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『完全無――超越タナトフォビア』

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哲学における究極の未解決問題「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか」を解決するとともに、タナトフォビアで苦しんでいた過去の自分を、四年掛かりで自ら救った、新しい思想を総括するマ… もっと読む
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#宇宙

『完全無――超越タナトフォビア』第百七章

この二十一世紀における開闢問題は、量子力学的解釈を除けば、無から宇宙が誕生する謂われはな…

『完全無――超越タナトフォビア』第九十二章

智慧の実を齧った最初の人間たち以前に退却せよ。 神話の御代以前へと踵を返せ。 智慧という…

『完全無――超越タナトフォビア』第八十八章

読者の方々よ、あなたがたがどこへ出かけどこへ到達しようとも、あなたがたは同じ時空、位置の…

『完全無――超越タナトフォビア』第八十七章

生まれてきたボーイズ&ガールズ(セックスとジェンダーの違い、先天性と後天性に関しては別の…

『完全無――超越タナトフォビア』第七十四章

さて、再度このテーマについて噛み砕こう。 消失し得ない存在について。 安易な第一歩こそ肝…

『完全無――超越タナトフォビア』第七十二章

たとえば、宇宙に遍満する無数の粒や波、それらに最低限の大きさや振幅があろうとなかろうと、…

『完全無――超越タナトフォビア』第六十八章

さあ、続けよう。 口述であれ記述であれ、それらことばの記号(記号作用と記号内容の合わせ技)としての性質なくしては、神話も、宗教も、詩も、哲学も、科学も、その象徴性を人間社会において維持することはできない。 あらゆる人間社会における物理学的応答に根差したソースコードは、たとえ機械が人間たちを支配するようになったとしても、また、機械自らが機械そのものを生み出すような時代が到来したとしても、「世界の世界性」に関して、前-最終形真理を超えて述べ尽くすことはできないことになっている

『完全無――超越タナトフォビア』第六十七章

さて、 「ひかり、あれ!」と声を荒げるよりも、「ひかり、ある!」と忍び音(しのびね)を心…

『完全無――超越タナトフォビア』第六十四章

宇宙とは世界そのものとされることが多いのだが、この作品では便宜的に、世界の属性の一面とし…

『完全無――超越タナトフォビア』第六十二章

少し話頭を転じよう。 生滅を繰り返すことなく宇宙が反復できるとしても、その繰り返しが無限…

『完全無――超越タナトフォビア』第五十九章

(ふいに「愛……」と、ウィッシュことウィッシュボーンが魔法使いの弟子のようにつぶやいた。…

『完全無――超越タナトフォビア』第五十二章

科学にしろ一般的な思想にしろ宗教にしろ、反常識的・本来的に、つまり非頽落的に鑑みるならば…

『完全無――超越タナトフォビア』第五十一章

ある、ということなど、どこの誰でも当たり前のように、素朴実在論的に、見知っていることでは…

『完全無――超越タナトフォビア』第四十九章

二〇二〇年代の今(※この作品のそもそもの着想は二〇一四年ではあるが)、宇宙は膨張しているという仮説が宇宙論的に地球エリアで優位を占めている。 しかし、宇宙の行く末を、無限の大きさをもつ超数学的な点に吸い込まれつつある過程であると仮定することも、理論物理学者ならば可能であるし、ビッグバン宇宙論とはまったく異なる仮説をわたくしが持ち出したとしても、誰も――科学的には――直接証明を成すことなどできない。 だが、はっきり硫黄、いや、言おう。 どのような宇宙発生論であれ、どのよう