マジック界には「アピアランス」とか「アピアリング」ということばがある。文字通り、何かが現れることをいう。「アピ剣」というマジックの種目があるが、これは「アピアリング剣」の略称。何もない空間から、一瞬にして剣が現れる現象とその仕掛けを指す。
  25年前、学生マジシャンだったわたしは英語がまったくできなかったし、そちらに進む日がこようとは考えたことすらなかった。アピアリングがappearing、アピアランスがappearanceという単語だと知ったのは社会に出て10年ほど後のこと。「ああ、appear(現れる)の名詞形なのね」と知って「アピアリング剣」は「現れ(ている)剣」なのね、「なるほどー」とひたすら頷いたものだ。
 このappearanceが、たまたま見ていた「カードキャプターさくら クリアカード編」に登場した。いつものようにカードが「悪さ」をして、主人公のさくらがそれを捕まえる。 
 さくらがこの回カードにしたのはappearance。元々のカードの創り主がイギリス人と中国人のハーフだったため、カードにはかならず英語と漢字がダブルで書かれている。最初の頃ならThe Wood「木」、The Eearthy「土の」といった風だった。だがさくらのシリーズも3作目に入り、だんだん凝ったカード名になってきた。1作目はThe Watery「水の」だったのが3作目ではThe Aqua「水源」、1作目のThe Windy「風」が3作目ではThe Gale「疾風」という感じだ。
  そして、ここで取り上げたappearance。エピソードを見ると、正体不明なものが「はっきり現れる」という内容だった。
  appearanceを辞書で引くと、たいてい「出現」と載っている。マジック界でも「出現マジック」などという。が、いつものことだがさくらではそういう語は使われない。「顕現」と来ましたよ!
  「顕現」を辞書で引くと「はっきりと現れること(広辞苑第6版)」とある。ま、そういう意味でしょう。これを和英辞典で引くとどうなるかというと、「けんげん【顕現】 (clear)manifestation (of oneself)(新和英大辞典増補版)」とある。manifestationとはかなり強い語ではないか。「マニフェスト」ですからね。これを逆引き、すなわち英和辞典から引いてみると、theincarnation of God in Christ「キリストにおける神の顕現」(新英和大辞典 第6版)」と、宗教的な語が出てくる。
  appearanceを「顕現」とするのは、かなり意味を強めたというか限定したということがここからもわかる。それでこそ「カードキャプターさくら」シリーズではあるし、「顕現」に対する英語をappearanceではなくmanifestationにすると、視聴者は政治家の「マニフェスト」を想像したかもしれない。
  難しいものだなあ。これは「翻訳」の観点から考えてはいけないのであり、日本語が母語である日本人に対して「日英併記」という方法をとるからこその工夫であろう。この対応はほんとうに面白いので今度一覧表にしてみたいが、きっとさくらファンの誰かがすでに手がけているに違いない。

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