『美しいこと』木原音瀬~恋の虚飾と妄信と、プロの闇の腐女子の所業~

以前から友人にオススメされまくっていた木原音瀬先生。
「絶対めいこさん好きだよ!」と言われた「箱の中」は残念ながらちょっと見当たらなかったのですが、ヒット作らしい本作品を手に取ることができ、読み、頭をガーンとなぐられたような衝撃で今打ち震えています。

(Amazon商品紹介より引用)
週に一度女装して街に出て、男達の視線を浴びるのを趣味にしているサラリーマン・松岡。しかし女装時にナンパされてさんざんな目に遭う。その場を救ってくれたのが、同じ会社の冴えない先輩・寛末だった。不器用でトロいと悪評の寛末と女と誤解されたまま逢瀬を重ねてしまう松岡。ついには恋の告白を受ける。もう会わない方がいいと決心する松岡だったが……。

き、木原音瀬ーーーーーーーー!貴様、鬼かーーーーーー!(動揺しております。暴言のほど、大変失礼かと思いますがご容赦ください)

え、えげつない……これは紛うことなき……闇のフジョシの所業……プロの闇のフジョシだ……好き……

松岡はトランスジェンダーであるわけではなく、性自認は男。その彼が、廣末に惹かれていく。廣末は松岡のことを女性だと思って好きになる。お互いに両想いなのに、松岡が男同士ということを知っている一方で、廣末は男女の恋愛だと思っている。

松岡が自分が男だと打ち明けようと決意したとき、「もし廣末が自分の存在を受け容れてくれたら、……」と考える。しかし廣末は、自分の好きな女性が実は男だったと聞いて、逃げるように去っていく。読者は予想できた展開に納得して、どうしてそんな期待をしたいのかと松岡の馬鹿さ加減に呆れたりする。

でも、そうやって「廣末ならこんな自分を愛してくれる」と思ってしまう、期待してしまうのが、恋なんですよ。
生々しいーーーー!

そして魔法がとけた瞬間からが本番でした。
女装の魔法をとき、日常に戻って廣末は別の女性と付き合い始めます。そして、同じ会社の別部署に勤務している松岡の評判を、第三者からの又聞きして、好意的な感情をまた復活させていく……それを知って、松岡は嬉しい反面もあるだろうに、「俺の言葉は信じなかったのに、○○は信じるんだ?」と苦く思う。人間の感情の機微。

そうやって、一度恋の魔法がとけてどん底に落ちて、あんなに輝いて見えた廣末が優柔不断でダメな男なんだと、どんどん虚飾が剥がれていくのに、それでも松岡は廣末を好きな感情を捨てられないんです。
特別見た目が良いわけではない、人柄や能力が優れているわけではない、ただ、好きな人間にはほんの少し見栄を張って優しくできるという、ごくごく普通の、どちらかというと冴えない男。そんな男を好きになる理由なき引力に、こんなに説得力を持たせられる残酷さは、誰かに一度でも恋をしたことのある人間なら身に覚えがあるんじゃないかなあと思います。

恋の醜さも人間のずるさも強さもしぶとさも、そして残酷なまでに生々しい優しさも不甲斐なさも、全部ひっくるめて愛おしかった。

散々廣末のみっともないところを見てからの、最後の一ページに込められた、松岡の切々とした心境が後を引きます。

こういう、心を抉られるようなBLこそ、まさに読みたかったものでした。出会えてよかったです。


余談ですが、「木原音瀬めっちゃ面白かったが?!」と友人のチャットグループに投げたところ、賛否両論なのが面白かったです。
他作品らしいのですが、レイプシーンがキツイとか(実際この作品にもある…)、キャラが魅力的でないとか(廣末も結局しょうもない男だしな…)、となんとなくわかるような、だがそのキツさや不甲斐なさがいいんじゃないか!と納得できないような……

そういえば、SNSで私にこの作家さんや作品をオススメしてくれたり、いいね!って言ってくれるフジョシたちは、心に響き、心臓を抉ってくるタイプの死ネタやバッドエンドを書く(描く)やり手の闇のフジョシたちだったな、とふと気づきました。

ここに何か因果関係があるかはわかりませんが、きっとこの作品や木原音瀬先生は闇の腐女子を引き付けずにはいられない何かを持っているのかもしれません。

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