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カタチ を 捉える

写真機が好きだ。
光を記録する、相互に連動するパラメータを調整して光をコントロールする。
それは、感じたことを再現するための「記憶の象徴」として、忘れっぽい自分に必要な行為だとも思える。
手書きのノートが記憶を助けるように、レンズを通して見た光を固定することで、思い出せるようにしているのかもしれない。
写真を撮りたい。いつでもどこでも、自分が行った先では、撮っておきたい。
一緒に写真を撮りたい。撮ったことを忘れてしまったら思い出せないのだから、誰かが一緒に撮って、撮ったことを代わりに覚えていてほしい。
あるいはこうして書き残すこととの合わせ技で、撮ったことを思い出せるようにするのも一つの手なのかもしれない。

山手には教会がたくさんある。
ほとんど入ったことはないのだけど、たまたま公開しているところがあった。
撮影禁止だったのだけど、ステンドグラスを透して色付いた光が艶やかなチャーチベンチに落ちて、厳かな中に柔らかく優しい空気を作っていた。

スイセンの季節。
周りの木々は葉を落として燻んだ冬色だけれど、スイセンは白や黄色や、それに陽の光を透かして鮮やかな緑色を添えている。

山下公園のユリカモメ。
整列している様は「かもめの水兵さん」ぽさがある。

夜は玉ボケを楽しむ時間。
横浜の海辺は、人工物の造形と、色とりどりの灯りとで、レンズ越しに見ていて楽しい。

カメラは Nikon Zf 、レンズは Nikon Nikkor Auto 50mm F/1.4 。
バルサム切れで、レンズの中には小宇宙。
久しぶりにライカ欲が湧いている。

遠くへ行きたいのです。サポート頂けたら何か撮ってきます!