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1000文字小説「人喰い」

 人喰いをつれて歩く。首輪をつけてリードを手に持って散歩する。
 
 人喰いは背が高くて灰色で、ぶよぶよしている。食べるときには大きな口でひとのみする。人を食べるのって大変だと思うんだけど、人喰いは一回できれいに食べるからいい。血も流れないし一瞬ですむ。
 
 初めて会ったのは、小学校のころの校庭だった。私はいつものようにいじめられていた。ボールをぶつけられたあとでふらふらと立ち上がったら、いじめられっ子たちがみんなこっちを見ていた。正確には、私のうしろにいる人喰いを見ていた。しばらく押し黙ったあとで、子どもたちはみんな散っていった。
 
 これは便利だと思ったんだ。人喰いといればいじめられないで済む。わたしは近くにつながれていた犬から首輪とリードを奪って、人喰いの首にかけた。それからずっと連れて歩いている。
 
 手綱をにぎっている人間のことを、人喰いは食べない。だから安心していられる。ほかの人間はときどき、まったく理不尽な理由で選ばれて喰われるけど、わたしには関係がない。どうせ一瞬のことだ。だれも見てないし、見ていたとしても止めない。自分の番がくるのが嫌だから。
 
 最近、政府が「ペット税」を導入しはじめたから、人喰いもひっかかるかもしれない。犬も猫もちかごろは税金の対象で、散歩させているだけでペット警察がくる。警察は7色の制服を着ていて、青と群青と黄緑と、紫と水色と白、それからシルバー。青っぽい人がくると、ペットを散歩させている人たちは皆、すこし身構える。ペットから離れて歩くことで、飼い主じゃないような顔をする人もいる。
 
 わたしは人喰いを堂々と連れていたから、7色に声をかけられた。
「あなたの連れているそれ、ペットじゃないんですか。税金の納付書を見せて」
 わたしは答える。
「これはわたしの影なので、税金はかかってません」
 警察はしばらくその場に立っていたけど、人喰いをちらっと見たあとで姿を消した。人喰いもぼんやり立っていた。喰ってもあまりおいしくないと思ったのかもしれない。
 
 それから人喰いをわたしを見下ろした。見下ろしてからずっと見ていた。わたしは歩き出した。後ろから指す太陽の光のせいで、前に長い影ができる。
 
 耳元で、ジュッという音がした。首のあたりが熱い。焼けた金属の根性焼きみたいだ。ぐにゃりと首が曲がったときに、リードを他の誰かの手が持っているのを見たけど、わたしはそのとき死んだからそのあとのことは知らない。

【完】




タイトルはもちろん、こちらの漫画の影響。

思い浮かべていたのはこれ。


本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。