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CDをプレゼントするのが難しい時代に 2019年の個人的なベストアルバム15+1

CDだけで「ベストアルバム」を選ぶのはむずかしい

 自分の人生を逆算から考えるようになり始めた、どこにでもいる、人より少しだけ音楽が好きな男が選んだ15枚(+1枚)。

 中途半端な数になったのは、最初は10枚で選ぼうとしていたものの、何枚か、入れるか入れまいか迷ったアルバムがあって、いっそ入れてしまったほうが、読んでくれた人の選択肢が増えると思ったからです。

 ちなみに、ここに挙げたアルバムは、すべて、CDで持っている。

 親しい人に、CDをプレゼントすることが、好きだった。好きな音楽の中から、相手が愛してくれそうなものを選んで、渡すという行為。自分は手紙を書くのが好きなのだけれど(とはいえ、ものすごく、ものすごく字が下手なので、あまりやらない)、それと似たようなものかもしれない。相手の印象と、自分のメッセージを、誰かの作品の中に見出して、届けてみる。

 いまでは、そんなことをするときは、まず、相手に、「CDを再生できる環境はありますか?」と聞かなくてはいけない。その時点で、何をしようとしているのか、バレバレなのだけど。家に、CDプレイヤーはもちろん、光学式ドライブをそなえたパソコンもない人が、ずいぶんと増えた。

 さて、15枚の中に選んだ、Sandro Perri『Soft Landing』。これは、6曲だから、もしかすると、EPかもしれない。一応、40分を超えているので、アルバムとしてカウントした。

 CDが廃れるにつれて、「アルバム」という区切りも、薄くなっていくのでしょうか。

 もともと「アルバム」は、SPレコードが主流だった時代に、何枚かのレコードを写真アルバムに似せた本で、発売させたことに由来する。きわめて「モノ」としての意味合いが強かったアイテム。いまの時代には、そぐわないのかもしれない。

 もう、CDだけで「ベストアルバム」を選ぶのはむずかしい。これから、年間のベストアルバムを選ぶ際には、配信オンリーの音源が、どんどん入ってくるだろう。CDというメディアが消えつつあることを、さびしいとは思うけれど、悲しいとは思わない。いつだって時代を作っていくのは新しい人たちだ。変化は進化であり、我々の世代ができなければ、下の世代がやっていくはず。

 以下、順不同。

Bibio『Ribbons』

 幻想的な作風と「モコッ」とした音づくりはそのままに、前作『Mineral Love』で見せたR&B寄りのソウルフルなサウンドから、より英国的なフォーク・サウンドに近寄った。アコースティック・ギター、マンドリン、フィドルの活躍が、とりわけ効いている。

 エレクトロニカ以降の、現代的なアンビエンスを意識したサウンドなのに、時折、ルネサンス音楽にも、バロック音楽にも聴こえる瞬間がある。懐かしくて、どこかで聴いたことがあるようで、これはどこにもなかった音だ。英国の田舎の風景を垣間見せ、行ったことがないのに、訪れたような気にさせる。すばらしい。この記事で揚げた10枚は順不同だけれど、あえて1枚といえば、これかな。

Sandro Perri『Soft Landing』

 Sandro Perriはトロントのプロデューサーで、前作『In Another Life』では、「終わりのないソング・ライティングの実験」をテーマにした、不思議なほど長いのに抑揚がない、しかし胸を少しずつ暖めていくような長尺曲に驚かされた。今回も同じ路線なのだけれど、もう少しサイケっぽいというか、生っぽい音の「Time (You Got Me)」がメイン。ただただ、心地よい瞬間だけを追求したような音だ。後ろに現れては消える、さまざまな音色を聴いているだけで、飽きることがない。

 その他の曲も、1980年代に目配せしたようなソウル・ナンバーあり、まるでPink Floydの『Atom Heart Mother』のB面のような雰囲気もありで、なかなかの才人。さまざまな名義を使い分ける彼の、エクスペリメンタルな一面が聴けるアルバムだ。過去を向いているようで、いまの時代の気分をよく反映した音でもあると思う。

小沢健二『So Kakkoii 宇宙』

  聴いて、すぐに、noteに感想を書いた。そちらを読んでいただければと思う。一言で言えば、『LIFE』の25年後のアルバム。

Leif Vollebekk『New Ways』

 カナダのシンガー・ソングライター、Leif Vollebekkは、あまり有名ではないかもしれないけれど、忘れがたい作品を作り続けている、信頼できる存在。とくにデビュー・アルバム『Inland』は、自分にとっても思い出深いアルバムだ。

