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世界遺産を歩く。

旅のお話 エジプトあたり編6 ペトラ

翌日、早朝に起こされた。

「ペトラに行くんでしょう?」

着替えて
ありがたく朝食をいただき、
あわただしく外へ出る。
顔が洗いたかったけれど
蛇口はあるものの、
水が出てくる気配がないのであきらめた。


この家の三男(だと思う)が
車を出してくれ、
いざ、ペトラへ。

カメラを入れたバッグを握りしめ
砂漠の道をゴトゴト進む。

…ぜんぜん辿りつかない。


「毎朝、ペトラへ送ってあげる」
と申し出るくらいだから
近所なのかと思っていた。

どうやら、車で一時間ちかく離れているらしい。

それを家族のなかの
免許のある者(もしくは車が運転できる者)が総出で、
日本から来た旅人を落胆させないよう
送迎をしようとしてくれているようだった。
今振り返っても感謝しかない。
朝早いのも、
私をペトラまで送ってから仕事に行くには
この時間に出ないと間に合わないということらしい。

三男君が運転しているのは
トラックみたいな車なので、見晴らしがよい。

見渡す限り
何もない道を
ひたすら進む。

太陽がジリジリとその威力を発揮し始めるころ
やっとペトラ遺跡の入り口に到着。
そことて
わからずに通っていたら
ただの砂漠に見える。

岩の多い砂漠地帯にさしかかったな
(砂漠にもいろいろあることを、このころは理解し始めている。
岩だらけの砂漠もあれば、砂丘みたいに砂がいっぱいの砂漠もある)
くらいで見過ごしてしまいそうだが
よく見ると
看板が出ている。

「それじゃあ、また夕方に迎えにくるから。
ここで会おうね」

そう言って、車は走り去った。

指さされた方向へ歩いていくと
ブースみたいなものがあって
入場料を徴収された。

ごつごつした道は
だんだん下り坂になり、
岩の裂け目をぬうように
青くひんやりと砂漠の下の方へ続いている。

そう
これこそインディアナ・ジョーンズが馬で走りぬけた道。

すこしウキウキしながら下っていくと
急に視界が開ける。

うわあ!

と叫びたくなる。

すごい眺めなんである。

岩を掘って作った神殿がどーん。
進んでいくと円形劇場がどーん。


荘厳である。

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写真をとり、
岩山を上り下りし、
物陰をのぞき込んだ。
早く次の風景が見たくて走りだした。

要は、
はしゃいだ。

そして
しばらくして後悔する。


観光地とはいっても
ペトラには何もない。
売店もないし
トイレも見当たらない。

太陽は登っていく。
気温もどんどん上昇する。

あるのは何千年も前からそこにたたずむ
岩山と岩山をくりぬいた建造物だけ。

すばらしいけれど…生きていくのに必要なものが何か足りない。

そう
水がない。

のどの渇きをふと覚えて
初めて焦った。


リュックサックを探る。
水のボトルが入っている。
エジプトで買った水だから数日前のものだ。

半分くらい減った水をおそるおそる飲んでみる。
飲めそうだ。


あとはこれで夕方まで生き延びねばならない。
一日に必要な水は…2リットルだっけ?

どうみても200㏄くらいしかない。


なるべく日陰を選んで歩く。
走るのはやめた。

どちらにしても
大事な遺跡で走られては
気分がよくない人たちもいるだろう。
ツアー客の群れから離れ、
気が向くままに歩みを進める。

人気のあるメインストリート(そんな感じの通りがあった)
から少し離れると
遺跡はまた違う顔を見せる。

ところどころに
あきらかに人糞と思われるものが落ちている。

そして、
奥へ進むと
小ぶりな遺跡のなかに
設えられた寝床のようなもの、
炊事の後のようなもの。

明らかに誰かが暮らしている。

それも一人ではなく。

世界遺産、
ときどき誰かの住居という顔が垣間見える。

日本でいうなら
清水寺の裏庭に急に人が住み着いてしまったようなものだろうか。
日本の人だったら大騒ぎする気がする。

けど
こちらではなんとなくいろんなものが共存していた。

あとでヨルダンパパとママに聞いたら、
こちらは「迷惑かけてないならいいんじゃないの?」という感じだった。
「その人たちがどのくらい前から住んでいたかなんてわからないしね」
イスラムの人たちは案外権利意識がはっきりしているのだが
ここでは彼らの居住権みたいなものを配慮している印象だった。

そんなこんなで
エネルギーと水を節約しようと
岩山の中腹にこしかけて
ペトラを眺める。
スニーカーの下でカサリと音がして
覗き込んだら小さなサソリの死骸だった。
死んでいたのか、踏みつぶしてしまったのかは
定かじゃないが
下手に座っていて
お尻や背中を刺されたら困る。

サソリは夜行性だと何かの本で読んだ気もしたが、
不用意に腰掛けるのはやめ、
日が傾くまで、歩き続けることにした。

人の気配があったので
誰かに話しかけてみたかったけれど
近くには誰もいなかった。

不思議な遺跡だ。


日が傾き始め
私は遺跡を後にした。
振り返ると
渓谷全体がオレンジ色に変わっていて
美しかった。


水はなんとか持った。
帰り道
メインストリームを通ると
ロバにお土産品ほかを乗せている商人らしき人たちがいたので
きっとあそこで水も買えたに違いない
と思うと
自分の焦りようがおかしかった。


待ち合わせの場所にすでに三男君は車をとめて待っていてくれた。

楽しかった?

きっと一生懸命覚えたとおもわれる英語で聞いてくれた。



ありがとうございます。毎日流れる日々の中から、皆さんを元気にできるような記憶を選んで書きつづれたらと思っています。ペンで笑顔を創る がモットーです。