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塾とチケットと万馬券

三谷幸喜さんの舞台のチケットは、
さすが競争率が高くて、そう簡単には取れない。
このところ2ヶ月近く、
あらゆる抽選に応募しては外れ、
その度に「徳を積んでいないからだ」
と、電車やオフィスで席やドアを譲り続けた。
結果的に、執念の末、チケットを手に入れたけれど、
けっして井の頭線で落し物の財布を拾った「徳」のおかげではないことも、本当はうっすら気づいている。

奇妙なのは、希望のチケットが手に入ったというのに、
当選を知ったとき、そのほんの一瞬、
「うれしい」「ついに、やったぞ」という気持ちの波間に、
「さみしい」という感情が紛れ込んでいることに気付いたときだった。
わたしは「チャレンジの終了」が、ちょっとさみしい。

待ち遠しいのは「検討の結果」

振り返れば、子どもの頃からそうだったように思う。
近所のお祭りの抽選も、
図画工作の授業で取り組む「国連平和ポスター」のコンテストも、
夏休みに出された「三銃士」の読書感想文も。
わたしは「わかりやすい結果」が返ってくるものが大好きだった。

「当選です」「読みました A+」「2次審査に進んで頂けることとなりました」「中前さんのアイデアが採用されることになったよ」
なんでもいい。

時には容赦なく、
「お席を用意することができませんでした」「不合格」「ご縁がありませんでした」「ごめんなさい」と言われる。
その一瞬はたしかに気分が落ちるけれど、
受け取って、検討してもらえたら、それがうれしいと思っている。

わたしは、受け取ってほしい。
そして、わかりやすい結果が返ってくるものに、心から夢中になる。

「チケットぴあ」からのメールだって、
「お気に入り」のフォルダに分類しているし、
数日後に結果が返ってくる、という約束がうれしく、
抽選に参加する度「はやく結果がこないかな」と心待ちにしているのだ。

ときめくような「結果待ち」

30代を目前に、何につけても「いいのだろうか」
立ち止まりそうになることが多くなった。

そのころ、フリーランスから企業人に戻ったばかりで、
「このまま企業のライター兼プランナーを続けていくのだろうか」
「わたしの肩書きは、これからどうなっていくのだろうか」
「どうしたいんだろうか」

などと、目を瞑り、通勤の電車の中で考えを巡らせては、
疲れからか、気がつけばいつもぐっすりと眠りに落ちていた。
おかげで、よく乗り換えの駅を寝過ごした。
帰るのがますます遅くなる。

きっと、なにか「わかりやすい結果」が欲しくなっていた。
できればそれは、チケットぴあ以外の。

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そんな毎日の中で、
めずらしく目を開いて、Twitterを眺めていると、
かつて一緒に仕事をさせてもらったことのある知人が
「ほぼ日の塾」の塾生募集を紹介していた。

「ほぼ日手帳」を愛用し、糸井さんの「今日のダーリン」を愛読しているわたしにとって「ほぼ日刊イトイ新聞」は、永く「憧れの場所」だった。
「こんなところで書けたらなあ」というのは、
あまりにも当然で、それでいて果てしなく遠く感じて、
口にしたことなどなかったけれど。

募集期間は、まだ間に合うようだった。
「これだ」
挑戦するしかないと思い、懸命に志望理由をまとめてしたためた。
授業の内容はあまり知らないままだった。
それでも、合否の連絡を心待ちにする。
こんなに、ときめいた「結果待ち」は久々だった。

はじめての「塾」

「この日にお伝えします」という言葉どおり、
大好きな「結果」は返ってきて、
晴れて、とても運良く、「塾生」になることができた。

学んだ具体的な事柄は割愛するけれど、
「こういうときは、こう書きましょう」
「こう書くと、こういう効果が期待できます」

なんていう技術のレクチャーは、ひとつもなく、
教わったのは、ただその「心構え」
しかし、その構えがいかに大切であるかということ、
そして今までの自分の甘さを本当に思い知らされて、
結局、最初の授業では
「このままで、わたしは…」という悩みは
さらにさらに深くなってしまった。

1日の最後に、
「実践編にすすみたい方は、アンケートで申し出てください」
と言われた。これ以上、悩みを深めていいものか…
「後日、結果をお伝えします」。

その言葉につられ、
やっぱり、わたしは溢れる気持ちをしたため、
実践編にも挑戦したい旨をメールで送信していたのだった。

心地のいい関係

やっぱり「この日にお伝えします」という言葉どおり、
またも大好きな「結果」は返ってきて、
晴れて、とても運良く、「実践編」にもすすむことができた。

実践編では3つのコンテンツに取り組んだ。
中でも印象的だったのは、2個目の課題の執筆。
ライター経験の中で、はじめてのエッセイに挑戦し、
「自分の心の内を語る」というのは、
こんなにも恥ずかしく、切なくて、おもしろいものかと
うれしくなった。
自分の感情が忙しなくて、いま読み返しても泣いてしまう。