 音の数が少ない、シンプルなアコースティックの「うたもの」なのだけれど、なにしろ、彼のボーカルが、よい。声はもちろん、歌いまわしも、味がある。絶妙にフォーキーで、ほのかなカントリーの香りも。こういう音楽は、ありふれていそうで、意外とないもの。「ああ、いいね」の一言で片付けられてしまいそうで、一生懸命に推したくなってしまう。実際、その一言で、十分に賞賛できるサウンドではあるけれど。

Angelo De Augustine『Tomb』

 アコースティック・ギターとピアノを主体に、繊細に紡がれた、喪失を歌う音楽。恋人から突然に別れを告げられた失意の中で書き溜められた曲で編まれている、などと書いてしまうと(これは実話なのだけれど)、感傷的に聴こえすぎるだろうか。

 大切な誰かがいなくなることの喪失感、後悔を、どのように昇華するか。アルバムを通じて、アップテンポなナンバーを入れなかったことに、強い意志を感じる。それをマイナスとする人もいるだろうが、自分は、アルバムに一貫性をもたせるものとして、肯定的に評価したい。悲しい思いを墓(Tomb)にして置いてきたかのようだ。

サカナクション『834.194』

 彼らのキャリアを総括するような2枚組。1枚目は、まさに、現在進行系のサカナクション。アッパーな音像で、「新宝島」をピークに、バリバリと攻めていく。一方、2枚目は、彼らの初期作を模したような、ギターと声の重なりを有効に使ったバンドサウンドに、電子音を足していくスタイル。1枚目のラストが「セプテンバー -東京 Version-」で、2枚目のラストが「セプテンバー -札幌 Version-」なのは、つまり、そういうことだ。

 『NIGHT FISHING』を絶賛したときのことを思い出す。すばらしいアルバムで(とくに冒頭3曲の流れは絶品だ)、友人たちに、とにかく強引に聴かせていた。ここまでメジャーになるとは、思っていなかった。それにしても、「忘れられないの」は圧倒的だと思う。近年のAOR〜ブギー〜シティ・ポップ再評価路線をカリカチュアしたようなMVもすごいけれど、なによりも80’s風の楽曲の骨格を、自分たちのメロディーとアレンジに染め上げた手腕! 「シティ・ポップが大好きです」という風情で年配の音楽好きのご機嫌をうかがうような、軟弱な存在たちを、完膚なきまでに叩きのめしている。

FKA Twigs『MAGDALENE』

 とても、重たいアルバム。R&Bを極端に突き詰めたような、いびつな電子音のプロダクション。それらの精密な組み合わせの中から、ときに変調し、ときに生々しく響く、彼女の歌声が、耳に突き刺さる。このアルバムの制作にまつわる逸話は、ネットで検索すればすぐに出てくるだろうから、ここでは割愛する。悲しみと嘆き、そこからの再生を描き出した作品、といぇばよいだろうか。

 気軽に「聴いてみてね」とは言いにくい、ずっしりとした内容だ。何度もリピートして聴くことも、あまりないかもしれない。しかし、こういうところで挙げておかなければ、嘘になる気がする。聴き手一人ひとりと真剣に向き合い、対峙する覚悟がある音。重たいビートや暗い上モノから、荘厳な歌が聴こえてくる瞬間、アルバム・タイトルに込められたメッセージが理解できる気がする。

Tyler, The Creator『IGOR』

 変幻自在のトリックスターとして知られる彼の新作は、思った以上にラップしていない(歌う)アルバムとなった。前作から受け継がれているメロディアスな部分と、かつての彼を思わせる強靭で荒っぽいビートで、見事なコントラストを形成している。純粋に、すぐれたヒップホップであり、R&Bである。

 日本ではとかく山下達郎をサンプリングしたことが話題にされがちだけれど、世界中の「ソウル・ミュージック」を彼らしく解体して、自分のフィルターを通し、たくみに再構築した手際に拍手を送りたい。それにしても、彼のキャリアの中で、歌詞も含め、もっともセンチメンタルな作品ではないだろうか?

Beirut『Gallipoli』

 ワールド・ミュージックへの果てなき追求といえばよいのか。あるときはシャンソン、あるときは東欧のエッセンスを貪欲に追求しながら、その奥にあるポップネスを追求しようとしてきたBeirut。最終的に、さまざまな音楽の要素を感じさせながら、どの国にもない、「どこにもないけれどポップ」という絶妙な世界が生まれた。

 典型的なポップソングにありがちなキャッチーな要素はないにも関わらず、さまざまなジャンルの音楽のフックが次から次へと現れる。それなのに、どれを聴いても「あれに似ているな」と思わせるところもない。そして、なによりもポップ。それが痛快だ。

細野晴臣『Hochono Hause』

 国内外を問わず、細野さんへのリスペクトを公言するミュージシャンは後をたたないけれど、本人は、神輿に担がれてふんぞり返ることもない。かといって、過去の「名盤」を、若気の至りだと封印するでもない。70歳を超えて、若い頃の作品を、宅録でリメイクする。それ自体が、ポップの歴史になってしまう。このフットワークの軽さ! 

