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「もしも」の万博

歴史に「もしも」はない。「過去がもしこうだったら」と考えるのは時間の無駄である──。もしそう言われたら、一も二もなく「ですよね」と答えるけれど、それでも私は考える。例えば、あったかもしれない万博について。

時計の針を、2005年に戻してみてほしい。その年は、愛知万博が行なわれていたはずだ。公式キャラクターは「モリゾー」「キッコロ」。以下は当時、使用されていたポスターで、愛知の至るところにあったはずだ。特に興味がなかった人も、モサモサしたアニメっぽいイラストくらいは、記憶に残っているんじゃないか。

↓ 私の知っている万博 ↓ 

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そして、もうちょっと詳しい人なら知っていることが他にある。万博は、もともと森で開催される予定だった。「海土(かいしょ)の森」と呼ばれる場所で、だから当初の企画立案を担当したクリエイターたちは「森」をメインに据えて設計を進めた。

「いままでのようなパヴィリオンの乱立する万博ではなく、森を舞台にした新しい万博を作ろう」「開催地が森であることに意味がある。テクノロジーと自然が共生する、いままでにない万博をやろう」「マスコットではなく、どこにでもいる生き物をポスターにする、新しいデザインに挑戦しよう」と、関わったデザイナーの一人は以下のようなポスターを提案していた。

↓ あったかもしれない万博 ↓

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引用:https://www.ndc.co.jp/works/expo2005-2000/

で、結論から言うと、これらのポスターは使われずに終わり、当初の計画に関わったデザイナーのほとんどが企画を降りた。大きな理由のひとつは、森を開催地にすることに対して、根強い反発があったからだ。関わったデザイナーの一人、原研哉氏は、当時を振り返ってこう書いている。

残念ながら万博は森で開催されないことになってしまった(…)「オオタカ」の営巣が発見されたことを理由に、「森」の利用を不可能にしようという動きも活発になった。食物連鎖の頂点にいるオオタカはその場所の希少な生態系を象徴しているという。論議の及ばないルールを持ち出し、問答無用である結論へ導こうとする動きである。

やや恨み節の感じを受ける。知り合いの元・住民に聞いてみたところ、すれ違いがあったんじゃないか、と言う。
「オオタカは人が多く通行するようなところでは巣を作れない。どんなにパヴィリオンのない万博を実現したって、人は来る。それもたくさんの人間が巣の近くを通るわけでしょう。反対派の意見としては『たった一回の万博のために、生態系を破壊されたら困る』って感じだったよ」とのこと。原氏は

万博は「自然破壊」であり、そういうものに「森」を使わせてはならないという世論が盛り上がった。
「森」で「万博」をやるのはけしからんという「自然」と「人為」を対立させたままの論議に翻弄され、冷静で本質的な論議には至らなかった。

と著書で書かれているが、反対派にもそれなりの言い分はあったんだろうな……と外野の自分は思う。オオタカと住民にしてみれば「そこに多くの人が出入りすること」が問題だったわけで、別に「万博は人為的でけしからん」とは思ってなかっただろう。話を聞いた元住民は「企画者と反対派が、ちゃんと話し合えればよかったのにね」と肩をすくめる。

結果として愛知万博は、多くの人が知る通り「モリゾー」「キッコロ」をマスコットキャラクターに据え、森を除いた場所で開催された。

これを「豊かな才能による企画が潰された」と考えるべきか、「オオタカの巣が守られた」と捉えるべきか。おそらく両方なんだろう。自然との共生は、確かに大事なテーマだった。パヴィリオンを最小限に抑え、いままでにない万博ができたら、それは未来を象徴するものになっただろう。テクノロジーと自然との融合は、10年以上たった今なお重要な課題である。

とはいえ、森のほうが万博を拒否した。そもそも人が群がるところで、希少な鳥は生きていくことができない。自然と共生したいのなら、触らずに放っておけと言われることもある。

もしオオタカの巣が守られる形で、万博ができていたら。当初の画期的なアイデアが活かされていたら。そうしたら、2005年のあのときから、何かが変わっていたかもしれない。身近な動物との関わりを考え、そこから自然との共生を考察する人が増えたかもしれない。使われなかったポスターが象徴していたように。

歴史に「もしも」はない。ないけれど、過去を振り返ることには意味がある。あのときもし違う道を取っていたら、どんな「いま」がありえたんだろう。いまからでもできることはないだろうか。道行くムクドリを眺め、終わった万博を思いながら、そんなことを考えている。テイクアウトのコーヒーの代わりに、水筒を持ちつつ。

文章の引用はこちらから:原研哉『デザインのデザイン』岩波書店、2007年、354頁

Screenshot_2021-04-30 デザインのデザイン


本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。