
動いているのに静を感じる。清廉なのにあたたかさを感じる。
ご贔屓さまの纏う空気を全身で感じ、嗚咽が漏れてしまわないように口を覆って涙をぽろぽろ零しながら目の前の姿を焼き付けました。
隣の諏訪くんは目を潤ませ、和希さんは最後にそっと微笑んでくれました。けれど、目の前のご贔屓さまは決して目線を落としませんでした。

一心に黒燕尾を踊る姿は本当に美しかったし、とても気高くて強く、大きくてふかふかのブランケットで包んでくれるようなやさしさを持っていると感じました。

もしかして気づいてもらえた――、だなんて尊大なことを一瞬でも思った自分を滑稽に思いましたが、幸せな勘違いをさせてくれるご贔屓さまは間違いなくスターさんなのだと嬉しくも思いました。
その完成されたパフォーマンスと心の震えこそ、集大成として受け取りたいものでした。
ずっと忘れられない特別な光景、経験として心に刻みました。

全てが終わり、幸せな思い出とまたひと公演おわってしまうという淋しさを抱えながら迎えるパレードはいつだって少しぼーっとしてしまいます。
パレードで歌いながら大階段を降りてくる姿はいつもながら眩しかったです。

歌い終わり、舞台中央でお辞儀をした直後のこと。
進行方向とは逆なのに、身体をひねってのぞきこむようにして、弾けるような、そして優しい笑顔を贈ってくださいました。

一瞬の、ほんの数秒の、出来事に時が止まったかのようでした。
見つけてくれていたのだと知って、袖にはけていく横顔を、背中を、みつめながら泣き続けました。もうそのあと顔を上げられなくなるくらいに。
隣席の見ず知らずの女性が私の分も大きな拍手を送ってくれていました。

 ショーはどの組どの公演も素晴らしいパフォーマンスに加えて、それぞれが楽しませようと、試行錯誤してかっこよさ、美しさ、こだわりをファンサというアクセントを時折加えながら魅せてくれる最高の時間だと思います。

この日みた光景は「時が止まった瞬間」以外のどの瞬間にも、心があたたかくなって、まるで、オンタイムで舞台上から御礼状を受取っているかのような気持ちでした。

ファンサービスにも色々な定義が出来ると思った一連の経験でした。

もし、「ファンサービス=感謝の気持ちを表現する事」だとしたら、

「振りの中でただただ自分の中で色んなものを昇華し、ファンにずっと覚えていて欲しい姿、焼き付けて欲しい姿を見せること。自分の矜恃を示すこと。そしてファンの気持ちを包みこんでくれること」

これも素晴らしいファンサービスのひとつだと言えると感じたのです。
そんな骨頂を示してくれた、研11のタカラジェンヌが確かに居ました。

これまでに届けてくれた“ファンサービス”を振り返れば、もちろん男役なのだから、高揚してるのだな、カッコつけたかったのだなとも感じていましたが、振り返れば、学年が上がるほどにどれも感謝の気持ちで溢れていたように思います。

綾凰華さんが贈ってくれたファンサービスという名のたくさんの御礼状。
今もそのどの瞬間も、パフォーマンスと同じくらい大切に、ずっと心に焼き付いています。

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