 『Hosono Hause』と並べて聴いてみよう。エレクトロニカの香りがブレンドされたといっても、アメリカの古きよき音楽への知識と愛情は、どちらからも強く感じられるだろうから。お釈迦様の手のひらの上のように、我々は細野晴臣という、音の醍醐味を知る仙人の手の上にいる。

Caoimhín O Raghallaigh & Thomas Bartlett 『Caoimhín O Raghallaigh & Thomas Bartlett』

 The Gloamingのフィドル奏者とピアニストのコラボレーション。ポスト・クラシカルにアイリッシュの要素が入ったような内容で、とても静謐。はっきりいって、地味には違いのだけれど、染みるアルバム。

 ジャケットのデザインもECMレーベルのようで、そういうところも愛おしい。あるいは、憂鬱に寄り添う音色、と言えるだろうか。静寂がどうしても耐えられなくなった日に、こういう音楽があると、ずいぶんと人生は優しいものになるだろう。CDでもレコードでもデータでもいいから、知的で物静かな友人にプレゼントしてあげると、きっと喜ばれるはず。

Khruanbin『全てが君に微笑む』

 Khruanbinはタイ音楽や東南アジアのロックなどに影響を受けた、脱力系ファンクというか、エキゾチック・ソウルというか……そういう音楽を、よりによってスリーピースでやっている、愛すべきバンドだ。タランティーノの映画で使われていそうでもあり、アジアのホテルのラジオから流れていそうでもある。

 これは日本独自の企画盤なので、今年のベストアルバムに入れていいのか迷ったけれど、ある意味、CDというメディアでないと、できないものになっているので、挙げた。ジャケットの「日本!」感も、味わい深い。ポップの主流ではなかった、さまざまな国の、奇妙だけれど耳を離れない謎のサウンドが、次々と発掘される現在の音楽シーンに、ピタリとはまる存在。

Men I Trust『Uncle Jazz』

 ジャケットがすべてかもしれない。白昼夢を見ているような、なごやかなインディー・ポップ。肩の力を抜いて、ローファイであることを恥じてもおらず、かといって斜に構えることもない、そんな手作り感覚がたまらない。なんというか、ゆるい意味で「いまどき」のたたずまいが好ましい。

 ぜったいに聴いてほしい、というような形容はふさわしくないように思う。あまり言葉を尽くして語るのも、ちょっと違う気がする。なにもすることがない午後に、こういう音が鳴っていたら、それだけで、幸せだろうな、と考えてみる。

Juan Fermín Ferraris『35mm』

 ジャズを1枚入れたいと思い、いろいろと迷ったけれど、これを選ぶ。ここ数年、アルゼンチン音楽、ネオ・フォルクローレが、じつにおもしろいけれど、その中でも際立った個性をもつ存在だ。

 基本は室内楽のような端正なジャズ・アンサンブルなのだけれど、さまざまな環境音や、人の話し声、日本語(!)などを間に散りばめて、不思議な音世界を作り上げている。演奏力はもちろん、製作者のセンスを感じる好盤。

The Loch Ness Mouse『The Loch Ness Mouse II』

 Prefab Sproutが好きなことが、あまりにも伝わってくるノルウェーのバンド。1stアルバムは、Prefab Sproutはもちろん、Talk Talk、Everything Is But The Girl、Lloyd Cole & The Commotions、The Blue Nileあたりから受けた影響を、まったく隠していない直球の内容で、面食らったものだけれど。昔の楽曲のリメイクを中心に構成したという、この2ndでも、基本が、まったくブレていない。

 しかも、ボーカルはPaddy McAloonに似ているときた。出来のよさなら、これ以上のアルバムも多数あったのだけれど、そのひたむきな愛情にやられてしまった。「Prefab Sproutじゃないか」というのは、彼らにとって、褒め言葉なのだろう。

Daniel Harding; Swedish Radio Symphony Orchestra & Choir『Brahms: Ein Deutsches Requiem』

 15枚を挙げてから、そういえば、クラシック音楽がないな、と思ったので、追加で1枚。Daniel Hardingは、古楽的な奏法に通じていながら、ロマン派の情緒もブレンドできる指揮者だ。この曲がリリースされることを知ってから、「相当に、美しい演奏になるのでは」と期待していたけれど、裏切られなかった。

 スウェーデン放送交響楽団もなかなかの好演だけれど、スウェーデン放送合唱団のうまさを、なによりも特筆したい。ソロの歌手も見事なもので、『ドイツ・レクイエム』のファースト・チョイスとして薦められる録音が出てきたことを喜びたい(この曲はとても好きだったのだけれど、これといった名盤が、意外となかったのだ)。


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