課題2: 「私の好きなもの、やなせたかしさんが描く「恋」」

わたしは、エッセイが書きたいのだと、このとき知った。

さらに、わたしを夢中にさせたもの。
それは、塾長である永田さん・そして集まっている仲間たちが
すべての課題を「受け取って」「結果をくれた」ことだった。

毎度、そのメールは夜中に返ってきて、
・しっかり読んだこと
・良いと思った箇所
・良くない箇所
・総合の評価

がつづられていた。永田さんからだった。
そして、翌日「発表の広場」というページで公開され、
おそらく特に良かったものが、
「いくつか読んでみる」というエリアに掲載されていたのだと思う。

こんなに丁寧で、気持ちのいい、それでいてショッキングな「結果」
はじめてだった。

「もっと良くできるはず」
「きっと良くなったはず」
「これが、いまの自分の出し得る力のすべて」

そう思って提出するものに、容赦なく
「これは良くない」
「ここはいい」
「だから、この評価だ」

と、しっかりと淡々と結果をおしえてくれる。

メールが届いたあとは、幸せでしばらく眠りにつけなかった。
わたしは、こういう「結果」を待っていたのだ。

さらに、塾生の仲間がいつも
「読んだよ」「すごく良かった」「悔しい」
などと伝えてくれる。
わたしも負けずに、
「とってもいい話だった」「おもしろかった」「悔しい」と返す。
ここには、宙に浮かんだまま、あるいはポトリと床に転がり落ちるような、
そんなコンテンツはひとつもなかった。
受け取って、結果を、感想を、おしえてくれる。
こんなに心地のいい関係はないと思った。

これが「当選」かもしれない。

たくさんのひとと出会う中で、考えてみる。
「馬の合うひと」ってなんだろう。

趣味が同じ。話すテンポが同じ。志しているものが同じ。
いろんな「良い」仲間があるだろうけど、
わたしにとって、ほぼ日で出会った仲間は
ちょっと特別な気がしている。
「馬が合う」という言葉が、
いちばんしっくり来るのではないかなあと最近思った。

好きな音楽の話ができる、
夢中になったドラマの話ができる、
「おもしろいよ」と本を貸し借りできる、
そんなこともあるけれど、
なんだかもうひとつ手前のなにかが似ている気がするのだ。

だけど、それは自然で、無理もない話かもしれない。

同じような時期に、仕事や学業に全力を注ぎながら、
休日や夜遅くに時間を割いて、懸命に授業に参加する。
「ほぼ日」というメディアに惹かれ、
「書く」ことでなにかを叶えたい、と心から願い、
苦しみながら期日までに課題を仕上げ続けたひとたちの集まりだ。

「やるとたのしい」と感じていることも
「これだけは、やってはいけない」と思っていることも、
根底がきっと似ていて、
その細部まですこし似てきたのかもしれない。
わたし自身は、みんなから、とても影響を受けている。

「ほぼ日の塾」で学んだその結果

卒業してからも、縁あってコンテンツを書かせてもらった。

父の日企画:「父はマンションのヒーロー」

「ほぼ日の塾」で学んだその結果は、
まだまだ終わらないし続いていくんだと思う。

週末は、仲間のひとりと写真展に出かけた。
このあと、仲間のひとりと食事にいく。
たぶん、好きな漫才コンビの話をするんだろう。

心から「心地いい」と思える場所と、
「馬が合う」と思えるような仲間とも出会えた。
つまらないことを言うようだけれど、
これは、ちょっとした、いや、本当に
わたしが手にした「万馬券」なのではないかなとも思う。
だって、暮らしを、「書く」と向き合う人生を変えてしまうような、
これからのための大きな変化が、ここにあった。

やっぱり応募する、参加する、提出する、ってたのしい。
まれに、想像よりもすごくすごくおもしろいものが返ってきて、
とんでもない場所に連れていってもらえる。

「ほぼ日の塾」は、わたしにとって、そんな場所だった。
時に、こんな「結果」が待っていることを知り、
わたしは「結果」を待つことに、
ますますしみじみと味をしめているのでした。


イラスト:ちえちひろ

エッセイ執筆の糧になるような、活動に使わせていただきます◎